Hoarding Examples (英語例文等集積所)

いわゆる「学校英語」が、「生きた英語」の中に現れている実例を、淡々とクリップするよ

不定冠詞のa(「第二のレファレンダム」を求める人々)

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今回の実例はTwitterで配信された映像から。

10月19日の土曜日、英国会下院で起きたことは、たぶん日本語圏でも報道されていると思う。私は日本語記事までは見ていないが、英語記事はものすごく大量に出ていて、さくっとした報道記事を探し出すのが大変なほどだ。例えばガーディアンの19日付下記記事がそういったさくっとした記事のひとつである。

www.theguardian.com

 

ごく短くまとめると、この日、ジョンソンの英国政府がEU27か国との間で合意に至ったEU離脱協定案の採決が英国会下院で行われるはずだったが、その前に修正案が出され(レトウィン議員の修正案なので「レトウィン修正案 Letwin amendment」と呼ばれる)、その修正案が賛成322対反対306で可決されたため、本題たるEU離脱協定案の採決は行われなかった、という次第である。レトウィン修正案の中身は、ジョンソンが持ち帰ってきた離脱協定案(合意案)の施行法が可決成立しない限り、協定案の採決を行わない、とするもので、言い換えれば、上記ガーディアン記事見出しのように「ジョンソンのBrexit合意案にブレーキをかける」ものである。

 

下院の議場でこのレトウィン修正案の審議が行われ、採決へと進んでいるとき、ロンドンではEU残留派(離脱反対派)を中心とする離脱再考を求める人々による大規模なデモ・集会が行われていた。国会議事堂の目の前の広場(といってもそんなに広くはない)を終結点とし、周辺の道路を数万人単位の人々が埋め尽くした。

彼ら(離脱再考を求める人々)は、「離脱の意思確認をするレファレンダム(国民投票)」を要求している。これは、2016年6月のレファレンダムに続く「第二のレファレンダム the second referendum」と位置付けられているのだが、それを求めるキャンペーン団体が「人々(国民)の投票 People's Vote」を名乗り、報道では(小文字で)"people's vote" と(多くの場合引用符付きで)表記されている。

www.peoples-vote.uk

www.theguardian.com

 

今回の実例は、それを求める標語の中から。

下記ツイートの映像を再生していただきたい。これは国会議事堂の目の前の広場(Parliament Squareという)に設営されたステージ*1前から、標語を印刷した巨大なバナーが広げられていく様子を空撮した映像である(この「バナー広げ」は、サッカーのサポーターが観客席で巨大バナーを広げることにヒントを得たという)。

映像の25秒ほどのところで印刷されたスローガンの全体が見えるようになる。今回の実例はそのスローガンだ。

 

f:id:nofrills:20191021111541p:plain

2019年10月19日、Twitter @ByDonkeys

Get ready for a People's Vote 

今回注目するのはこの《不定冠詞のa》の用法。

標語の意味は「国民の投票の準備をしよう」である。

ここでなぜ不定冠詞が用いられているのか。彼らが要求している「第二のレファレンダム」(つまりPeople's Vote)は、まだ実施されることが決まっていないからである。

もしも実施されることが決まっていたら、ここは不定冠詞ではなく、定冠詞のtheが用いられる。

そのことを念頭に置いて、下記のサイトのリード文にある "demand a People's Vote", "a second referendum" といった表現をもう一度見てみると、不定冠詞についての理解が一段深まるだろう。

www.peoples-vote.uk

www.theguardian.com

 

冠詞にはこのような用法があり、正確な読解が要求される場面では、こういった細部もおろそかにせずに読まなければならない。翻訳でこういう緻密さが要求されることはいわずもがなである。

 

冠詞は、自分から英語で何かを話すような場合には「どうでもいい細部」と扱われることすらある。実際、冠詞をどうしたらいいのかで迷ってしまって会話・発話ができなくなるくらいなら、「まあ、それはどうでもいいか」と思い切ってしまうことも必要だ(私自身、そういう経験は何度もしている)。

