Hoarding Examples (英語例文等集積所)

いわゆる「学校英語」が、「生きた英語」の中に現れている実例を、淡々とクリップするよ

ツッコミどころ満載の記者会見をツッコミながら実況する記者, 「待望の~登場」の定型表現, 接触節, not ~ any ...での全否定(連載:「フォー・シーズンズ」事件、その5)

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今回も前回からの続き。今週はずっとこのトピックを扱ってきたが、今回で終わりにする。

英語圏で「現場」があることの多くについて、このような形での「現場の記者からの実況ツイート」がある。Twitterで誰にでも見られる形で提供されている情報である。しかもタイムスタンプまでついていて、リアルタイムである。そこでは、記者が伝えていることだけでなく、何も伝えていない時間帯があることも受け手にわかるようになっている。例えば、紙面の記事で「デモ隊の一部が暴徒化」と伝えられていることが、実際に現場ではどういうふうなのか(たとえ話でいうと、混雑した電車の車両の片隅での口論のような規模だったのか、車両全体が騒然とするような事態だったのか、といったこと)も、手に取るようにとまではいかずともある程度はわかる。何か異常な事態が起きたときに、それだけを切り出して伝えるのがメディアの仕事だ。火事が起きて報じられるという「異常な事態」の裏側には、火事が起きていないので報じられないという「平常」がある。

事故や突然の災害のように、偶然に記者がその場に居合わせて現場から実況ということもあるが、今回の「四季造園」の事案を含め、そもそもジャーナリストが何かの取材をするためにそこに行っているときは元から完全な「平常」ではないわけで、そういう、いわずもがなの大前提での部分で雑な混同をしたうえで語ることはもちろん避けるべきであるが、それでも、Twitterのような開かれた場での、新聞記者という「伝聞」のプロによる言葉と視覚情報での実況は、いわばパッケージ品として出来上がった新聞記事で読み取ることは難しいような「現場」ならではの情報をも伝えてくれる。別の言い方をすれば、そこには「現場の空気」がある。

私はTwitter英語圏のジャーナリストや報道機関のアカウント*1リストを作っている。お役立ていただければと思う。

twitter.com

 

さて、というわけでペンシルヴァニア州の開票結果が明らかになった日に、同州最大都市の高級ホテル「フォー・シーズンズ」ではなく、なぜか同市郊外部の工業地帯のど真ん中にある「フォー・シーズンズ・トータル・ランドスケーピング」という造園業者の敷地内、車庫のシャッターを背景として行われたドナルド・トランプ陣営の法律家たちによる記者会見の現場から実況ツイートしていた英インディペンデント紙のリチャード・ホール記者のツイート。前回は、AP通信の結果確定の速報から20分が経過してもまだ会見が始まらないので、取材に来た諸メディアの撤収が続いていることを伝えるツイートまで見たが、今回はその5分後に、ルディ・ジュリアーニその人が出てきたというツイートから。

 "~ is here" は直訳すれば「~がここにいる」だが、意味的には「待望の~が登場〔完成、実現〕」といったことを表す。先日当ブログで取り上げた核兵器禁止条約発効のニュースのときにICANのアカウントが掲示していた写真にも、この定型表現を使った "The Ban Is Here" というスローガンが書かれたプラカードがあった。そのくらいに、言いたいことがわかりやすく通じやすいフレーズである。

「待望の新作が完成」という日本語を英語にするときに、日本語のままで直訳すると、意味をとるのがめんどくさいほど回りくどい言い方になってしまう。定型表現を使うことで手短に、直接、必要な情報を伝えることができるのだから、そうすべきである。それはお見舞いやお悔やみのメッセージでも同じだ

ジュリアーニ弁護士の発言内容は、文法的に見どころはあるのだが(to不定詞、関係代名詞)、今回ここまでですでに1700字を超えているので解説は割愛する。

 ホール記者のその次のツイート: 

引用符(カギカッコ)を使わない 《間接話法》でジュリアーニ弁護士の発言をそのまま書き(間接話法を使うことで、逆に「伝聞」であることがはっきりするという現象が起きている)、最後にカッコに入れて、"this is false" (「これは虚偽である」)と、筆者の注をつけている。実に模範的な、見習うべきやり方だ。(一方、日本語圏ではジュリアーニのこの発言内容がそのまま注釈もなく伝えられ、拡散されたようだ。いちいち見てないから詳細は知らんけど。)

ジュリアーニ弁護士の発言部分は、英文法としては見どころはあるので食いつきたい誘惑にかられるが、ここは文字数以外の理由――それがfalse statementであるという理由――でスルーする。こんなものをお手本としなくたって勉強はできる。

ホール記者は、ジュリアーニ弁護士の発言について「これは虚偽である」と注釈付きのツイートをした次の瞬間に、「虚偽である」と述べた根拠を、"Fact check" というヘッダー付きで示している(どちらもタイムスタンプは1:54である)。英語の「トピック・センテンスのあとにサポート・センテンス」の構造/論理そのままである。

