今回の実例は、Twitterから。
2月25日早朝、NASA(アメリカ航空宇宙局)のアカウントから、残念なニュースが流れてきた。
Katherine Johnson (1918-2020)
— NASA (@NASA) 2020年2月24日
The little girl who loved to count who became the woman to inspire us to dream immeasurable dreams: https://t.co/YKuUZN3G1H pic.twitter.com/Hun7vCElNh
1行目のように、文の構造を取らず《人名 (何か年号-別の年号)》とだけ書かれているのは、誰かが亡くなったことを告知するときの型である。2つの年号は生年と没年だ。つまり、"Katherine Johnson (1918-2020)" は「キャサリン・ジョンソン氏 (1918年生、2020年没)」という意味である。
報道記事の場合、日本語では訃報の見出しは「〇〇氏死去」とか「△△さん 35歳で急逝」と書くが、英語では "〇〇 Dies" とか "△△ Dead at 35" などとする。
これとは別に、故人の属していた団体や家族などが直接公に告知をするなど場合に、上述の《人名 (生年-没年)》の型がとられる。もっと詳しく、生年月日と没年月日が書かれることもある。例えば、先日亡くなったテリー・ジョーンズについては、所属のモンティ・パイソンのサイトに次のように掲示されている。
先日急逝したDJ・音楽プロデューサーのアンドルー(アンディ)・ウェザオールについては、彼のプロデュースでスターダムにのし上がったスコットランドのバンド、プライマル・スクリームが次のようにツイートしている。
Andrew Weatherall 1963 - 2020 pic.twitter.com/dnNEA339n9
— Primal Scream (@ScreamOfficial) 2020年2月17日
これ(人名と数字)だけで、誰かが亡くなったという事実を伝えることができるわけだ。
さて、NASAが亡くなったことを伝えているキャサリン・ジョンソンさんとは誰か。
彼女はNASAに所属していた数学者。1960年代に彼女がNASAで行った計算は、アメリカの宇宙開発において不可欠なものだった(軌道計算)。しかし彼女は男性ではなく白人でもなく、「数学エリート」として悠々と歩んできたわけではなかった。そのような立場に否応なく置かれた黒人女性数学者・科学者は彼女だけではない。そのことは、2016年の映画Hidden Figures(日本では『ドリーム』というジェネリックでふわっとした邦題をつけられてしまった)で描かれている。Hidden Figuresは「物理現象の背後に隠されている数字」の意味であり、同時に「歴史の陰に隠された人物たち」の意味でもある。
映画の原作となり、映画公開の3か月前に出版された同名のノンフィクション本は、ティーンエイジャーでもすいすい読めるように編集された版も出ているので、そちらを飼って読んでみるのもよいだろう。
Hidden Figures Young Readers' Edition
- 作者:Margot Lee Shetterly
- 出版社/メーカー: HarperCollins
- 発売日: 2016/11/29
- メディア: ハードカバー
さて、前置きが長くなってしまったが、ここからが今日の本題である。
NASAのツイートの本文:
The little girl who loved to count who became the woman to inspire us to dream immeasurable dreams
これを見たとき、私は「見事な二重限定だ」と嘆息した。そして映画Hidden Figuresを思い出して、この人の生涯は、二重限定で語られる生涯だったか、と感じ入った。
《二重限定》とは、以前書いたが、接続詞(等位接続詞)を使うことなく、限定句・節(修飾句・節)を2つ、ぽんぽんと並べたスタイルのことである。2つの限定句・節は両方とも、同じ先行の名詞にかかっている。
今回の実例では、冒頭の "The little girl" という名詞を、"who loved to count" と "who became the woman to inspire us to dream immeasurable dreams" という2つの関係代名詞節が修飾している。(ちなみに、このツイートは名詞だけで、主語と述語からなる文の形にはなっていない。日本語の「体言止め」に少し似た形である。)
直訳すれば、「数えることが好きで、計測できないほど大きな夢を見るよう私たちを触発する女性となった、小さな女の子」となる。(子供時代、ジョンソンさんは日常生活の中で数えられるものなら何でも数を数えていたそうだ。階段の段数とか、歩数とか……そこから「数」に魅せられていったのだという。)
"immeasurable" は「計測できない」(measureは「計測する」)から転じて「とても大きな」の意味になった語。ここでは「とても大きな」を意味する他の単語を使わず、この単語を使うことによって、数学を連想させる単語で故人の生涯を表現することに成功している。
《inspire + 人 + to do ~》は、「~するよう、人を触発する」の意味。
ジョンソンさんの逝去で、映画Hidden Figuresの黒人女性科学者3人は全員、この世を去ったことになった。工学技術者のメアリー・ジャクソンが2005年没。コンピューター・プログラマーのドロシー・ヴォーンが2008年没。そして2020年、自分たちのことがノンフィクション本としてまとめられ、映画化されるのを唯一見届けたキャサリン・ジョンソンが亡くなった。
しかし彼女たちは、この先もずっと、次の世代、次の女性たちを触発し続けていくことだろう。メアリ・ウォルストンクラフトやエメリン・パンクハースト、日本では平塚らいてうや市川房枝といった人々と同じように。
Today we truly lost a giant! Katherine was a trailblazer. A woman! A woman of color. "They asked her for the moon and she gave it to them." Along the way she gave to all the women, minorities, and #STEM people forever.
— Shahram Sean Yousefi (@profyousefi) 2020年2月25日
Days like this, I find myself in sad dreams all day long!
We're saddened by the passing of celebrated #HiddenFigures mathematician Katherine Johnson. Today, we celebrate her 101 years of life and honor her legacy of excellence that broke down racial and social barriers: https://t.co/Tl3tsHAfYB pic.twitter.com/dGiGmEVvAW
— NASA (@NASA) 2020年2月24日
“It’s people like her…who paved the way for people like me to become astronauts.”
— NASA (@NASA) 2020年2月24日
One of our @NASA_Astronauts, Jeanette Epps, and others reflect on what Katherine Johnson’s legacy mean to them. Watch: https://t.co/HeRN9ZsXaG pic.twitter.com/XUR4EHh0Zz
参考書: