今回の実例も引き続きラグビーW杯関連の記事から。
前回のエントリでも少し書いたが、イングランドは12日(土)に予定されていたプールステージ(プールC)最終戦(対フランス、横浜)が台風19号のために中止となった。次の試合は19日(土)、大分で行われるオーストラリアの試合である(ここでのソースはウィキペディア)。
12日のイングランドとフランスの試合が中止されることは10日(木)には決定されており、イングランド代表はその日のうちに九州に移動、以降はトーナメントに向けて宮崎のキャンプ地で練習の日々だそうだが、実は12日の横浜での試合のために、あるいは大会期間中ずっと、家族・親族が来日していた選手たちがいたという。家族らは宮崎には同行せず、つまり選手たちはどえらい規模の台風がやってくるという関東地方に大切な人たちを置いていくことになった。
今回の記事は、そういう事情で、父親(元トンガ代表のラグビープレイヤー)や親戚を、何がどうなるかわからない状況に残して、チームメイトたちと一緒に宮崎に行ったビリー・ヴニポラ選手*1の話を記事にしたものである。
キャプチャ画像の2番目のパラグラフから:
You’re focused on rugby but you know it’s not the be all and end all.
前半は何もひっかからずに読めるはずだ。「ラグビーに集中してるが」という意味。
しかしbutから後は、全部知ってる単語なのに読んでも意味がわからなくて、「何だこれは」という感覚に襲われるような文である。一度読んで意味が取れない。二度読むとますますわからなくなる。なぜ定冠詞のtheの直後に、be動詞の原形があるのか?
but you know it’s not the be all and end all.
読んでも意味が取れない英文には、慣用的に用いられる意味のないitとか前置詞とかが原因で意味が取れないものもあるが、今回の実例のように、単語がわけのわからない並び方*2をしている場合は、まず十中八九「イディオム(熟語)」である。
かつて紙の辞書しかなかったころは、"the be all and end all" なんて、こんなのどの単語で辞書引けばいいんだよと涙目になったところだが、今は幸い、検索窓に入力すれば探し物は簡単に見つかるようになっている。
というわけでPCでブラウザの検索窓にこれを入力するのだが、ついでなのでスマホで使える無料辞書アプリのご紹介もしておこう。
私はいくつかの辞書アプリをスマホに入れているが、ぱぱっと調べるという用途なら、英語の辞書は、英和・英英合わせて20件くらいの辞書を串刺し検索*3できる「All英語辞書」が便利だと思う。AndroidでもiOSでもOK。受験生の学習用には全然足らないかもしれないが、社会人が新聞記事とか会社の資料などを読みながら語義をサクサク調べるには、これがあればとりあえず困らないだろう。
Android: https://play.google.com/store/apps/details?id=com.copyharuki.englishjapanesedictionaries
iOS:
「All英語辞書 - English Japanese Dictionaries」をApp Storeで
今回のイディオム、"be all and end all" をこのアプリで検索し、Longman辞書(英英)で表示させた画面のキャプチャが下記である。
ここにあるように、正式な表記では、 "be-all and end-all" とハイフンを使って書く。ハイフンを使うルールについては当ブログでは既に何度か触れているが、複数の語を連結して1つの語として扱う場合には、原則、ハイフンを使って書くことになっている。ただし現代の日常的な英文(新聞記事のようなものを含む)ではハイフンが省略されていることも非常に多い。ハイフンがあると読みづらいと感じられるようだ。
ちょっと余談になるが、こういうふうにハイフンが省略されている結合語は機械翻訳(というかコンピューターでの処理)泣かせで、機械翻訳されることが前提の英文ではハイフンは抜かさないほうがよい。
ともあれ、この "be-all and end-all", 意味は、 Longmanの定義を引いておくと:
the most important part of a situation or of someone’s life
https://www.ldoceonline.com/dictionary/the-be-all-and-end-all
つまり「最も重要な部分」ということ。慣用表現っぽさを出したければ「肝心かなめの部分」みたいな日本語もある。
ちょっと変わった言い回しだが、そういう場合、たいてい語源はシェイクスピアの戯曲で、これもまた例外ではない。『マクベス』だそうだ。詳細は下記など参照。
- 作者: W.シェイクスピア,William Shakespeare,松岡和子
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- 発売日: 1996/12/01
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というわけで、今回のこの文:
You’re focused on rugby but you know it’s not the be all and end all.
ラグビーのイングランド代表のプレイヤーが「ラグビーに焦点を絞ってはいますが、それが人生で一番重要というわけじゃないですからね」と語っているわけだ。実際、よく知らない土地で、嵐の中に大切な家族を置いてきて、練習に集中するのはなかなか大変なことだっただろう。ましてや報道で台風15号での房総半島のすさまじい被害の写真を見せられたりしていて、「15号よりさらに勢力の強い台風が直撃する」と言われ、「命を守るために行動してください」という呼びかけがひっきりなしに行われていればなおさらだ。
「死ぬ気でプレイしろ」的な精神論が好まれ、高齢で亡くなった往年の名選手が「野球人間でした」といったように身内から讃えられるのが当たり前の日本では、代表選手が「人生において、競技が一番大事なわけではない」なんて言ったら「ネットで炎上」させられるかもしれないが、こういう発言、英語圏でスポーツニュースを眺めていると非常に頻繁に遭遇するものだ。むしろありふれているというか、デフォだと言ってもよい。
ラグビーは日本代表でも多国籍でさまざまなバックグラウンドの人が集まっているから、きっと中にはこういう考え方もあるだろうと思う。今回の大会が終わったあと、こういう「競技だけが人生のすべてではない」という世界で共有されている価値観が、精神論でかちかちになった部分をほぐしていくことになるかもなあとちょっと思ってはいる。
その次の文:
You worry for people’s safety in typhoons and you hope nothing serious does happen.
太字にした "does" は、意味を強調する(強意の)助動詞。これも会話でも文書でもよく出てくるのでしっかりと覚えておきたい。
I do know his name, but I don't know where he is from.
(彼の名前は本当に知ってるけど、どこ出身かとかいうことは知らない)
Mark did say he would be back by seven.
(マークは実際に、7時までには戻ると言ったんだ)
参考書:
今回見たイディオム、"be-all and end-all" は、『ジーニアス英和辞典』では be-all で立項されていて、語源はシェイクスピアと表示されており、「通例皮肉」と記されている。実際、「奴にとっちゃ、カネがすべてだからな」的な文脈で使われることが多い表現のようだが、そうとは限らない。今回の実例のように、皮肉の意図など全然なく「最も重要な部分」という意味で用いられることもよくある。
*1:名前のカタカナ表記は https://teamrugby.jp/worldcup/japan2019/feature/players-22 を参照した。
*2:この「わけのわからない並び方」を判断できるのは、普通に文法力がある人だけだが……倒置とか省略とかいったものを「単語がわけのわからない並び方をしている」と思ってしまうようでは、まだ基礎が足りていない。
*3:複数の異なる辞書を同じ単語で同時に検索すること。