Hoarding Examples (英語例文等集積所)

いわゆる「学校英語」が、「生きた英語」の中に現れている実例を、淡々とクリップするよ

仮定法過去 (if only ~)

↑↑↑ここ↑↑↑に表示されているハッシュタグ状の項目(カテゴリー名)をクリック/タップすると、その文法項目についての過去記事が一覧できます。

今回の実例は、2018年2月14日にアメリカで発生した高校での銃撃事件から1年を迎える前にガーディアンに出た「コロンバインからパークランドまで: 大量銃撃について私たちはいかに誤った解釈をしていたか」という文章から。

www.theguardian.com

 

この文章の筆者はジャーナリストのDave Cullen (デイヴ・カリン)。1999年4月20日コロンバイン高校銃乱射事件を最初に取材したジャーナリストたちの一人で、事実確認より速報性を重視したことが原因で生じた誤報(「トレンチコート・マフィア」説)の当事者の一人。彼はその誤報の経験を踏まえ、非常に丁寧な取材を行なった結果を一冊の本としてまとめた。それが事件から10年となる2009年に出版され、高く評価されたColumbineという本(下記)である。日本語訳も出ている(下記)。 

Columbine (English Edition)

Columbine (English Edition)

 

 

コロンバイン銃乱射事件の真実

コロンバイン銃乱射事件の真実

 

 

さて、今回見るカリンの文章は長い文章だが、実例は、コロンバイン高校事件の犯人についての「誤った物語」(英語でいうmyth, つまり「神話」)と、それを信じた上でコロンバイン高校事件の犯人を英雄視し、自身も大量銃撃犯となった者たちについて述べた箇所から。

 

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2019年2月10日、The Guardian

キャプチャーした部分の上には、筆者が1999年4月20日以降に分析してきた大量銃撃事件(2007年ヴァージニア工科大学、2011年ノルウェーウトヤ島、2017年ラスベガス)についての記述があり、筆者はそれを受けて「心穏やかではいられない傾向が現れた。これら大量殺人者の多くがコロンバイン高校銃撃事件のエリック・ハリスとディラン・クレボルドを模倣しているのだ」と展開している。

そして、あるひとつの事件について具体的に述べている。2012年12月、米コネティカット州ニュータウンでのサンディ・フック小学校銃撃事件だ。この事件については、当時の英語圏の速報のツイートなども含めて一箇所で閲覧できるようにしてあるので、興味のある方はご参照いただきたい。

The FBI released more than 1,500 pages of documents about the horror at Sandy Hook elementary school in Newtown, Connecticut in 2012, when Adam Lanza killed 20 first-grade students and six members of staff, as well as his own mother. It details just how obsessively Lanza was following Harris and Klebold. He amassed a hoard of Columbine information on his hard drive, frequented a chat room dedicated to the attack, and role-played the killers in an online game. If only this were an isolated incident.

サンディ・フック小学校での事件について、FBIは1500ページに及ぶ報告書を公表した。銃撃犯であるアダム・ランザは、自宅で同居する母親(銃のコレクターだった)を撃ち殺してから小学校に向かい、児童20人と教職員6人を殺害し、最後は自分も死んだ。そのランザが、エリック・ハリスとディラン・クレボルドのことを非常に熱心に調べていたということが、そのFBI報告書に詳述されている、という。ランザのコンピューターのハードドライヴにはコロンバイン高校の事件についての情報が大量に入っていたほか、この事件について話し合うネット上のチャットルームの常連でもあり、ネットでハリスとクレボルドのロール・プレイング・ゲームをやってもいた。

そしてそれは、サンディ・フック小学校銃撃事件のアダム・ランザに限ったことではない。このことについて、筆者は「これが他とは切り離された(単独の)案件であってくれさえすれば(しかし現実にはそうではない)」と述べる。そこで使われているのが《仮定法過去》である。

《If only +仮定法過去》は「~でありさえすればよいのになあ」という意味で、"If only this were an isolated incident." は "This is not an isolated incident." と書いても【言っていること(意味)】自体は変わらないのだが、その文章に込められた気持ちの伝わり方が全然違う。

