Hoarding Examples (英語例文等集積所)

いわゆる「学校英語」が、「生きた英語」の中に現れている実例を、淡々とクリップするよ

過去分詞の分詞構文, 英語版ウィキペディアの見方, to不定詞の受動態, ボキャビル, など(ブリストルの奴隷商人にして「偉人」)

↑↑↑ここ↑↑↑に表示されているハッシュタグ状の項目(カテゴリー名)をクリック/タップすると、その文法項目についての過去記事が一覧できます。

今日は実例はお休みにして、英語版のウィキペディアを読んでみよう。題材は前回の続きで、6月7日にイングランド南西部の都市ブリストルで引き倒された、300年前に没した奴隷商人の銅像について。

その奴隷商人、エドワード・コルストン(1636-1721)については、像の引き倒しがあってすぐに 日本語版のウィキペディアで項目が立ち上げられ、現在も熱心なウィキペディアンさんの加筆・追加翻訳で内容がどんどん充実しているが、これはずっと以前から項目化されていた英語版に基づいたページである。

ではその英語版はいつから項目化されているのかを調べてみよう。以下、PC版についての説明となる。

まず、英語版のEdward Colstonのページを開く。

en.wikipedia.org

ここで "View history" のタブをクリックする。日本語版では「履歴表示」となっているタブだ。

f:id:nofrills:20200610113840p:plain

https://en.wikipedia.org/wiki/Edward_Colston

ここで開いた編集履歴一覧のページを一番下までスクロールダウンすると、(newest | oldest) というリンクがある。ここで一番新しい版(を含む50件の履歴)のページに移動したり、一番古い版(を含む50件の履歴)のページに移動したりできる。

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https://en.wikipedia.org/w/index.php?title=Edward_Colston&action=history

この "oldest" をクリックして出てくる画面で確認すると、2004年11月24日にページが作成されていることがわかる。

f:id:nofrills:20200610114433p:plain

https://en.wikipedia.org/w/index.php?title=Edward_Colston&dir=prev&action=history

この一覧の、日付の部分をクリックすると、その日時に書かれた版を閲覧することができる。

f:id:nofrills:20200610114716p:plain

https://en.wikipedia.org/w/index.php?title=Edward_Colston&dir=prev&action=history

f:id:nofrills:20200610114744p:plain

https://en.wikipedia.org/w/index.php?title=Edward_Colston&oldid=7817523

この版は執筆したPseudosocrates(「偽ソクラテス」)さんが述べているように、「とりあえずページ作っておいた」という段階のもので、内容はスカスカである(こういうのをウィキペディアでは「書きかけ stub」と呼び、その旨を記載することになっている)。

だから百科事典としてはあまり役立たないのだが、新規にその項目を立てた人が何を書きたかったのか(何を書きたくて項目を立てたのか)が確認できる。つまりこの最初の記述を見れば、エドワード・コルストンという人物について、(常時誰にでも書き足しが可能な)百科事典のような場において(とりあえず)何が語られるべきと(少なくとも最初にページを作ったその人によって)考えられていたかが確認できるわけだ。

というわけでその記述を見てみよう。

最初の記述

以下、ウィキペディア内のハイパーリンクは省略して、文面のみをコピペする。

Edward Colston (1636 – 1721) was a Bristol based English merchant. He was a member of the Royal African Company, which held the sole government grant for slave trading in the late 1600s.


Colston and Bristol today
A statue was erected in Bristol in 1895 commemorating Colston. He was widely viewed as an inspirational figure for the city, due to his philanthropy, donating vast sums of money to schools and other causes. His name permeates the city in such landmarks as the Colston Tower, Colston Hall, Colston Hill and in school names as well. Colston is a controversial figure these days in Bristol. In the 1990s, knowledge of his participation in the slave trade grew. Bristol band Massive Attack refused to play at Colston Hall, and his statue has been repeatedly defaced and vandalised.

https://en.wikipedia.org/w/index.php?title=Edward_Colston&oldid=7817523

 ここから何となくわかるのは、「偽ソクラテス」さんは、「ブリストルのあちこちに名を残しているあのエドワード・コルストンって、歴史上の偉人なんだろうけど、どういう人なんだろ?」と思った人が参照して、さくっとどういう人かがわかるようにしたかったんだろうな、ということだ。

