Hoarding Examples (英語例文等集積所)

いわゆる「学校英語」が、「生きた英語」の中に現れている実例を、淡々とクリップするよ

《結果》を表すto不定詞, 接続詞のyet, despite -ing, in one's own right (芸術家ドラ・マール。「ピカソの愛人」扱いはもう終わり)

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今回の実例は、ロンドンのテイト・モダーンで開催される美術展に関連して、ある芸術家の生涯と業績をざっと振り返っている記事から。

ピカソという画家は、美術に興味のない人でも「偉大な画家」として(あるいは「わけのわからない絵を描いているのになぜか巨匠とされている理解しがたい画家」として)知っているくらいに有名な画家だ。美術に少し関心がある人なら、彼が生涯で何度かがらりと作風を変えたことも知っているだろうし、かなり長生きしたことや、いわゆる「女性関係」が現代では顰蹙を買うようなものだったことも、評伝などを読んで知っている人もいるだろう。

 個人的には、精神的に疲れたときなんかにピカソがささっとサインペンか何かで描いたようなシンプルな素描を見ると気が休まるのだが、漠然と「女性の扱い」について腹が立っているようなときには絵の向こうにあれこれ問題が見えてきてしまい、「どのツラ下げて鳩とか!」などと思えてくるので逆効果。いろいろと難しい。

 というわけで、ピカソのことはよく語られるし、ピカソと深くかかわった女性たちのことも、「天才画家の生涯を彩った女性たち」的なナラティヴで、わりとよく語られる。

「彩った」だなんて、サンドイッチに添えられるパセリか、刺身に乗せられる菊*1みたいな扱い方をされてしまっているが、彼女たちはピカソの添え物である以前にひとりの人間だった。

 

ドラ・マールは、1930年代後半から45年までピカソの「愛人」だったこととか、『泣く女』のモデルになった女性であることとか、『ゲルニカ』の制作光景の記録者となったことで知られているが、彼女自身アーティストであり、ピカソと知り合う前から、パリのシュルレアリスムの芸術家たちの一員として活躍していた。 

Dora Maar

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ゲルニカ―ピカソ、故国への愛

ゲルニカ―ピカソ、故国への愛

 

 

そのドラ・マールの作品展が、パリのポンピドーセンターからロンドンのテイト・モダーンに巡回してくる(来年はロサンゼルスにも行く)とのことで、彼女についてまとめた記事がBBCに出ているわけだ。

記事はこちら: 

www.bbc.com

実例として見るのは書き出しの部分。

f:id:nofrills:20191125034751j:plain

2019年11月22日、BBC News

Dora Maar lived to be almost 90 yet, despite being a gifted artist in her own right, her reputation has rested mainly on her romantic relationship with Pablo Picasso.

最近の流儀でコンマなどを極力少なくした書き方なので、非ネイティヴ英語話者には少々読みづらいので、その点を補うと次のようになる。

Dora Maar lived to be almost 90, and yet, despite being a gifted artist in her own right, her reputation has rested mainly on her romantic relationship with Pablo Picasso.

このように補ったうえで検討してみよう。

まず、最初の文: 

Dora Maar lived to be almost 90

このto不定詞は《結果》を表すto不定詞で、live to be ~はほぼ成句といってよいくらいに決まりきった表現で「~歳まで生きる」の意味。直訳すれば、「生きて、そして(結果として)~歳になった」である。

  My grandfather lived to be 85 years old. 

  (祖父は85歳まで生きた)(=祖父は85歳で没した)

 

次の部分(青字は補った部分): 

..., and yet, despite being a gifted artist in her own right, her reputation has rested mainly on her romantic relationship with Pablo Picasso.

yetは、現在完了と一緒に用いられる副詞として最初に知った人が大半だろうと思うが (Have you eaten lunch yet? 「もうお昼食べた?」, I haven't finished the work. 「作業はまだ終わってない」など) 、もうひとつ、「しかし」系の意味を表す接続詞の用法がある。その場合、andやbutと一緒に用いられることが多い。

  I like Tom, and yet, it's a different thing to live with him. 

  (トムのことは好きだけど、一緒に住むとなると話が別になってくる)

andやbutなしの用例もある。今回の実例はこちらの形で、なおかつyetの前のコンマが省略されている(この後の部分でコンマが出てくるので、ここで使うと文がぶつ切れのように見えてしまうから調整されたのだと思われる)。

  The price of the house was low, yet no one wanted to buy it.*2

  (その家の価格は低かったが、それでも誰も買いたがらなかった)

 

太字で示した《despite -ing》は「~である/~するにもかかわらず」の意味。despiteは前置詞なので、直後は名詞・名詞相当語句が来る。だから動名詞の-ingが使われているわけだ。

  Despite the heavy rain, the match was on. 

  (ひどい雨にもかかわらず、試合は行われた)

  Why do people drink and smoke despite knowing that they are risking their health?*3

  (自分の健康をリスクにさらしていると知っていながら、なぜ人は飲酒し喫煙するのか)

 

下線で示した《in one's own right》は「自分自身の権利において」で、この「権利」はいかにも日本語としてはこなれていない感じで(なぜそうなのかは「権利」という日本語についてちょっと調べてみればわかると思う)、意味がつかみづらいが、ドラ・マールについてのこの文で覚えてしまえばパーフェクトに意味が把握できると思う。この場合、ドラ・マールは(親の七光りとか付き合っている男の威光とかではなく)自分自身の能力のおかげで「才能ある芸術家」として通っていた。英語ではそういうときにin one's own rightという表現を用いるわけだ。

 

今回の実例の文は、「ドラ・マールは90歳近くまで生きたが、彼女自身本当に才能のあるアーティストであったにもかかわらず、彼女について語られることといえば、パブロ・ピカソとの恋愛関係に基づいていることが主である」という意味。

最近そのような、「有名な男性アーティストに近い女性であるがゆえに一人前(プロ)として言及されてこなかった女性アーティスト」に、明示的に注目するという流れが顕著である。

例えば「ラファエル前派」は、元々ロンドンの画学生たちが結成したサークルのようなもので、the Pre-Raphaelite Brotherhoodというのだが、彼らの活動が紆余曲折ありながらも長く続いていくうちに女性アーティストたちもこの「芸術運動」に関わるようになっていた。しかし彼女たちは同時にモデルを務めてもいたので、後世の私たちは彼女たちをまず「あの有名な絵に描かれていた女性」として認識するのが常である。だがちゃんと歴史を掘り起こせば、彼女たちはただ描かれていたのではなく、描く側でもあった。男のデザインした工芸品を形にする職人的補佐役ではなく、デザインする立場でもあった。そういうことに光を当てた展覧会も今年すでに開催されている。

次回もこの関連の文を取り上げる予定。

 

 

ピカソと泣く女―マリー=テレーズ・ワルテルとドラ・マールの時代

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