Hoarding Examples (英語例文等集積所)

いわゆる「学校英語」が、「生きた英語」の中に現れている実例を、淡々とクリップするよ

長い文、挿入、過去分詞、関係代名詞の非制限用法、同格(英・コンテナの中で39人が亡くなっていた事件)【再掲】

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このエントリは、2019年10月にアップしたものの再掲である。ここで見ている報道記事で伝えられているあまりに痛ましい事件については、2020年11月時点で裁判が続いている。法廷で次々と証拠を伴う形で事実が明らかにされていて、当初報道ではよくわからなかったことがわかってきている。そしてここで述べているように、この事件の根底にあった「人身売買 (human trafficking)」は日本にとっても決して他人事ではない。

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今回の実例は、先週英国から伝えられたあまりにも痛ましいニュースに関する関連記事から。

そのニュースがあったのは日本時間で10月23日(水)の午後だった。ロンドンから東に行ったところにあるテムズ川河口の港町(エセックス州グレイズ)で、トラックで運ばれる輸送用コンテナの中で39人もの人々がこと切れているのが確認されたというニュースだ。特に何か情報が確定されるのを待つまでもなく、密入国の失敗だ。そして「密入国」すなわち正規ルートを通らない不法な入国は、すべてではないが多くの場合、「人身売買」が絡んでいる。

「人身売買」は英語圏では "human trafficking" と呼ばれるが、日本語の漢字4字は現代の実情にイマイチ即していないように私は感じている。レトロな響きがするというか、イメージ的に古いのだ。かといって代わりの表現があるわけでもないのだが……。

Human traffickingについては英語で多くが説明されているので、関心が高い方は英語圏で検索していただきたい。下記にウィキペディアと、インターポールのページをリンクしておこう。前者は歴史的経緯なども概説されており、後者は現在の定義をコンパクトに解説している。

en.wikipedia.org

www.interpol.int

 

このインターポールの解説ページの最後に、次のようなくだりがある。(この文書をまとめたのはインターポールだから、犯罪組織が前提にある。)

Closely connected to human trafficking is the issue of people smuggling, as many migrants can fall victim to forced labour along their journey. Smugglers may force migrants to work in inhumane conditions to pay for their illegal passage across borders.

「人身売買 human trafficking」が犯罪組織が直接、人を売り買いしあうということだとすれば、「人の密輸 people smuggling」は、犯罪組織が、どこかの国に入国しようとする人に、正規のルートを使わず(パスポートを持たず)に済むルートをあっせんするということになるだろう。そして多くの場合、犯罪組織は、密入国させた人々を働かせる(労働搾取する)場所も持っていて、要は、そこで働かせる人間を確保するために闇ルートで外国人を連れてくるということが行われている、というのがこの解説文の内容だ。

People smugglingについては、国連難民高等弁務官事務所 (UNHCR) が解説している。

www.unhcr.org

 

そして非正規ルートで入国した/させられた「移民」たちが送り込まれているような、ひどい条件下での労働は、現代の「奴隷労働 slave labour」と呼ばれている。その「奴隷制度」をなくしていこうという呼びかけ・取り組みが、世界各地で国連の専門機関やNGOによって行われている。例えば英国では Anti-Slavery International というNGOが活動している。

www.antislavery.org

 

ここまでざっくりと見てきたようなことが、日本では、闇ルートではなく、「技能実習生」や「留学生」「新聞奨学生」といった名目で、正規のルートで行われるようになってしまっているばかりか、それなしには産業が成り立たないという程度にまで構造の一部になってしまっている。実に嘆かわしいというか、日本人として恥ずかしいことである。この問題については、半年ほど前に出たばかりの、出井康博さんの『移民クライシス』 という新書が出色である。

移民クライシス 偽装留学生、奴隷労働の最前線 (角川新書)

移民クライシス 偽装留学生、奴隷労働の最前線 (角川新書)

 

こういう報告がなされていて、多くの人がこれを由々しき問題だと感じていても、選挙では「争点」になりゃしないというのがあまりにもひどすぎる日本の現実だが、ここでその話を書いていると本題に入れないので、先に行こう。

 

