Hoarding Examples (英語例文等集積所)

いわゆる「学校英語」が、「生きた英語」の中に現れている実例を、淡々とクリップするよ

目的語が長い場合の語順の入れ替わり(英国で進む[まっとうな、歴史学の用語でいう]歴史修正)

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今日の実例は、英国の「歴史の見直し(歴史修正)」に関するBBCの報道記事から。

「歴史修正」というと、主に「過去の惨劇を否定する」、「過去を美化する」という方向性の「修正」について用いられることが多いが(「ホロコーストはなかった」日本でいえば「南京虐殺はなかった」とか「従軍慰安婦などいなかった」といったもの)、こちらは欧州での第一次世界大戦第二次世界大戦をめぐるドイツ擁護(&「アングロサクソン」への批判)に端を発する後発的な用語で、本来歴史学で「歴史修正」というと、新たな資料が見つかるなどして、それまでいわば「定説」となっていた歴史観が修正されることを言う。中世について「暗黒の時代」と称されていたのが修正されたり、アフリカについて「未開の地」と見なされていたのが、実はそうではなかったと認められたりすることだ。

また、より広義に、かつてはいけないこととされていたが、今の観点で公平に考えればそうではない、ということを公的に認めるような動きもこちらに含まれる。例えば、アイルランドにおいて、かつて「英国は侵略者であり、絶対的な敵」との価値観によって第一次大戦・第二次大戦で英軍に加わって戦ったアイルランド人はいわば「国に対する裏切者」と見なされ、戦死者は顧みられることもないという時期があったが、近年はそれが修正され、追悼施設で大統領や首相臨席の上で式典が行われるなどしているのも「歴史修正」の結果といえる。ちなみに、アイルランドは基本的にカトリック国家で、宗派上の少数者であるプロテスタントを含めて圧倒的にキリスト教の国だが、戦没者追悼施設は無宗教・非宗教のかたちで作られている(これは、「英国軍」に加わってともに戦った兵士たちの中にはユダヤ教徒ヒンズー教徒、イスラム教徒など、キリスト教以外の宗教を持つ者たちも多くいたことを考えれば当然のことだが)。

さて、そのような「歴史修正」が、英国でも少しずつ行われている。例えばかつての奴隷貿易について、自国の関与の非を認めるという動きが、21世紀に入って見られるようになっている。下記は "slavery britain apology" という検索ワードでのウェブ検索結果の画面のキャプチャだが、2001年にはEUがベルギー主導で奴隷貿易について全面的な謝罪を行おうとしていたのを、英国を中心とした4か国(英、オランダ、スペイン、ポルトガル)が阻止したということが報じられていて、その6年後の2007年にはトニー・ブレア首相(当時)が、それまでの「遺憾の意 regret」の表明を一歩進めて「sorry」と発言した(が、「謝罪する apologise」まではいかなかった)ということが報じられている。その後も英国では、以前は頑として謝罪などしようとしなかったことについて、正式な謝罪には至らないが、遺憾の意以上のものを首相(政治指導者)が示す、ということが続いている*1

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日本においては今なお20年前の「英国は自分の非を認めようとしていない」という事実認識(それは20年前は正しかった)が修正されずに流通していることがあるが*2、そういった古い認識は早急に修正されるべきである。

最近では、100年前、植民地として英国が支配していたインドでの英軍指揮下の現地軍による虐殺について、イングランド国教会カンタベリー大主教が地面に身を投げうって「キリストの名において」謝罪を行った。政府とは別個の謝罪ではあるが、当時の英軍をまとめ上げていた宗教団体の現在のトップ*3がこのように非を認め、このように謝罪したことは、20年前は考えられなかったことが起きたと言ってよいだろう。

アムリットサルの虐殺に関しては、大主教の謝罪の前、5月には当時のテリーザ・メイ首相が現地を訪れて「遺憾の意」を表明し、虐殺事件について「恥ずべき傷」と述べているが、謝罪には至らなかった。

こういったことについて、「英国は国家として正式に謝罪すべきだ」という批判もあるし、私も個人的にはそのように批判したい側なのだが、まず、英国政府を代表する立場の人(首相であれ現地の総領事であれ)が公式に非を認めるところが出発点だ。そして、「非を認める」前段階として、「起きたことを事実として認める」という過程があるわけで、この点、都民としては、関東大震災での朝鮮人虐殺をめぐる現在の東京都小池百合子知事の嘆かわしい態度と比較対照せずにはいられない。

