今回の実例は、大坂なおみさんが、この7月にエスクワイア誌に寄稿した文章から。
エスクワイア誌 (Esquire) は男性向けファッション雑誌だが、米国、というか英語圏では、女性向けファッション雑誌のヴォーグ (Vogue) やコスモポリタン (Cosmopolitan) などを含め、そのような「ファッション雑誌」に、いわゆる「社会派ルポ」*1のような記事が掲載されることも多いし、ガチの調査報道記事が掲載されることもある。一見「音楽雑誌」でしかないように見えるローリング・ストーン誌 (Rolling Stone) は、ミュージシャンのインタビューなどと、社会・政治についての突っ込んだ報道が同居していて、長く時間のかかる調査報道なども行なわれている。
そういう媒体の読者に届けるため(また、ウェブ版掲載ということを考えると、SNSでの記事のシェアや検索で、この文章だけを読むためにエスクワイア誌のサイトを訪れる人に届けるため)に書かれた文章で、7月1日の掲載から2か月以上経過した9月13日以降、全米オープンでの大坂さんの優勝後に、日本でも米国でも大いに話題になった(Twitterで大いにシェアされていた)。
この文章は、@nest1989さんが下記のツイートで述べていらっしゃるように、(抄訳という形ではあるが)日本語化もされてエスクワイア誌の日本版とさらに別の媒体(エル誌)に掲載されているので、それを対訳のようにして参照しながら*2原文を読むという形でも、英語学習にも利用できる。実際、「女性が輝く」ということを見栄えの良いスローガンとして掲げた安倍政権の示した直訳と、実際に輝いている女性である大坂さん自身の表現との違いを味わうなど、非常に見るところ、学ぶところの多い文章である。
"Naomi Osaka Writes Op-Ed on George Floyd's Death, Police Brutality, and Systemic Racism" (Esquire, July 1, 2020)https://t.co/SD9aD5Uhet
— Yumiko ”miko” F (@nest1989) 2020年9月13日
抄訳:「大坂なおみが特別寄稿。ジョージ・フロイド事件の数日後に、私がミネアポリスでデモに参加した理由」(ELLE)https://t.co/xk1jN6e7jC
.
→なぜか微妙に違う(訳者名は一緒)抄訳も存在するのを発見。
— Yumiko ”miko” F (@nest1989) 2020年9月13日
「大坂なおみ『この抑圧と戦うためには「反人種差別主義者」でなければならない』」(Esquire)https://t.co/prNzF2PJsp
.
今回はこの記事の一節を見てみよう。記事はこちら:
(はてブもたくさんついているね)
書き出しから非常に引き込まれる文章で、一気に読ませる力がある。もちろん掲載に当たっての校正・文章整理の過程は経ているだろうが、元の文章に力がないと、どんなふうに編集したってこうはならない。この文章には大坂さんの強い人格、大坂さんのコア(芯)の強さが現れていると思う。「彼女のプレイはすばらしいが、政治をスポーツに持ち込むべきでない」などと平然と言ってのける人は、大坂さんのこういう人格・人間としての大坂さんを見ようとしていないか、無視しているか、見たうえで拒否しているか、いずれにせよまともな人間のやることじゃないことをやっている。テニスプレイヤーとしてでなく素の人間としての大坂さんを見もせずに「政治をスポーツに持ち込むべきでない」と今回のことで言う人がいるとしたら、彼女が人間として声を上げたという事実を封殺し、「政治的」というレッテルを貼っているわけで(場合によっては、「背後で誰かが指示している」という陰謀論までくっついているのだが)、実に人でなしの否定論者としか言いようがない。
実例として見るのは2パラグラフ目。新型コロナウイルスでの行動制限下の生活で、大坂さんのアスリートとしての日常に変化が訪れた中で起きた「内省」について述べている部分から。
英語としてはとても明晰で読みやすいし、上述したように日本語訳も出ていてネットで自由に閲覧できるので、意味を解説する必要はないだろう。
文法的な注目点としては、まず《時制》の扱い方。英語の時制はこういうふうに使いこなして、時間の流れ・重なりを表現するものだ。
(あとでここに具体的説明を書き加えるかも)
そして《仮定法》。キャプチャ画像内7番目の文に次のようにある。
So what I will say here, I never would have imagined writing two years ago, when I won the US Open and my life changed overnight.
太字にした部分は、コンマで挟まれて挿入されている形に見えるが、実はそうではなく、後ろのコンマはそれに続く《関係副詞》の非制限用法にともなうものである。
この文は目的語が前置された《OSV》の語順になっているパターンで、最後の関係副詞の節を取ってこれを通常の《SVO》にすると:
So, I never would have imagined writing two years ago what I will say here
となる。
この "I never would have imagined ..." の部分が、if節のない仮定法過去完了だ。「2年前には書くことを想像しもしなかった」という意味である。これがエスクワイア誌の記事の見出しとなっている。
最後に置かれた関係副詞の節は、この「2年前」を説明していて、「全米オープンで優勝し、私の生活が一夜にして変わったとき」という意味である。大学受験生は、このくらいは読んだ瞬間に意味が把握できている(頭の中で訳読ができている)ようにしておきたい。
参考書: