今回の実例は、ドイツで発生した極右テロについての記事から。
新型コロナウイルスの報道に埋もれてしまっているし、そもそも日本語ではろくに報道されてもいないかもしれないが、日本時間で2月20日(木)の朝、ドイツのハーナウ (Hanau) という都市で銃乱射事件 (mass shooting) があった。
ハーナウはドイツの西部ではあるが地理的にはドイツの国土のだいたい真ん中らへんにあり、大都市フランクフルトにほど近く、技術系企業の工場も多くあり、工場労働者が多く、トルコ系住民が多い。歴史ある街で、「メルヘン街道」の起点として観光客の行き来も多い。
テロリストが襲ったのは、そういう都市で、飲酒しないイスラム教徒の人たちをはじめとする市民に憩いの場として親しまれている2軒のシーシャ(水煙草)バーだった。最終的には9人が殺害され(うち1人は翌日に病院で息を引き取った)、容疑者は銃撃後に戻った自宅で母親を撃ち殺し、自身も銃で自殺した。
Hanau: 'Eight dead' in mass shooting in Germany https://t.co/njhmFtVb3A 'Eight ppl are dead following two shootings in the western German city of Hanau, local media report. Five others were reportedly injured after an unknown attacker opened fire on two shisha bars in the city.'
— nofrills/共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) 2020年2月20日
容疑者は43歳の男で、両親と同居し、極右過激主義に染まっていた。自分で運営するウェブサイトに「マニフェスト」(文書)を掲げ、ビデオをアップしては、外国人排斥の考えや優生学を説き、ドナルド・トランプを支持するなどしていたという。精神的に問題があって女性と親密な関係になったことがないとか、頭の中で始終声がしているとかいったことも述べていたそうだ。 特に中東・中央アジア・北アフリカにルーツのある人々を嫌悪し、集団的殺害を呼び掛けていたという。
事件を起こす3か月前の2019年11月に、検察長官に宛てて、「世界を支配する闇の勢力がいる」といったことを書き綴った手紙を書いていたが、当局は反応しなかったそうだ(そりゃそうだろう。そういう人は一定数いるもので、当局はいちいち対応はしないものだ)。テロ(政治的暴力)実行犯ではあるが、特定の極右の団体とのかかわりは特になく、いわゆる「ローンウルフ」型で、銃の入手方法の詳細などはこれから明らかにされるという段階である(ドイツは銃規制は厳しいのだが、どうやってこういう人が銃を手にすることができたのだろう)。詳細は英語版でもウィキペディアにまとまっている(当然のことながらドイツ語版の方が詳しい)。
トルコの人々が標的とされ、実際に何人も殺されるという卑劣な事件を受け、英ガーディアンが、ドイツとイスタンブールに記者を送って事件の背景を調べて出した記事が、今回参照する記事である。記事はこちら:
見出しにある AfD は、 Alternative für Deutschlandのこと。おそらく解説は不要だろうと思うが、「それって何のこと?」と思った方は下記ウィキペディアの「概要」のところと「2019年」のところだけでも見ておいていただきたい。
実例として見るのは、記事の最初の部分から:
最初の文の前半:
Leading German politicians have called for the far-right party Alternative für Deutschland to be placed under surveillance, ...
《call for ~ to do ...》は、「~に…するように呼びかける」の意味だが、この例はfor ~の部分がto do ...の《意味上の主語》になっているように見える。というか、そうとらえなければ意味が通らない。
下線で示した "to be placed" の部分は《to不定詞の受動態》だ。だからここは「監視下に置かれる」の意味で、「監視下に置かれるよう、~に呼びかける」というのはいかにも不自然だ(誰が「あなたは監視下に置かれるべきだ」と、危険な団体に対して呼びかけるだろうか)。やはりここは《意味上の主語》と解釈して、「~は監視下に置かれるべきだと呼びかけた」とすべきだろう。
この用例は、例えばロングマンのビジネス辞典に出ている。
call for somebody to do something
He called for Europe to work towards economic integration.
次、最初の文の後半:
..., claiming it has helped fuel the extremist rhetoric behind the deadly attack in Hanau.
太字にした-ing形は現在分詞で、これはおなじみの《分詞構文》だ。"claiming" の直後には that が省略されていて、そのthat節内の主語の "it" は前出のAfDのこと。「AfDはハーナウで死者を出した攻撃の背後にある過激主義の言説を煽る一助となったと主張して」といった意味だ。
次の文:
Nine people with an immigrant background were murdered on Thursday in the western German city by Tobias Rathjen, a 43-year-old who had posted a racist video and manifesto on the internet before carrying out the killings.
あれこれ修飾語句があるのでやや長い文だが、太字にした部分がぱっと見つけられれば解釈は楽にできるだろう。これは非常に素直な《受動態》の文で、《行為者のby》まで用いられている。「トビアス・ラスジェンによって9人が殺害された」という骨格が見て取れれば、あとはそれに修飾語句をつけていくだけだ。
この部分にも《関係代名詞》や《前置詞+動名詞》といった文法項目は入っているが、そこまでの解説は不要だろうと思う。
このテロを受けて、ドイツの各地で極右・ネオナチに反対するデモが行われた。ドイツでは極右が何かすると必ず反極右の行動が起きる。だが、AfDのメインストリーム化はこの数年の間に着々と進んできている。
ハーナウのテロで殺された人々の中には、シーシャバーのオーナーや従業員(トルコ系、またはトルコ国籍)のほか、隣のキオスクの従業員で、バーに食事をオーダーしに来たドイツ人女性や、90年代のバルカンでの紛争から逃れてきた難民の子として産まれたドイツ人が含まれている。
犠牲者のバックグラウンドが、2000年代のサッカーのドイツ代表に入っているフットボーラーの一部のそれと、いかに共通していることか。
「トルコ系」だったり「バルカンの難民の子」だったりすることは、ドイツ市民にとって何も特別なことではない時代であるはずなのに、AfDはどんどんメインストリームになってきて、近年の「移民排斥」という空気は消えるどころか組み込まれてしまった。
参考書:

Longman Dictionary of Contemporary English (6E) Paperback & Online (LDOCE)
- 作者:Pearson Education
- 出版社/メーカー: Pearson Japan
- 発売日: 2014/04/10
- メディア: ペーパーバック