Hoarding Examples (英語例文等集積所)

いわゆる「学校英語」が、「生きた英語」の中に現れている実例を、淡々とクリップするよ

it takes 〈人〉~ to do ...(「オランダで性的虐待を受けた女性が合法的安楽死」という誤報について)

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今回の実例はTwitterから。

元々は、今日は前々回前回と同じ「天安門事件から30年」の記事から実例を拾おうと思っていたのだけど、より緊急性の高いトピックに差し替えた。

オランダは、「安楽死」が認められている数少ない国の1つである。そのオランダで、ある女性が安楽死したという話が、ネット上を飛び交っている。日本語圏も例外ではなく、Yahoo! Japanのトップページにはこんな表示がある。

f:id:nofrills:20190606052512j:plain

https://www.yahoo.co.jp/ 2019年6月6日

つまり、「性的虐待を受けた17歳の女性が安楽死した」という話が流布しているのだが、これが全然まったく事実ではないということが指摘されている。

ツイート主は米媒体Politicoの欧州部門で書いているアイルランドのジャーナリストで、かなり長いスレッド(連投)でこの「誤報」について書いているが、当ブログで実例として見るのはスレッドの最初のこの投稿だけにしよう。

大手メディアの無責任な(まともに事実確認をとらない)報道というか「誤報」と、その拡散について関心がある方は、スレッド全体を読んでいただければと思う。

実例として注目するのは下記の個所: 

It took me about 10 mins to check with the reporter who wrote the original Dutch story.

《it takes 〈人〉~ to do ...》という形で、《時間がかかったこと》を表している。これは《it takes ~ to do ...》にもうひとつ目的語が加わって二重目的語の構文になった形で、どちらか一方の意味を取ることができれば、もう一方も楽に意味を取れるだろう。

  It takes two hours to finish the book. 

  (その本を読み終えるのに2時間かかる、その本は2時間で読める)

  It took me three hours to finish the book. 

  (私がその本を読み終えるには3時間かかった)

 

実例の文は、「元々のオランダ語の報道記事を書いた記者に確認を取るためには、私の場合、だいたい10分かかった」、つまり「私がやっても、およそ10分で元記事の筆者に確認が取れた」ということで、「なぜ安楽死が事実だと書いている記者たちはたった10分で済むような確認を取らなかったのか」という憤りが根底にある。

この女性の安楽死を事実であると報じた媒体は英語圏でもとびきりの拡散力を持っている媒体で(米デイリー・ビースト、英デイリー・メイル、英インディペンデントと欧州のユーロニュースがナオミ・オリアリーさんのツイートで挙げられているが、日本語圏での拡散っぷりを見ると他に米ニューズウィークも誤情報を報じている)、既にイタリアやオーストラリアなど世界各国でこの女性の安楽死は既成事実として報じられ、大きく注目されているという。

実際には、彼女は安楽死を願い出たが、法廷はこれを拒絶したそうだ。オランダでの合法的安楽死については下記ウィキペディアを参照。残念ながら日本語のウィキペディアには立項されていない(この件に限らず、日本語圏しか見ないでいると、得られる情報が少なすぎる)。

en.wikipedia.org

 

今回のケースでは、ジャーナリストのナオミ・オリアリーさんは、2018年からずっとオランダのメディアでこの件を報道している記者と話をして事実を確認した。当該の女性は拒食症などで健康をひどく損なっており、親にも告げずに安楽死を求めて法廷に訴え出て、そして拒否されたという。

 

その後何が起きたのかというと、結果的に当該女性は亡くなったことは事実だという。しかしそれは「安楽死」ではない。

いわく、彼女の家族は精神療法をあれこれと試し、彼女は何度も入院したが、この数か月の間に彼女は何度も自殺未遂をしており、家族は電気ショック療法さえ求めたという。しかしこれは当人がまだ若すぎるということで拒絶され、その後、当人がこれ以上の治療は受けたくないと主張し、自宅に病院のベッドを設置して自宅療養に入った。そして6月初め、彼女はすべての液体と食物を拒み、彼女の親も医師も彼女に飲食を強制することはしないと合意した。