かくして、10月23日にイングランドの港で発見された「コンテナの中の39人の遺体」は、その後連日英国のメディアでトップニュースとなっており(何もなければ、10月31日予定だったBrexitやら、ジョンソン首相が実施に持ち込もうともくろんでいる解散総選挙に向けた根回しやら腹芸やらが連日トップニュースだっただろう)、過去の事例を参照しながら、タブロイドでは断片的で不確かな情報が飛び交った。

「過去の事例」というのは、2000年のことだ。フランスとの物流・交通の窓口であるドーヴァーで、今回と同様の「コンテナの中に大量の遺体」という痛ましい事件があった。このとき、亡くなっていたのは中国籍の58人。2人の生存者があり、逮捕されたトラックの運転手は14年の実刑判決を受けた。このhuman trafficking/people smugglingを手配していたのは中国の悪名高い犯罪組織、「蛇頭」だった。

en.wikipedia.org

 

そして、今回のテムズ川河口での事件でも、トラックの運転手がその場で逮捕された。事件発覚当初、警察が公表した情報が断片的で、報道が錯綜していて、この運転手が北アイルランドの人で、フェリーでダブリン*1からウェールズのホリーヘッドに入り、現場となったイングランド南東部に移動したということから、コンテナもいったんアイルランドに入ってからブリテン島に渡ったのか、などと取りざたされていたのだが*2、中でも一番の情報の混乱は、コンテナの中で亡くなっていた39人の身元についての情報だった。

事件の第一報の段階から、どの記事でも「亡くなっていたのは全員中国人と見られる」と報じられていた*3。というのは、(死因を調べるどころかコンテナの中の遺体を移動させる前に)エセックス州の警察がそう述べていたからだ。警察の言うことだから、信憑性のある話だろうと考えるのは当然のことだ。

だが、警察は特に何の根拠もなくそう言っていたらしい。信じがたいことに。*4

この事件についての日本語報道でも「中国人と見られる39人が死亡」と書かれたし、どうやらそうではなかったということがわかったあとになってもウェブ検索で上位に表示されるのは「中国人39人」という記述かもしれないが、それは(たぶん)事実とは全然違う。

 

「この人たちは中国人ではないのではないか」という情報が出てきたのは、コンテナの発見から2日後のことだった。ベトナムで、家族の1人から「息ができない。私はもうだめです」というメッセージを受け取ったという人がいることがわかったのだ。

 

ここで報道は方向性を変え、「なぜベトナム人が非正規ルートで英国に渡るのか、英国に来たあとベトナム人は何をしているのか」といったことについての解説記事が出ることになった。 

というわけで、前置きがものすごいボリュームになってしまったが、ここで本題。今日の実例は、そういう流れの中で書かれた解説記事から。記事はこちら: 

www.theguardian.com

 

 

f:id:nofrills:20191028065226j:plain

2019年10月25日, the Guardian

キャプチャ画像の下半分の部分。かなり長い文である: 

In her final texts, sent from the container as she was dying, Pham says she is from the Ha Tinh province of Vietnam, which is the site of the country’s worst environmental disaster, a chemical spill from a steel factory in 2016 that poisoned up to 125 miles of the northern coastline and devastated the local fishing industry.

下線で示した部分はコンマとコンマで挟まれた《挿入》の句である。この句は過去分詞で始まっており、直前の名詞 "her final texts" を説明している。ざっと日本語にすれば(原文との対照のしやすさを考えて、あえて直訳しておく)、「死にゆくときに、コンテナの中から送信された最後のテキストメッセージの中で」となる。

 

コンテナの中で亡くなったと考えられるこのパムさんというベトナム人女性は、スマホから故郷の家族(兄と思われる)に対し、「コンテナの中にいますが息ができない。もう私はだめです」「お母さんに愛していると伝えてください」というテキストメッセージを送っている。ご家族はそのメッセージのキャプチャ画像を現地ベトナムNGO経由で公開し、英国の各メディアがその画像を記事に掲載している。

パムさんはメッセージを送信する際、なりすましやいたずらでなく本人であることを証明するためだろう、「私は〇〇県の〇〇村のパムです」という事実情報を、詳しい住所つきで投稿している(メディアに公開された画像では、その部分は塗りつぶされている)。

上の実例中の "Pham says she is from the Ha Tinh province of Vietnam" というのはその部分のことを言っている。

そしてそのあとに、コンマを使った《関係代名詞の非制限用法》の節が続いている。先行詞は "the Ha Tinh province of Vietnam" (ハティン省)だ。関係詞節はこのハティン省についての説明を付け加えている。下記のような用例と同じだ。

  He was born in Ichinomiya, which is just outside Nagoya.  

