今回の実例は、スポーツの競技団体のステートメントから。
日本語圏でもとっくに大きく報じられているが、欧州でのサッカーの国際大会「欧州選手権 (EURO)」*1の決勝でイングランドとイタリアが対戦し、PK戦でイタリアが3-2で勝利した。PK戦で蹴る5人のうち、イタリアは2人が外し、イングランドは3人が外すというかなりの混戦になった。こういう場合、外した選手が「戦犯」とそしられ、矢のような非難があちこちから浴びせられるのはおそらくどこの国でも同じだが、今回のイングランド代表の場合、最初に決めた2人が白人*2で、続いて立て続けに失敗した3人は黒人だったことから、広く一般社会で "racist abuse" と呼ばれるものが、まさに怒涛のようにネット上に流された。経験の浅い、大舞台に立つことなどこれまでほとんどなかった若い世代のプレイヤーたち(中には19歳の子供もいる)に、容赦のない偏見と侮蔑の言葉が浴びせられた。
ガレス・サウスゲイトという稀に見るような立派な人物を監督としている今のイングランド代表は、ピッチでは人種差別に反対する「片膝つき」 ("take the knee" と呼ばれる動作) をキックオフ前に行うなどしてきたし、ピッチの外でゴシップねたではなく「政治的」な発言・活動で目立つプレイヤーもいるのだが、2016年にBrexitを決めた投票以降、社会の一番よく見える場所に躍り出てきたイングランドのナショナリストたちはそういう「サヨク」臭い行為を許容することができず、サウスゲイトのイングランド代表を「マルクス主義者」と呼んでけなしていた(英語圏における「マルクス主義者」は、日本語圏における「きょーさんとー」と同じように、あるイデオロギーの持ち主によって、特に意味のない罵倒語として用いられる)。ならイングランド代表の応援などやめればよいと思われるかもしれないが、そういうふうに単純に「今のチームは嫌いだからサポートしない」というようにならないのがサッカーである。
そういう偏狭なファンはイングランドのサポーターのごくごく一部であるかもしれないが、偏狭なナショナリズムを煽るメディアや、そういうメディアに発言の場を持つような人々、また保守党系のアクティヴィストやブロガーといった人々などは、実際の数の多さがどのくらいなのかはわからないにしても、大きな声を持っている。そして、そういう人びとの多くが、仮に建前としては「人種差別は良くないと思います」みたいな態度を表明していたとしても、実際には「フットボーラーはサッカーだけしてればいいんだよ。とにかく結果を出せよ。話はそれからだ」という考え方をしており、「おれたち」のイングランド代表が、いわば「アメリカの黒人みたいに」はっきりとした意思表示を試合会場で行うことには、基本的に反感を抱いていた。特に黒人のフットボーラーが何かをすることは、そういった「自称サポーター」たちから、激しく反感を買う――イングランドでは実は常にあった問題だが。
「政治的なフットボーラー」への反感を煽るそういう言動を、ボリス・ジョンソンの保守党政権は、積極的に止めるようなメッセージは出していない(ものすごく婉曲的な言い方をしています)。ジョンソン政権は反感を煽るような人々を切り離すようなこともしていない。例えば今の保守党の取り巻きの中にいる、ダレン・グライムズという、Brexitにおいてかなり怪しげな役割を果たして今なお一定の影響力は保っているらしい、まだ20代の若きアクティヴィストは、今回のパンデミックに際して休校でランチがなくなった子供たちに対して、話にならないような乏しい食事しか支給しようとしないジョンソン政権に異議を唱えて行動を起こした*3マーカス・ラシュフォードに対し、「政治的な活動なんかするより、PKの練習でもしろよ」という、まあ「暴言」にはならないかもしれないが「罵詈雑言」に属するようなことを言っている。その発言は下記のような反応を大量に買い、「炎上」状態となったたのだが、グライムズ本人には痛くもかゆくもなかろう。
Darren Grimes must look at Marcus Rashford & feel the most profound levels of deep-rooted jealousy. Observing a man who’s all that he is not: gifted, thoughtful, generous, clever, popular…
— Miffy🏳️🌈 (@miffythegamer) 2021年7月12日
Nothing else explains Grimes’s unbelievably ugly, vindictive and bitter behaviour. pic.twitter.com/htYUbwidUb
このグライムズの発言などは全然上品な方で、 試合終了後しばらくの間は、うっかりTwitterを見ない方がよいほどの罵倒祭りみたいな状態になった。
それを受けて、イングランドのサッカー協会 (FA) が出したステートメントを、今回は読んでみよう。
— FA Spokesperson (@FAspokesperson) 2021年7月12日
— FA Spokesperson (@FAspokesperson) 2021年7月12日
*1:サッカーの欧州選手権(EURO)の2020年大会は、新型コロナウイルスのパンデミックによる1年の延期を経て、2021年に開催された。この大会は元々、欧州選手権開始から60年の節目ということで開催国を1つに絞らずに欧州各地の12都市で開催されることになっていた。実際には感染状況を見てアイルランドのダブリンが外され、スペインというかバスクのビルバオがセビージャに変更になったので、11都市での開催となったのだが、いずれにせよ準決勝からあとはイングランドのウェンブリー・スタジアムで行われることになっていたので、実質、イングランドがやるならこの大会をおいてよりないだろうという大会だった。
*2:といっても2人ともアイリッシュなんだけどね……ハリー・ケインはお父さんがアイルランドからの移民だし、ハリー・マグワイアもアイルランド系でカトリックの学校に通っていた。
*3:その前からずっと、貧困という問題に主体的に取り組んできたのだが……まだ20代前半なのに、本当にすごい。