 当人が飲食を拒み、医師や家族が当人の意思を受けて強制給餌をしないことにした場は、「安楽死」とは位置付けられない。

実際に、オランダの報道では彼女の死は安楽死とは扱われていない。彼女の死を安楽死としているのは、オランダでの報道を受けてなされた英語圏での報道だけだ――と、オリアリーさんは報告している。

オリアリーさんが憤懣やるかたない状態なのは、もし本当にオランダで17歳の子が安楽死していたのなら大変なことだし、事実確認は10分で取れるからだ、という。(オランダの安楽死でいう「自殺幇助」は、薬物注射など積極的に死をもたらす行為を言う。)

 

その後、オリアリーさんのもとには何人かのジャーナリストから「そのオランダのジャーナリストの電話番号・メールアドレスを教えてください」という問い合わせが、おそらく誤報した媒体のジャーナリストからDMで寄せられていたようで、オリアリーさんは「冗談じゃない」と激怒

そのオリアリーさんが書いた記事が下記。

www.politico.eu

The teenager died at the weekend, several days after she began to refuse all fluids and foods. Her parents and doctors agreed not to force feed her or compel her into treatment against her will.

Was it euthanasia?

“No no no no, you can't speak of active euthanization,” said Paul Bolwerk, a journalist at local newspaper the Gelderlander who has followed Pothoven’s struggles with mental illness and spoken with her parents about their battles to find an effective treatment.

記事の最後は、「真実は明確である。ノア・ポトーベンは安楽死を求めた。そして拒絶された」と結ばれている。

 

彼女の死が「安楽死」であろうと「自殺」であろうと、彼女が性暴力にさらされ、この世にいられないほどの苦しみを味わい、つらい選択を自身で下したことに変わりはない。

そして、まだ17歳という若さの彼女のご両親が、とてもつらい思いをしていることにも変わりはない。

だがオランダの法律でいう「安楽死」でない死を、オランダの外のメディアが短絡した結果「安楽死」だと報じることは、間違っている。個人が自分で話を咀嚼しやすくするために「安楽死みたいなものだ」と言うのならまだしも、報道機関が事実を確認せずに「安楽死だ」と決めてかかることは、とてもおかしなことだ。

このような「誤報」は、いちいち指摘されないだけで、実際にはありふれているのかもしれないが。

 


ガーディアンもこの「誤報」を指摘している。

www.theguardian.com

ガーディアンのこの記事によると、亡くなったノアさんは11歳のときに子供たちのパーティーで身体を触られ、14歳のときに2人の男によってレイプされた。そのような暴力によって彼女は深く傷つき、自分の体験が他の人々の助けになればと考えて自伝を出版した。その自伝、Winnen of Leren (英語にすると Winning or Learning) はオランダ語でしか出ていないようだが、オランダでは賞を取ったそうだ。

www.bol.com

彼女が受けた医療も助けにはならなかった。というよりむしろ、10代の人の精神状態を扱うということがなされず、医療はより深く彼女を傷つけたようだ。これにより、若者たちの精神のケアにもっと的確に、真剣に取り組んでいこうという動きも起きているようではある。

 

なお、ガーディアンのこの記事によると、今回の誤報を生じさせたのはいわくつきの通信社(?)だとのこと。

According to multiple sources at British national newspapers, news outlets were alerted to the story by the newswire Central European News, which specialises in supplying unusual and quirky foreign stories to English-language news outlets.

CEN, which has previously been accused of providing unreliable information, did not immediately return a request for comment. Michael Leidig, who runs the agency, has always contested claims that it provides dubious information.

Earlier this year, the company lost the latest stage in a four-year libel caseagainst BuzzFeed News over a 5,000-word article in which Leidig was described as the “king of bullshit news”.

 

詳しくは、2015年に書かれたBuzzFeedの記事がある。とてつもなく長い記事だが。

2016年以降の「フェイクニュース」とか「ポスト・トゥルース」とかじゃなくて、もっと単純な「ガセネタ」「いいかげんな情報」の事案と思われる。BF記事をざっと読むと、このCENという通信社(?)の中の人は、ただのガセネタ野郎ではなく、とんでもなくめんどくさい人物であるようだ。

そしてそういうのが2015年にBFで正体を暴かれたあとも消えることなく、2019年になっても相変わらず大手メディアを釣っているということで、暗澹たる気分にならずにはいられないだろう。

 

 

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