 

閑話休題

このような動きが見られるなか、2019年10月に入ったところでまたひとつ、「英国が過去の蛮行について非を認め、遺憾の意を示す」ということが起きた。それも、その「蛮行」の主は、偉人と見なされてきた人物で、英連邦に属するオセアニアの元植民地国家であるオーストラリアやニュージーランドにとっては「建国の父のひとり」的な立場の人物である。

記事はこちら: 

www.bbc.com

「キャプテン・クック」ことジェイムズ・クックは、18世紀の英国の海洋冒険家で、特に南半球・太平洋の航海と海図の作成で大きな業績を残した人物である。彼の船「エンデヴァー号(エンデバー号)」が、ニュージーランド北島現在Poverty Bayと名付けられている湾に到着したのが1769年、今年は250周年にあたる。その際、クックと乗組員によって、現地の人々(マオリ)に対する銃撃が行われ、族長ら9人が殺害された。その事実をめぐって、英国の代表者(高等弁務官)が式典という場で公式に「遺憾の意」を表明した、ということを報じる記事である。

ただしこの「遺憾の意」の表明は、はねのけられているわけではないが、もろ手を挙げて歓迎されているというムードではない。

 実例として見るのは記事のかなり下の方から: 

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2019年10月2日、BBC News

キャプチャ画像の下から2番目のパラグラフ: 

Many have described as insensitive this weekend's anniversary events marking Captain Cook's arrival, which are expected to attract protests.

この文は《describe A as B》「AをBと描写する、AのことをBだと述べる」という構文なのだが、describeの目的語であるAの部分が後置され、《describe as B A》という形になっている。

《A》にあたるのは "this weekend's anniversary events marking Captain Cook's arrival, which are expected to attract protests" の部分だが、このように目的語が長くなってしまったときに、その長い目的語が後回しにされるという形での《倒置》が生じるわけだ。

この文、《倒置》しないと読みづらいというか、読んでも意味が取れないので2度読みするハメになるということは、《describe A as B》の語順に並べ替えてみるとわかるだろう。つまり: 

Many have described this weekend's anniversary events marking Captain Cook's arrival, which are expected to attract protests, as insensitive.

正直、私が素で英文を書くと、このように「describe + 長い目的語 + as ~」の形になてしまうと思うし、これでも別に間違いではない。学術論文などではこういう文はまあまあよくあると思う。

だがこれでは、普通に読む文としては読みづらいのだ。そういうときに、英語ではさくっと「目的語は後回し」ということが行われる場合もある。そんなに頻繁に目にする例ではないし、自分でこういう文を書けるようにしておく必要は必ずしもないと思うが(直した方がよいのなら、ネイティヴチェックか校正の段階で直されるだろう)、読んでいる英文にこういうパターンが出てきたときに戸惑わないように、こういうものがあるということは認識しておくとよい。

 

※大学受験ということでいうと、受験の段階ではこのようなことは別に知らなくてもいいかもしれない。ただ大学に進んでから大量に英文を読むことになっている場合、こういう文に遭遇することは必ずある。逆に、大学で読むのが悪文で、「目的語がやたらと長くても倒置してないのでめっちゃ読みづらい」ということもあるかもしれない。私の経験では大学の教科書が悪文で、教授が「内容はいいんだが、とにかく悪文で困る」と言っていたことがある。「そんな悪文を学生に読ませないでほしい」と思ったが、あとから思えば、あれでかなり鍛えられたことは確かだ。

 

*1:1972年1月30日、アイルランド北アイルランドのデリーでの非武装民間人虐殺、いわゆる「ブラディ・サンデー」事件のように、全面的に非を認めて公式に謝罪する、という結果に至った例もある。その場合、国家による賠償が行われることとなるが、ブラディ・サンデー事件については現在賠償が行われつつある

*2:そのころに出版された本の記述が当時のウェブサイトなどで引用されたものが、その後もずっとコピペとして出回っていたりするし、もちろん古書として、あるいは版を重ねたり文庫化されたりして流通し続け読み継がれていたりもするので、一概に非難できないのだが。

*3:イングランド国教会の本当のトップは英国王なのだが、ここでは簡略化して述べることにする。