文の骨子は、"The disagreement was over ~"。前置詞のoverは多義語で解釈に迷うことが多いのだが、この "over" は「~をめぐって」の意味。例えば、a dispute over ~(「~をめぐる論争」)といったもので頻出である。したがってこの文は「フィリー(フィラデルフィア)での意見の相違は、~をめぐるものだった」の意味。

over以下は《接触節》の構造で、"the distance that poll watchers could stand away from the counting" とthat(関係代名詞)を補うとはっきりするだろう。参考訳をつけたいところだが、これ直訳しろと言われたらひと仕事になるから意訳すると「開票監視人が、開票(の机)からどのくらい離れて立っていればよいのかということ(をめぐっての意見の不一致)」。

つまり、ジュリアーニは開票監視人が開票を見るのを禁止されたとわめいているのだが、実際には新型コロナウイルス対策で、いわゆる「密」の状態を作るのを避けるためのソーシャル・ディスタンシングの基準値の問題だった。もちろんジュリアーニほどの頭の持ち主がそれを知らないはずはなく、このあたり、「弁護士って使えるものは何でも使おうとするよね」という話であろう。

そしてホール記者、実況しつつ的確な(そして根拠のある)ツッコミを入れていく。必要なところでは映像もサクッと入れてツイートしていて、とても有能だ*2

このclaimという動詞は、先日少し書いたが、 「(根拠があろうとなかろうと、何か)を主張する」という意味の他動詞で*3、これはその例文として完璧なツイートである。「ジュリアーニは、監視人は十分に近い距離に寄ることを許可されなかったと主張している」。

そしてホール記者のツッコミは、その「主張」が的外れな論点ずらしであることを容赦なく喝破している。「(監視人の立つ場所についての主張を連ねているが)ここまでのところ、投票の不正の証拠は一切示していない」。notとanyで全否定(とても強い否定)になっていることにも注目したい。

  I don't have any money. 

  (金なんか、一円も持っていないよ)

次に、ジュリアーニ弁護士の発言をそのまま、今度は引用符を使って紹介する*4ツイートを1件挟んで、その次: 

引用符は文脈より、ルディ・ジュリアーニ弁護士の発言そのままなのだが、ここでもまたホール記者が "This is not true" (「氏のこの発言は本当ではない」)と、非常に明確で強い表現でツッコミを入れ、そのあとに具体的なことを述べている。「共和党員も民主党員も、全過程を監督していた」。

 

勘の良い方ならお気づきだろう。この時点で当ブログ規定の4000字は突破している。だがこれ以上この件をひっぱる気はないので、今回は字数を突破しても最後まで書く。ペースを上げていくので、あと2000字くらい、おつきあいいただきたい。

 

ここでにわか作りの演壇には、ジュリアーニ弁護士に代わり、証言者としてこの場に来た監視人たちが一人ずつ立つ段階に入った。「総論」が終わって「各論」が始まったわけだが、ジュリアーニ弁護士は遠路はるばる呼びつけた報道陣に対し、その「総論」の部分の説得力で「各論」までしっかり聞かなきゃという気にさせることができたのかどうか。

「監視員の一人目は、 20フィート離れているように言われたと述べている。これだけをもって法的手段に出ようということのよう。これは非常に薄弱です」。

「私がはるばるフォー・シーズンズ・トータル・ランドスケーピングまで赴いてきたのは、大統領の弁護士団が主張してきた不正の証拠を少しでも示すのかどうかを確認するためだったのですが、証拠など示されていません。というわけで、離脱します」

というわけで、ホール記者は会見の最後までいる意味を見出せず、敷地の外に出た(そういう行動をとったのは彼一人ではなかっただろう)。そこで、さっきより数を増したトランプ支持者たちと遭遇し、その様子を映像で実況している。

通りの向こう側にはバイデン支持者たち。実は会見がなかなか始まらなかった時間帯にもバイデン支持者がドヤ顔で前を通って行ったそうだが。

こうして、ホールさんは並びのアダルト書店の前で自撮りしてフィラデルフィア市内に戻っていったのである……。

 

報道は、単に「両方の言い分を等価に扱うこと」が仕事ではない。何らかの主張を事実に照らして正しいかどうか(trueかfalseか)を検証したうえで、異なる言い分があればその双方を扱うのが本当の両論併記だ。ホールさんのこの一連の連続ツイートは、そのことを虚偽情報拡散の現場から、はっきりと示し、伝えている。

実に、これこそが報道人の仕事であろう。

 

※最後にまだ少し書くことがあります。あとで付け足し。

→長くなりすぎるから、別のエントリを立てて、カテゴリー名【フォー・シーズンズ(ホテルではない)】でまとめています。 

hoarding-examples.hatenablog.jp

 

 

 

f:id:nofrills:20201115052658p:plain

https://twitter.com/_RichardHall/status/1325121565810446337

 

 

*1:英語圏の英語メディア、第一言語は英語ではないが第二言語として英語を使っているジャーナリストも含む。

*2:なお、私はたまたま、彼が前任地(レバノン)にいたころからフォローしていたので彼のツイートがTLに表示されていただけで、特にこの人を選んだわけではない。彼のほかに、さらにまた別の有能な記者が的確なツッコミを入れつつ実況していたかもしれない。

*3:ちなみに、日本の新聞報道ではこのclaimの内容をなぜか「指摘する」という日本語で扱うのがデフォ。「指摘する」ってある程度社会通念的に共有されている根拠があるときにしか使わないよね、日常の言語感覚では。でも新聞はそうではない。

*4:三者の個人の体験をそのまま語っている部分で、ここまでのような記者のツッコミが入れられないもの。

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