しかしそれは、「冠詞とはどのようなもので、どういう機能があるのか」にまるで注目しなくてもよいということではない。

ましてや「学習者は冠詞なんて気にしなくてよい」などと言っててよいということは、絶対にありえない。

万人が「冠詞を極める」的な学習をする必要があるとは思わないけれども、軽視してよい項目ではない。

 

日本語には「冠詞」というもの自体がないので、私たち日本語母語話者には「冠詞」はとにかくわかりづらいし、つかみづらい。逆に、欧州の各言語では冠詞のない言語のほうが少ないので(詳細はウィキペディアの「冠詞」の項を参照)、例えばフランス語とかスペイン語とかドイツ語とかを母語とする人々にとって「冠詞」は特にひっかかるポイントにはならないかもしれない。国際的に用いられている「外国語としての英語」の教材では「冠詞」についてあまりにさくっと流されている感があるのは、そういった事情による。英語圏に留学して英語の資格を取るという人は、英文法の授業を英語で受けることになるが、その場合、冠詞の扱いは日本語母語話者にはあっさりしすぎててわかりづらいということにもなるので、前もって、日本語で書かれた冠詞についての本を見ておくのがよいのではないかと思う。下記の正保先生の本はコンパクトで、とてもわかりやすい。使われている例文がBritish寄りなのも楽しい。高校生でも読みこなせる内容だから、受験勉強として自由英作文の練習をしていて「冠詞ってわけわかんない!」と思った人は読んでみるとよいだろう。文法書では足りてないところを丁寧に教えてくれる。

英語の冠詞がわかる本[改訂版]

英語の冠詞がわかる本[改訂版]

 

 

より本格的に「冠詞とは何か」を知りたい人には、下記の猪浦道夫さんの本がお勧め。多言語話者で翻訳者である著者が「冠詞」について徹底的に考察し、解説してくれていて、目からウロコが落ちるような本である。ただし、初学者向けでは全然ない。

英語冠詞大講座

英語冠詞大講座

 

 

ちなみに、People's Voteの掲げているこの標語は、英国政府が早々と開始したキャンペーンの "Get ready for Brexit" という標語のパロディである。Brexitは無冠詞の固有名詞という扱いなので冠詞はない("a Brexit deal" のように、Brexitという語が形容詞的に用いられるときは、"a deal" が基本形なので冠詞がある)。

www.gov.uk

 

映像を撮影し、Twitterに投稿しているLed By Donkeysは、Brexitに関する政治家の無責任発言を人目にさらしていくというシンプルな活動で注目されている人たち。友人同士がパブでダベっているときに思いついた案を実行していくうちに、クラウドファンディングなども得てここまでやるようになったという。詳細は下記記事。

www.theguardian.com

 

本もまとめたところ。 出版予定日の10月31日は、Brexitの予定日でもある。

Led by Donkeys: How four friends with a ladder took on Brexit (English Edition)

Led by Donkeys: How four friends with a ladder took on Brexit (English Edition)

 

 

"Led by Donkeys" というユニット名は、第一次世界大戦のときの英軍のありさまを言った表現、"Lions led by donkeys" (ロバに率いられた獅子、つまり臆病で無能な上官たちと勇猛果敢な兵士たち)に由来する。 

Lions Led By Donkeys: Portrayal of World War I in British Literature in the 20th Century

Lions Led By Donkeys: Portrayal of World War I in British Literature in the 20th Century

 

 

Brexitを煽っている政治家たちがやたらと「戦争」の比喩で語るので、このユニット名の選択は実に秀逸といえる。 

*1:この日、このステージでは国会議事堂から出てきた何人もの国会議員が「第二のレファレンダムを要求していこう」というスピーチを行って、議事堂に戻って審議を行っていた。労働党のダイアン・アボット議員は、警察に警護されて戻るその道すがら、Brexit支持派の男に付きまとわれ、罵声を浴びせられていた。

https://twitter.com/39_stephs/status/1185571331980566530 にその映像がある。

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