今回の実例は、文法云々というより、聞き取りの練習。国連事務総長のメッセージを見てみよう。
今日、4月7日は「世界保健デー」である。英語ではWorld Health Dayと言う。WHO(世界保健機関)の設立を記念する日だ。詳細はリンク先(ウィキペディア日本版)でご確認いただきたい。WHOは、今はいろいろ言われてはいるが、人間の健康に関する問題を、世界全体・地球全体の問題として取り組んでいこうという方向があるのはこの機関のおかげである(たとえば1918年の所謂「スペイン風邪」のときは、こういう機関がなかった)。
この日にアントニオ・グテーレス(グテレス)国連事務総長は、Twitterアカウントにメッセージビデオをアップした。英語音声に英語字幕付きで、話すスピードも速すぎないので、聞き取りの練習にうってつけである。
World Health Day this year comes at a very difficult time for all of us.
— António Guterres (@antonioguterres) 2020年4月7日
We are more grateful than ever to all of our health workers fighting the #COVID19 pandemic.
You make us proud and you inspire us.
We stand with you and we count on you. pic.twitter.com/laENQX4HfK
Twitterのこの画面では、画面下部の英語字幕を消すことはできないので、字幕を見ずに耳だけで聞き取りをしたいという方は、紙などで物理的にモニターのその部分を覆う必要がある。
話し手のグテレス事務総長は英語は母語ではない。ポルトガル出身の政治家で、同国元首相(1995年~2002年)、国連では国連難民高等弁務官(2005年~2015年)を務めた経歴の持ち主で、2017年に国連事務総長となった。詳細は下記など参照。
グテレス事務総長の英語は、ところどころで「R」の音に強いクセがあるが(巻き舌)、非常に聞き取りやすい「グローバル・イングリッシュ」の好例である。私たち日本語母語話者も、「ネイティヴのようにぺらぺら」になる必要はなく、多少の日本語のクセはあっても、グテレス氏のように、落ち着いて、はっきり伝わるように話すようにしていけばよい。
メッセージの英語は平易だが、単語は、「知らない単語が多い」と感じる人がいるかもしれない。この文脈(保健、公衆衛生)では必須の基本語だから、見たついでに覚えてしまうのがよい。特に今年、2020年の国際保健デーは看護師と助産師を讃えるというテーマだとのことで、看護師 (nurse) や助産師 (midwife, 複数形はmidwives) の仕事の内容をコンパクトに、抽象化して描写するくだりが、スピーチとしてなかなかの名文だと思った。映像では0:47から1:14にかけての部分だ。じっくりと聞いてみてほしい。新型コロナウイルスの全地球規模での感染拡大という状況下、最前線で人命を救うために尽力する看護師や、新たな命を安全に誕生させる助産師を讃える、力強い言葉である。
ツイート本文では下記の文法項目に注目。ごく基本的なことだが、いちいち確認するクセをつけるとよい。
We are more grateful than ever to all of our health workers fighting the #COVID19 pandemic.
《more ~ than ever》は比較級の形だが、意味的には《最上級》だ。「これまでにないほどに~」、「これまでで最も~」といった訳をすることになる。「COVID-19のパンデミックと戦うすべての医療従事者(health workers) に、これまでにないほど感謝しています」という文意だ。
You make us proud and you inspire us.
太字にした部分は《make + O + C》の形。「OをCにする」で、「あなたがたは、私たちをproudな気持ちにする」。
proudは日本語母語話者には使いづらい英単語で、特に高校生くらいだと「自慢する」「誇りに思う」という訳語にとらわれてしまいがちだが、もう少しゆるく考えてもよい。
コリンズ・コウビルド辞書の定義を見てみよう:
If you feel proud, you feel pleased about something good that you possess or have done, or about something good that a person close to you has done.
つまり、自分または自分に近い人がしたことについて喜ばしいと思うという気持ちを言う語である。
試験に合格した息子に向かって親が言う "I'm proud of you." は「お父さん、鼻が高いぞ」かもしれないし、「よくやったな」「よくがんばった」かもしれない、というくらいの感じだ。
いずれにせよ、相手のことを自分の「身内」と思っているからこそ、"I'm proud of you" という表現が出てくるのであり、この点、「身内」のことは基本的に誉めずに落とす(自分の息子のことを「愚息」と呼ぶなど)ことが美徳・マナーとされる日本語圏とは、ちょっと感覚が違う。
グテレス事務総長のメッセージでは、看護師や助産師という最前線の人々を「私たちの身内・仲間」と位置づけ、讃えているのだが、この "You make us proud" という言い方は、その気持ちを十分にしっかりと表している。
英語は学習する教科ではなく言葉である。学校が休校になろうと何があろうと、そのことに変わりはない。ネット上にはたくさんの「生きた英語」がある。高校生の皆さんには、学校の授業に縛られなくなったと考えて、どんどん自分で勉強を進めていってもらいたいと思う。グテレス事務総長のTwitterアカウントは、その目的でもフォローしておく価値がある。
https://twitter.com/antonioguterres
参考書: