今回の実例も、前回と同じ、混乱期にネット上にばら撒かれている誤情報・ニセ情報についての解説記事から。背景解説は前々回のエントリを参照。
前々回、前回はニセ情報 (disinfo) で映像の日付を改竄して拡散したり、根拠のない説を吹聴したりといったものについて取り上げられている箇所を見たが、今回は「陰謀論(陰謀説)」だ。
「陰謀論(陰謀説)」はconspiracy theory(可算名詞)という英語からの翻訳である。陰謀論は、何かが起きたときに「実はその背後には世界規模の陰謀があるのだ」という結論を準備して、その結論に合うように事実の断片を継ぎ合わせることで成立する。注意しなければならないのは、「陰謀」と「陰謀論」は区別する必要があるということだ。そこらへんのことは過去に書いているので、そちらをご参照いただきたい。
「陰謀論」は西欧列強の植民地支配を受けていたことがある発展途上国や独裁国家で人々に受け入れられがちだというが、ではいわゆる「先進国」ならそんなものの余地はないのかというとそうではない。特にアメリカ合衆国は、びっくりするほど、陰謀論との親和性が高い。下記の本はその点でとても参考になる。
その、ただでさえ「陰謀論」と親和性が高い米国でも、トランプが大統領になったあとに出てきたトランプ支持の「QAnon」と呼ばれる人々の唱える陰謀論は、突出してアレである。この系統の発祥はネット掲示板で、ネットには昔からよくあったタイプの「極秘情報にアクセスできる人物(とされる正体不明の誰か、あるいは誰かたち)からの暴露情報(とされるもの)に基づいた陰謀論」なのだが、まあアレだ。深入りするとこっちの頭がおかしくなるから深入りしない方がいい。日本語圏にも入ってきているから、注意が必要である。
「深入りしない方がいい」と言っておきながら、今回の実例にはそれが出てくるのだが。
記事はこちら:
今回見るのは小見出し "Conspiracy theories" のセクションから。
Some claims are unsubstantiated, others totally false
太字にした部分は《some ~, others ...》の構文だ。「~なものもあれば、…なものもある」という意味で、「~」と「…」には対照的なものがくることが多いのだが、この例ではそうなっていない。
※対照的なものがきている例:
Some strongly support the plan, while others are sceptical about it.
(その案を強く支持している人々もいるが、懐疑的なスタンスの人々もいる)
※そうでもない例:
Some are lazy, others totally ignorant.
(怠惰な者たちもいれば、まったく無知な者たちもいる)
ここでは「~」と「…」が "unsubstantiated" と "totally false" で、ざっくり言えばどっちも似たようなものだと私は思うのだが、一応違いはある。
unsubstantiatedは〈un + substantiated》の形で、substantiateは名詞substanceの動詞形である。substantiateは「~を実体化する」「~を実証する」の意味で、その過去分詞系 (-ed) は「実体化された」「実証された」。それに《否定》の接頭辞un-がついているので、unsubstantiatedは「実証されていない」という意味になる。
一方falseは論理で使う「偽(ぎ)」の意味で*1、totally falseは「完全にでたらめ」といった意味合い。
つまり「実証されていないものもあれば、完全なでたらめもある」というのが、上で見た実例引用部分の意味である。
記事本文その次:
First up, posts that have gone viral about George Soros.
この文は体言止めになっていて、「最初に、ジョージ・ソロスについてネットで広まった投稿」という意味。thatは《関係代名詞》だ。
その次:
Some influential right-wing figures have made unfounded claims that the Hungarian-American billionaire is "funding" the demonstrations.
太字で示した形容詞の "unfounded" も「根拠のない」の意味。foundはここでは動詞findの過去形・過去分詞ではなく、「~を(基礎の上に)建設する」「~を創設する」の意味の動詞。化粧の「ファンデーション」や、英語圏の大学に留学する場合の「ファウンデーション・コース」(大学で授業を受けたり研究したりするのに必要な英語力を習得するなどするための基礎作りのコース)というカタカナ語の元になっているのがこのfoundである。
下線で示したthatは《同格》のthatで、claims that ... で「…という主張」の意味。
つまりこの文は、「何人かの影響力のある右翼の人物たちが、そのハンガリー系アメリカ人の億万長者(ジョージ・ソロス)がデモに『資金を出している』という根拠のない主張を行なっている」という意味である。
次のセクションでも《同格》の表現が出てくるが、こちらではハイフンを使った《挿入》の形になっている。下記の下線部がそれだ。
Supporters of QAnon - a conspiracy theory about a "deep state" secret coup against Donald Trump - have shared similar claims.
「Qアノン、つまりドナルド・トランプに対する『ディープ・ステート』の極秘のクーデターに関する陰謀論の支持者が、同様の主張をシェアしている」。
「ディープ・ステート」の意味がわからなくても気にしなくてよい。これはそれらの陰謀論者が使っている専門用語みたいなもので、だからこそBBCの記事で引用符付きで用いられているのだが、その内容がわからなくても「あの人たちはそう言っているのだ」ということだけわかればこの文は読めるはずである。
っていうか、この内容を理解しようとしたら、普通の感覚の持ち主は、頭がおかしくなるだろう。そういうのは深入りせずにさらっと流すべきだし、これについて論文を書くとかでない限りは、そういうふうに流してよい。
参考書:
*1:試験問題で「この文の内容が正しければ〇を、間違っていれば×を解答欄に書きなさい」というのがあるが、これを英語でやると「〇と×」の代わりに「TとFで答えるのが定番である。Tはtrue, Fはfalseの頭文字だ。これでfalseの語感はわかってもらえるだろか。