このエントリは、今年4月にアップしたものの再掲である。自然な英語という点ではこの上ない実例だが、こういう文が実は案外難しかったりもする。何かわかりづらいなと思っても、先を急がず、落ち着いて丁寧に読むことが重要である。
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今回の実例は、ポップスターのSNSでの投稿から。
活動を停止している英国のボーイバンドOne Direction (1D) の一員であるルイ・トムリンソンは、現在は1Dの他のメンバーたちと同様にソロ歌手として曲をリリースしたり、自身の芸能界入りのきっかけとなったオーディション番組「Xファクター」の審査員を務めたりしている。
今年3月にTwo of Usという曲をリリースしたが、曲の良しあしとは別に売れているかどうかで判断すると、全英シングル・チャートで64位と、1Dでトップを極めた実績のある歌手としては、とても好調とは言えない。
この曲は2016年12月に43歳の若さで白血病のため他界したお母さんのことを歌ったもので、チャート順位という結果が出なかったことでルイ・トムリンソンはきっと、正直残念な思いをしたことだろう。しかもこの曲を出した数日後に、妹のフェリシティがわずか18歳で心臓発作で急逝してしまった。ショックを思えば当然のことながら、新曲リリース直後にもかかわらず彼のTwitterは止まってしまった(1か月ほど経過した4月17日にようやく「暖かいご支援のメッセージをありがとうございます。今日、スタジオに戻りました」とツイートしている)。
その彼が「胸の内にあるものを吐き出したくて」と4月22日に投稿したのは、長文のメッセージだった。
Wanted to get this off my chest pic.twitter.com/uoDHkByjxf
— Louis Tomlinson (@Louis_Tomlinson) 2019年4月22日
「みんな結果結果と言うばかりで、過程を楽しむということをしなくなっているということについて、最近、ある人が非常に興味深いことを言ってて、それで、自分にとって成功って何だろうなと改めて考えている今日この頃です」(意訳)と書き出されているこのツイートは、なかなかに重い内容だ。ポップスターとして頂点を極めた彼が、ソロ・アーティストとして当然と考えてきた「成功」のありかたを見直している、という。
以下、この文を実例として見ていこう。今回はいつもの「対訳」(逐語訳)ではなく「翻訳」のようなことをしているので、訳文から英語を見てもちょっとピンとこないところもあるかもしれないが、アーティストのメッセージを受け取っていただければと思う。
第2文からひとつひとつ見ていくことにしよう。
I feel like I've been mistranslating it for the last 3 years.
このfeel likeは、口語でthinkと同じ意味で使われることが多い表現。太字にした部分は《have been -ing》で、つまり《現在完了進行形》だ。translateは「~を翻訳・通訳する」という語義で覚えている人が大半だと思うが、実際にはこのように「~を解釈する」の意味で用いられることも多い。つまりこの文は、「この3年間、ずっと思い違いをしてきたような気がしてます」という意味になる。
最後の "the last 3 years" は、正式な場に出す文章(ステートメントとかプレスリリースとか報道記事とかビジネスメールとか学校の書類とか学校の課題とか)なら "the last three years" と書いた方がよいが、このようなパーソナルな文面では "three" ではなく "3" と書いても全然問題ない。友達同士のやり取りならむしろ、英単語で "three" とスペルアウトするより、アラビア数字で "3" と書くのが標準的だろう。
続いて第3文:
Everything I've ever known ,in my career, is straight down the middle pop.
ルイ・トムリンソンの打ち込んだ文面にこのようにある部分は、もうちょっとちゃんとした形にするように編集すると次のようになる。
Everything I've ever known, in my career, is straight-down-the-middle pop.
"Everything I've ever known" は "I've" の前に《目的格の関係代名詞》が省略され、《現在完了》を使った表現。その直後の "in my career" は、コンマで挟まれていて《挿入》の形になっているが、ここは直前の語句に言い添えていると考えるのがよいだろう。「ぼくが、自分のキャリアにおいて、これまでずっと知っていたこと」。
"straight down the middle" は、辞書には載っていない表現かもしれない。まず表記の点だが、ここでは複数の語が連なった形でひとつの形容詞として機能しているので、正式な文面ではハイフンを使って "straight-down-the-middle" と書くことになるが、このようなパーソナルな文面ではいちいちハイフンなど使わないことが多い。"straight" は "right" と同義で強調の言葉で(「真っ赤」の「真」とか「どぎつい」の「ど」のようなもの)、"down the middle" は辞書を引くと「真っ二つに」といった語義が掲載されていると思うが、ここでは意味は「ど真ん中の」。日本語の俗語でもまさに「ど真ん中の」という語で「正統派の」という意味を表すが、英語の "straight-down-the-middle" もそれと同じだ。
つまり、この文の意味は、「ぼくが、自分のキャリアにおいて、これまでずっと知って(やって)きたものは、ど真ん中の王道ポップです」。
次に第4文:
My expectations and aspirations are all shaped around my experiences, as much as I try and stay realistic I couldn't help but crave a 'hit' single.
