今回の実例も、前回と同じ記事から。記事はこちら:
ボリス・ジョンソンのこの退院後のメッセージは、日本では「よいリーダーのもの」として評価されているようだ。そのように見ることは間違いではないのだが、この人物が首相になるまでの道のりでいかに言葉を雑に扱ってきたか、いかに《事実》を軽視してきたかは忘れてはならない。そういったことについては既に書籍などでしっかり取り上げられている。例えば下記の本。3年前の本だからもう古く見えるかもしれないが、2016年のBrexitとトランプという衝撃の中でよくぞここまでまとめたという好著である。
Post-Truth: How Bullshit Conquered the World (English Edition)
- 作者:Ball, James
- 発売日: 2017/05/11
- メディア: Kindle版
ジョンソンのような人物にでさえ、新自由主義の故郷たる英国でこのような政策をとらせ、「NHSが、すばらしい」みたいな発言をさせるこの新型コロナウイルスの威力は、私たちの現状認識を歪めひずませてしまっているのだが、それに加えて日本は……いや、やめておこう。このブログでまであのくだらないビデオについて言及することはない。まったく、星野源じゃなくてニール・ヤングやエアロスミスだったら、今ごろ「勝手に使ってんじゃねーよ、ドタコ」くらいの発言が出てただろう。
閑話休題。今回の実例は、ジョンソン退院時のメッセージを報じるBBC記事のかなり下の方の部分から。
キャプチャした部分の最初の文:
The prime minister's fiancee, Carrie Symonds, who is due to give birth in two months, said on Twitter...
太字にした《be due to do ~》は「~する予定である」「~することになっている」の意味。due to ~というと「~が原因で」という熟語を思い出すだろうが、これはその熟語(toは前置詞で、"~" の部分には名詞が来る)とは違い、to不定詞を含む表現だ。
This train is due to arrive at Shin Yokohama at 09:30.
(この列車は、新横浜に9時30分に到着する予定である)
The government's dossier was due to be published on Friday.
(その政府文書は、金曜日に公開されることになっていた)
下線で示した ", who" は《関係代名詞の非制限用法》で、先行詞は "The prime minister's fiancee, Carrie Symonds"(これ自体、《同格》の表現を含んでいる)。というわけでこの部分は、「首相の婚約者であるキャリー・シモンズさんは、あと2か月で出産する予定であるが、Twitterで次のように述べた」という意味。
そのあと、シモンズさんの素直な言葉が続くが、少し先まで飛ばして次の文:
"I cannot thank our magnificent NHS enough.
《cannot do ~ enough》は、「どんなに~しても~し足りない」という意味の成句。こういうのがわかりづらいと高校生のみなさんには不評なのだが、論理的に考えてみればスッキリするはずだ。つまり、いったん直訳して「十分に(enough)~することができない」と考える。これはつまり「十分に~したという気分になれない」ということだ*1。具体的には、例えば「(仮に1000回お礼を言ったとしても、それで)十分お礼が言えたような気がしない」という状態を言う。
ここまで来れば、「どんなに~しても~し足りない」という定訳が理解できるだろう。
ここではシモンズさんは、「私たちのすばらしいNHS(のみなさん)に、どんなにたくさん感謝しても、それで十分感謝したと言える気持ちにならない」と言っているわけだ。意訳すれば「何度でも、延々と感謝し続けたい気持ちです」みたいにもできる。
ボリス・ジョンソンは、このまだまだ全容がつかめていない新しい病気で深刻な容態となった。ほっといたら死んでただろう、というくらいに深刻だった。それを、退院できるまでに戻してくれたのは医師・看護師・検査技師をはじめとするNHSの医療従事者だ。その事実を受けて、ジョンソンの子供を身ごもっている婚約者(「妻」といってもよい)が「本当にありがとうございました、何とお礼を言ったらよいか」と述べているのだ。
ちなみにシモンズさん自身も新型コロナウイルス感染症と似た症状を示して自己隔離中だが、検査は受けていないという。
英国も日本と同様、全然検査しないので問題になっているが、要は医療現場にその余裕がないのだ。そして、なぜその余裕がないのかというと、英国の場合、2010年の保守党&LD連立政権成立以後行ってきた苛烈な「緊縮財政(財政削減)」策で削られたからである。ジョンソンに至っては、そうやって削られまくっているNHSを完全に「民営化」しようと画策してさえいるわけで、今回の経験でその愚かしさがわかったのではないかと期待したいところだ。どうなるかわからないけれど。
参考書:
*1:それ自体は、「ラーメンを1杯食べても、十分満足したと言えないので、替え玉を注文する」とか、「疲れていて、寝ても寝ても寝足りない」とかいった状況を考えてみると具体的に実感できるだろう。