今回の実例も変則的に。
ネット上、特にSNSの日本語圏で、日本以外の国について、人目を引くような断定調の「最新ニュース」に見えるものが広く流れることがある。共同通信や時事通信、NHKや朝日新聞、読売新聞、毎日新聞といった大手報道機関がまったく取り上げていなくても、SNS上では「大手が翻訳する前に誰か個人が情報をキャッチしたのだろう」と解釈されて、個人の間で流布する。さらに、その国について特に関心があるわけでもない個人が、その個人の知ってる範囲の(つまりごくごく限られた)知識をもとに何かもっともらしい感想を書き添えて元の「最新ニュース(に見えるもの)」を再生産して拡散すると、その感想が共感を呼んでますます広まる……という事態が起きることが、ときどきある。
例えば、「サッカーの〇〇選手が電撃引退」という不確かな話を「イギリスのタブロイドが伝えている」という形の情報に、「マジか」とか「そうかあ、残念だなあ。〇〇選手、大好きでした」とか「やはり膝が戻らなかったか。お疲れさまでした」といった感想が次々とつけられて、それがリツイートなども含めてどんどん広がる、という感じ。
その場合、その「イギリスのタブロイド」の信頼性が低いということが広く知られている界隈では「また△△のフカシでしょ」ということで多くの人がスルーするかもしれないが、そうでなければ広まってしまう。
最近ではこの「イギリスのタブロイド」のところに「(どこのかはわかんないけど)ネットメディア」が入ることが多くあり、そうなると、ますます厄介だ。そういうのを広めている界隈では情報源の信頼性の低さなど問題視されていないということもあって(日ごろから、信頼性の高い話しか相手にしない層には、そういう信頼性の低いネットメディアの話は届かないのが常態である。例えば何年か前のことだが、NHKや朝日新聞、読売新聞でニュースを見ている層には、安倍氏周辺のお気に入りである『保守速報』は存在すら知られていなかった)、かなり深刻なレベルでガセネタが広まってしまう。
そういうのを意図的に利用するのがdisinformation (disinfo) という手法で、これは立派な情報戦の手法だし、歴史修正主義などの思想もそういう手法を経由して一般社会に広められることがあるのだが、情報戦云々を抜きにしても単に「誤情報(不正確な情報)が広まってしまう」ということはよくある。
個人的にそういうのは見かけると記録をつけているのだが、例えば最近では、下記のような例があった(今年3月: archive)。
matome.naver.jp
こういうふうだから、特に「海外ニュース」に関心はなくても、目にしているその「最新ニュース(に見えるもの)」の信頼性があるのかを確認・検証する術は、ただSNSを何となく(特に特定分野のウォッチではなく漠然と「ニュース」や「情報」のために)広く見ているだけの人にとっても、必要になっている。
そこらへん、ちょっとまとめて一本電子書籍でごんと書こうとしているのだが、作業が進んでいない(すみません)。
ともあれ、今回の当ブログの実例は、そういった「最新ニュース(に見えるもの)」の検証の過程だ。
昨日(8月26日)、Business Insider (BI) というネットメディアの英語記事をソースとした、英国のボリス・ジョンソン首相についての「最新ニュース(に見えるもの)」が日本語圏Twitterで盛り上がっていた。
BIというネットメディアは、元々は、インターネット広告配信の大手(後にプライベート・エクイティ会社に買収され、最終的にはGoogle傘下になった)を創業した起業家が、特にTech業界のニュース・株式情報サイトとして立ち上げたものである。2007年にスタートして(そのころはこういうネットメディアが林立していた)、2015年にドイツの大手タブロイド新聞を出している出版社が買収した。
BIは今は14か国で別々に展開しており、日本版*1もできているから、日本でも「BI」という名称は結構知られているだろうし、BI Japanの記事はけっこう読み応えがあって『東洋経済』などの超有名な老舗とフラットに並んでいても遜色がなかったりするから、ネットでのプレゼンスはかなり高いんじゃないかと思う。
だが、英語圏でのBIというメディアは、Twitterで英語圏のジャーナリストを多くフォローしている私が見ている範囲では、まずめったに言及されないメディアだ。ただし、Tech業界を見ている人がよく目にするメディア(例えばTechCrunch)は私は目にしない環境にあるし、私が見ている範囲だけが「正しい」とか言うつもりはない。
だが、今回のボリス・ジョンソン首相についての「最新ニュース(に見えるもの)」は、「私が見ている範囲」のど真ん中で、そしてその「私が見ている範囲」では全然話題になってもいなかったのである。
しかも日本語圏で出回っていた話では、"Boris Johnson to resign in 2021, says Dominic Cummings' father-in-law" という見出しが、「ジョンソン首相が来年辞任を計画と上級顧問が伝えた」と、すさまじい訳抜け(衝撃的なスクープっぽい話は、どうか慎重に読み返してからツイートしていただきたい)。"~'s father-in-law", どこ行った。(ちょっと英文法実例ブログっぽいことを書いておくと、複数の語をつなげて複合語にする場合はこのようにハイフンを使うのが正式である。ただし日常のレベルではハイフンなしで "father in law" と書かれていることもとても多い。)
そしてそういう重大な訳抜けのあるツイートが、リツイートが3,500件超、いいねが3,000件超。崩れ落ちる……orz。
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