この文も、パンクチュエーション(句読点の使い方)がやや標準から外れているので、その点で編集すると次のようになる*1。
My expectations and aspirations are all shaped around my experiences. As much as I try and stay realistic, I couldn't help but crave a 'hit' single.
前半は特に文法的に見るべき項目もない文だ(強いて言えばare shapedの受動態と、allの語順が重要だが、今回は解説項目が多いのでスキップする)。
"As much as S + V" は、Weblio英和辞書で見てみたのだが記載がないようだ*2。大修館の『ジーニアス英和辞典』(第5版)には「主に米」として、「[譲歩節を導いて](とても)…だけれども」と、ちゃんと記載されている(やはり辞書はよいものを使う必要がある)。オンラインで閲覧できる辞書なら、英英辞典を参照するとしっかり載っているはずだ。例えばMerriam-Websterでは「even thoughと同義」と記載されている。
"I couldn't help but crave a 'hit' single" は、《can't help but do ~》(「~せざるを得ない、どうしても~してしまう」)を使った文になっている。
というわけで第4文は、「ぼくがこういうことがやれるんじゃないかとか、こういうふうにしたいと考えていることは、すべて、ぼく自身の経験したことが核になってるわけで、どんなに夢を見すぎず現実を見ようとしたところで、どうしても、『ヒット』シングルを出したいと思ってしまいます」
20代にして、以前のような「ヒット」を出せなくなったポップスターの、これ以上はないくらい率直な言葉だ。
そして第5文:
It's because of this that I've spent so long on this album, trying to fit into top 40 radio when in fact maybe I should start with what I love and work from there instead of trying to write to a more specific formulae.
この文はとても息の長い文だが、構造が複雑なわけではない。修飾関係が入り組んでいたり、《挿入》が多用されたりしているのではなく、ただピリオドを使わずにだらだらとしゃべる感じで書いてあるだけだ。だから読み取るのもさほど難しくはない(このタイプの文を読解するときの問題は、集中力である)。
まず最初の部分は、"It's because of this that I've spent so long on this album" で、《It is ~ that ...》の《強調構文》だ。その次の "trying" から後は《分詞構文》で、文意は「ぼくがこのアルバムに、~しようとしてこんなに長い時間をかけてきたのは、これが原因です」。
この「~しようとして」の中身がこのあとだらだらっと続いているわけだが、まず、"trying to fit into top 40 radio" は特に問題はないだろう。「(チャートの)トップ40の曲だけを流すラジオにぴったりはまるようにしようとして」。
その直後の "when in fact..." は、「実際には…であるときに」で(whenは接続詞)、そのあとがややくだけた(インフォーマルな)文体になっていて、「実際には、自分が好きなことから始めて、そこから作業していくべきかもしれないときに」。
"instead of trying to write to a more specific formulae" の《instead of -ing》は「~する代わりに」(前置詞ofの目的語なので、動名詞が用いられている)。最後のformulaeはformulaの複数形。formulaはラテン語系の語なので、複数形がこのような形になるが、formulasと普通に複数形のsをつける場合もある。
そして、ポップスターが一般のファンに向けた文章でformulaeという形を使っていることからもわかるように、このようなラテン語系の複数形の形は特に「教養ある階級のもの」というわけではない。うちら日本語話者が日常会話で「コンビニ行くなら、ついでにこの懸賞応募はがきも書いちゃって出しに行けば一石二鳥じゃん?」みたいに、いきなり古めかしい四字熟語をさらっと使うようなものだろう。formulaeという語を使ったからといって「インテリが上から目線で気取ってる!」と白眼視されるということはない。
formula - formulae のような変則的な複数形については『ロイヤル英文法』に詳しく載っている。
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閑話休題。というわけで、この息の長い文は、全体として、「ぼくがこのアルバムに、(チャートの)トップ40の曲だけを流すラジオにぴったりはまるようにしようとしてこんなに長い時間をかけてきたのは、これ(=ヒット曲を出したいとどうしても思ってしまうこと)が原因なんです。実際には、特定の決まった型に合わせて書こうとするのではなく、自分が好きなことから始めて、そこから作業していくべきかもしれないんですけどね」という意味になる。
ルイ・トムリンソンのメッセージはまだ続くが、そろそろ長くなってきたので、残りは次回に回すことにしよう。彼がここで宣言しているのは、好きで音楽やってるだけでは済まない立場にあるポップスターとしては、とても大きな決断だと思う。
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