この時点(2004年11月)のウィキペディアでわかるのは、ブリストルに名を残すこの「偉人」は、商人として財を成し、そのお金でブリストルに学校を作ったりというフィランソロピーの活動を行った。そして、奴隷商人だった、ということだ。だからMassive Attack (Banskyの友達であるらしい) はコルストンの名前を冠したコンサート会場で演奏することを拒絶した。

そして、コルストンが「この町の偉人」として銅像を建ててもらったのは、彼が生きていた時代でも死没した直後でもなく、170年以上も経ったあとのことだったということも。

今回、撤去を要求する声が長年届くことなく放置されてきたブリストルの人々によって引き倒され、海に投げ込まれたのは、そういう銅像であった。

1895年というとヴィクトリア朝後期で、いわゆる「大英帝国」はまさに最盛期であった。そういう時代に、「過去の偉人」として奴隷商人が顕彰されていたわけで、その事実だけで大学の学部生ならレポート1本書けるだろうし、ひょっとしたら他の都市のことも調べれば卒論にもなるかもしれない。

 

最初の記述と今の記述の比較

ウィキペディアでは、最初の部分にその人物についての概要を端的に述べるようになっている。「夏目漱石(生没年)は日本の作家、英文学者」といった感じの端的な記述だ。

エドワード・コルストンについて、そういう記述で何が記載されているかを、ウィキペディアの最初の版と今の版で見比べてみよう。

まず、最初の版: 

Edward Colston (1636 – 1721) was a Bristol based English merchant. He was a member of the Royal African Company, which held the sole government grant for slave trading in the late 1600s.

https://en.wikipedia.org/w/index.php?title=Edward_Colston&oldid=7817523

 続いて、今の版: 

Edward Colston (2 November 1636 – 11 October 1721) was an English merchant and a Tory Member of Parliament. Heavily involved in the slave trade, he later came to be regarded as a philanthropist as a result of donating money to charitable causes which supported those who shared his political and religious views, especially in his native city of Bristol. Since the late twentieth century he has been a controversial figure in Bristol's history, his image tarnished by his membership of the governing body of the Royal African Company, which made its profits from trading in enslaved Africans.

https://en.wikipedia.org/w/index.php?title=Edward_Colston&oldid=961721301

どうだろうか。まず記述の分量が全然違うのだが、それはさておき、最初の版では「奴隷貿易とのかかわり」についてイマイチ薄い印象しか残さない一方で、今の版ではそこががっつりと、力点を置いた記述で書かれている。

 

と、ここで英文法を見ておこう。

Heavily involved in the slave trade, he later came to be regarded as a philanthropist as a result of donating money to charitable causes which supported those who shared his political and religious views, especially in his native city of Bristol.

太字で示したのは過去分詞で、下線部は過去分詞の《分詞構文》だ。「奴隷貿易に深くかかわって」という意味。

青字で示した "as a result of ~" は「~の結果として」の意味。最初から何かをする目的で~という行動をとったのではなく、~をしたら結果的にそうなった、というときに使う。

《come to do ~》は「~するようになる」で、ここはto do ~の部分が《to不定詞の受動態》になっているから、"come to be + 過去分詞" で「~されるようになる」の意味。

《be regarded as ~》は、regard A as Bが受動態になり、A is regarded as Bという形になったもの。「~であるとみなされる」。

よって、この部分は、「慈善活動にお金を寄付した結果、彼は後にフィランソロピストと見なされるようになった」である。

朱字で示した "which" は《関係代名詞》の主格で、先行詞は "charitable causes" だ。

緑字で示した "those who ~" は「~する人々」。これは当ブログでは何度か取り上げている項目なので、過去記事を参照されたい

というわけで、ここは「とりわけ彼の出身地であるブリストルで、彼の政治的、および宗教的見解を共有していた人々を支援した(慈善活動)」。

 

ということで、エドワード・コルストンという人物は確かにフィランソロピストだったかもしれないが、それは自分と考え方が一致する人々だけを対象とする慈善活動であった、と。

さらにいえば、彼は保守党(トーリー)の国会議員だった。

そういうことだろう。今の基準では「偉人」と呼べるかどうか。

だがそれが歴史というものなのかもしれない。