  (彼は一宮で生まれたが、そこは名古屋のすぐ外側である)

 

この関係詞節の下記部分は《同格》の表現。《太字の部分、つまり下線の部分》という構造だ。

... which is the site of the country’s worst environmental disaster, a chemical spill from a steel factory in 2016 that poisoned up 125 miles of the northern coastline and devastated the local fishing industry.

そして最後に《関係代名詞の限定用法》の節が続き、この下線部についてさらに説明を付け加えている。

spillは「漏出、漏洩」で日本の報道用語では「流出」や「〇〇漏れ」(「放射性物質漏れ」のような)だろう。つまりハティン省では、2016年に製鉄工場から化学物質の流出があり、北部の海岸線を125マイル(約200キロメートル)にわたって汚染し、現地の漁業を壊滅させた、と。

その化学物質流出を、記事を書いた記者は「その国(ベトナム)の最悪の環境災害」と説明しているわけだ。

 

記事ではこのあと、ハティン省を出て欧州に向かう若者が急増していること、地場産業の壊滅でそうするよりなくなっている人がいるということが説明されていく。長い記事ではないので、ぜひ全文をお読みいただきたいと思う。

www.theguardian.com

 

日本でも近年ベトナム人技能実習生や留学生が急増していると伝えられてはいるが、このような背景情報は語られているのだろうか。

私はベトナムに特に関心を持っているわけではないので、単に見ていない・見落としているだけかもしれないが、漁業が壊滅してしまうほど深刻な化学物質流出が起きていたということはこのガーディアン記事を読むまで知らなかった。

ハティン省」で日本語ウェブ検索してみても、上の方に表示されているのは語句解説を除けば観光情報か、日本国大使館(つまり日本国外務省)の次のようなページばかりで: 

www.vn.emb-japan.go.jp

 

化学物質流出についての記事はかなり下の方にようやく見つかっただけだった。それも日本の報道機関の記事ではなく、大規模設備や工場などが基準を満たしているかを認定する企業のサイトのニュースレターである。

www.bureauveritas.jp

 

事件はまだ全容解明にはほど遠い。週末にかけて司法解剖が行われているはずだから死因の特定は終わっているだろう。だが身元の確認は容易ではないはずで、英警察は「既に英国内にいる家族・親族の方は、名乗り出てほしい。仮に不法入国でもそれでどうこうするということはない」と呼びかけているが(グレンフェル・タワーの火災のときも死者特定のために同様の呼びかけがなされた)、英国で日曜日になってもなお犠牲者が1人でも特定されたという記事は出ていない。現時点(日本時間月曜朝)の最新記事は、39人中35人がNghe Anの出身と思われる、と伝えている。

www.theguardian.com

 

 

今回実例として見た記事を取材して書いた記者は、この問題を継続的に追っていて、2年前の調査報道記事について、今回次のようにフィードしている。

こちらも、かなり厳しい記事だが、この問題に関心がある方は読んでみていただきたい。

*1:ダブリンはアイルランド共和国だが、北アイルランドからはノーチェックで行けるし、アイルランド島北アイルランドアイルランド共和国)とブリテンの間の往来は、Common Travel Areaというものがあるので、両国民の場合は基本的にフリーパスだ。

*2:この情報錯綜については https://twitter.com/nofrills/status/1186941447376736256 からの連ツイに記録してある。

*3:私は最初、「宗教弾圧で逃げてきた人たちだったら、あまり中国人中国人と騒いだら、ほかの亡命者も危険にさらされるじゃないか、何やってるんだ」と思った。

*4:私なんかもイングランドでパスポートも持たずに死んでいるか記憶を失ってふらふらしているかしたら「おそらく中国人」と言われるのかもしれない。

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