 

逆に言えば、仮定法はこういう場合に用いられる形である。気持ちを言うのにたいへんに効果的な形なのだ。

例えば「土曜日、空いてたら映画行こうよ」と誘われたが、先約が入っているので行けないと返事する場合、単に「行けない I can't」で答えるより、「行けたらいいんだけど I wish I could」と答えたほうが、「残念だけど、無理」と思っているという気持ちがずっと伝わりやすくなる。

本の学校で英語を習った人にとって、多くの場合《仮定法》は「高校2年で習う、何だかめんどくさい文法」「そんな難しいことはできなくても、英語は通じる」というイメージかもしれないが、実のところ、自分の気持ちを相手に伝えるための表現で、友達同士の日常会話でも頻出の表現である。敬遠せず、自分でもどんどん使ってみるとよいだろう。

 

 

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なお、今回の文章はかなり分量があるが、余力があればぜひ全文を読んでみていただきたい。要点は私の連続ツイートを参照。

 

 

コロンバイン高校事件では、速報性のみを重視したメディアが、カリンが述懐しているように集団心理に陥ったかのようになり、「人々にわかりやすい物語」を求めて点と点を勝手に結びつけ、ありもしない「物語(神話)」を事実であるかのように伝えた。そしてその初期報道は翻訳され、全世界に行き渡った。事件のあった1999年、インターネットは使われてはいたが、今のように「人々がニュースをチェックするにはまずネット」という時代では全然ない(当時のインターネットは、学者が学術研究で使ったり、個人が趣味の情報交換をしたり時間つぶしをしたりするもので、ニュースはテレビや新聞でチェックするものだった)。日本にいる私にとって、外国のニュースを継続的に追うことは、今ほど簡単ではなかった。

その初期報道は後に修正されていったことは確かかもしれないが、私はかなり後になるまで、初期報道の「トレンチコート・マフィア」説が事実だと思っていた。実際に知り合いには、事件から20年となろうとしている今もそう思っている人もいる。「あー、トレンチコート・マフィアって、そういえば聞いたことある。銃撃犯の男子2人もそうだったんでしょ」程度のゆるい認識は、事件に衝撃は受けたにせよ、大した関心は抱かなかった人々の間では、珍しくないだろう。

 

2011年3月11日、東日本を大地震が襲った直後、英語圏の初期報道では「東京にも甚大な被害が!」というトーンの見出しに津波で破壊された東北の町の写真が添えられているといった事例もあったのだが(特にタブロイド紙では、見た目のインパクト重視の編集方針が取られていた)、それらはかなり早い段階で明確化され、「東京は津波で壊滅してはいない」ということは正確に認識されていた。だが、そういった「正しい報道」は、常に当たり前であるわけではない。

 

サンディ・フック小学校銃撃事件については、「事件は銃規制を望む陣営のでっち上げで、本当は起きていないし、誰も死んでいない。被害者や遺族としてテレビに出てくるのはみな俳優」という類の、頭のネジが外れまくっているような陰謀論がネット上でハバを利かせ、中には事件で殺された児童や教職員のご遺族を「うそつき」呼ばわり、というケースすらある。「みんなが信じていることは嘘」と言い募る陰謀論者の多くは、そう主張して人を不安にさせ、何かを売ることを目的としている。それについて、過去に書いたものがあるので、よろしければご参照のほど。

matome.naver.jp

 

そういう「不安商法」みたいなのには、もちろん、2011年3月11日以降の日本をターゲットとしたものもあった。「不安商法」なのか何なのかよくわからないが、とにかく奇妙なもの、というものもあった。下記はその一例についての記録。こちらも、よろしければご参照のほど。

matome.naver.jp

 

今日で、「あの日」から8年になる。 

「あの日」のこと

「あの日」のこと

 

 

※今日はいつもとは少し違うスタイルで書きましたが、明日からはまた通常運転です。