今回の実例はTwitterから。
Larry the Cat(「猫のラリー」*1)をご存知だろうか。
ロンドンは大都市の例にもれずネズミの問題が深刻である。ロンドン中心部にある首相官邸(ダウニング・ストリート10番地)も例外ではない。首相官邸におけるその問題を解決すべく任命されるのが、「首相官邸ねずみ捕獲長 (the Chief Mouser to the Cabinet Office)」である。これは公職だが、人間はこの任に当たることはできない。猫……いや、猫様専用ポストである。
「ねずみ捕獲長」が最初に首相官邸で任官されたのは1924年、ラムゼー・マクドナルドが首相のときだった。以降、ずっと連続しているわけではないが、合計で12匹の猫様がこのポストに就き、勇猛果敢にねずみと戦ってきた。現在のラリーさんは2011年、デイヴィッド・キャメロン首相のときに連れてこられた、近所の保護動物施設 (Battersea Dogs and Cats Homeという有名な施設) の保護猫*2である。
Larry, the Chief Mouser: And Other Official Cats
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ラリーさんは仕事はあまりしない。彼が首相官邸の前で寝そべっている横を、ねずみが走り抜けていく光景などが、ニュースの「ちょっと一息」コーナーに出ていたりしたが、元々、狩りをするよりは寝ていたいというタイプの平和的な猫さんのようで、一時は職務から解任され、より好戦的なフレイヤという女子に取って代わられていたこともある。仕事をしないわりには「税金泥棒」とののしられることもなく、人気者の座を確保しきっているようだ。首相官邸前の報道陣にも人気で、よい被写体になっている。
Japanese visitors given a frosty reception at Downing Street - by an unimpressed Larry the Cat pic.twitter.com/O5tMK4Aq8D
— PA Media (@PA) February 8, 2018
ラリーさんはTwitterでも人気者だ。@Number10catのアカウントは2011年2月から運営されており、現時点で33万人以上にフォローされている。といってもこのアカウントは非公式 (unofficial) で、風刺・時評を目的としたアカウントである。猫視点を借りて首相官邸の中のことを(想像して)語っているあたりは、21世紀英国版『吾輩は猫である』的な感触もあるのだが、そんなことはさておき、このアカウントの発言は単におもしろい。中の人のユーモアのセンスとバランス感覚が絶妙だ。
あまり政治的でない例を挙げておくと、先日、デイヴィッド・キャメロンが回想録を出したのだが、その中でラリーさんのことをこう書いていて:
*via https://twitter.com/janemerrick23/status/1174602694838935552
(「ねずみの問題が度を越していたので、バタシーの保護施設にリズ・サッグを遣った。リズは野良猫として保護されていたぽっちゃりした、ラリーという名のトラ猫を連れて帰ってきた。マスコミは『キャメロン家の猫』と言いたがったがそうではなく、『首相官邸ねずみ捕獲長』であった。ラリーはねずみ捕りはあまりしなかったが、見た目はよかった。人なつっこいというわけではなかったが。執務室に入れたラリーが丸くなってるのもよいものだった。たとえ椅子という椅子がすべて白い毛まみれになったとしても」)
これに対して「猫のラリー」のアカウントはこう返していた:
It has come to my attention that David Cameron has referred to me in his book as a “chunky tabby” - that’s rich from a flabby Tory! pic.twitter.com/AOFdRKTJYU
— Larry the Cat (@Number10cat) September 19, 2019
(「こんなぶよぶよしたのに、ぽっちゃりとか言われる覚えはないにゃ!」)
He does go on to say I’m a fine looking cat, but that’s evident to everyone
— Larry the Cat (@Number10cat) September 19, 2019
(Pic @justin_ng) pic.twitter.com/IdIqMncham
(「確かにラリーは見た目がよいと書いてはいたが、そんなことはいわずもがなではにゃいか」)
その「猫のラリー」アカウントが最高のユーモアのセンスを見せるのが、Brexitネタである。というわけで今回の実例:
If Brexit was a cat...
— Larry the Cat (@Number10cat) September 30, 2019
(Video @savannah_moon_)pic.twitter.com/qVTetDEqzE
5語しかないツイート本文は、何の説明も必要でないくらいに、《仮定法過去》である。
If Brexit was a cat
「もしもBrexitが猫ならば」という意味で、「現在」のことを言うのに「過去」のwasを使っている(このように時制をずらすのが仮定法の特徴だ、ということを、仮定法を習ったばかりの高校生のみなさんにはがっつり頭に入れていただきたい)。
さて、ラリーさんのこのツイートには、下記のようなリプライがついている:
If Brexit *were* a cat 😬 C'mon Lazzers, you're better than that! 🙄
— Alien Eye for the Earth Guy (@lonesomesound) September 30, 2019
「wasではなくwereを使え」という指摘だ。
これ見たとき、私は (^^;) という顔でヒザをばんばん叩いてしまったのだが(私の英作文の先生もこういう人だったので)、実際はwasでもwereでもどっちでもいい。この点、『ロイヤル英文法』 は次のように解説している (p. 550)。
be動詞は人称・数に関係なくwereを使うのが原則であるが、くだけた言い方では、if I were youやas it wereなどの慣用句以外では、1人称・3人称の単数にはwasを使うことが多い。
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実際、かつてラリーさんが「もしもBrexitが猫ならば」と言っておもしろ猫動画を投稿したときには、wasではなくwereを使っていた。
If Brexit were a cat...https://t.co/1BTSSX6DDy
— Larry the Cat (@Number10cat) January 16, 2019
If Brexit were another cat...https://t.co/PtgW1H9vqt
— Larry the Cat (@Number10cat) January 17, 2019
これらのおもしろ猫動画は、元ツイートの人がカギをかけたりしてしまっているので今はTwitterでは見られないが、下記の映像である。
Math calculation of a cat to jump but failed 😂😂
ほか、この「もしもBrexitが猫ならば」でよく見るのがこちら。
— paul (@Buttorfleoge2) September 30, 2019
「出たいからドアを開けて」と要求してくるのでドアを開けてやったら、出ない。猫だから。
この線描アニメは「サイモンの猫 Simon's Cat」というシリーズで、10年以上前からYouTubeで連載されている。作者はSimon Tofieldさん。
サイモンさん自身がこの作品のことを説明したビデオが下記。Brexitが譬えられている「ドアを開けろというので開けると動きゃしないのが猫」の映像も入っている。聞き取りも難しくはないが、聞き取りに慣れていない人は、英語の字幕を表示させて再生するのがよいかもしれない(字幕の表示方法がわからない方はこちらを参照)。
The Simon's Cat Story (A Draw my Life)
というわけで今回、猫の話ではなく仮定法の話でした。
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*1:このように「名前+ the ~」の形で「~の…」の意味となる。例: Johnny the Fox 「キツネのジョニー」 一方で、先日亡くなった「グランピー・キャット Grumpy Cat」の場合は、grumpyは名前ではなく形容詞であり、意味としては「猫のグランピー」ではなく「グランピーな(不機嫌な)猫」である。
*2:英語ではrescue catと言うが、「レスキューする猫」ではなく「レスキューされた猫」である。なぜここでrescueが過去分詞にならないのかといったことを考え出すと英語沼にはまるので、ほどほどにしておこう。