今回の実例はTwitterから。
高校生の人が、「学校などで習うけれど、自分ではうまく使えない」ということで何かちょっと距離を感じてしまう表現に、《the former ~, the latter ...》がある(常にtheをつけて使うことに注意)。これは第一には同じ語の繰り返しを避けるための表現なのだが、ある程度の文脈があるところで2つのものを《対比》するときに使うもので、その《対比》のロジックが作れてないのに言葉だけ使ってみたところでしっくりこない。
例えば、「赤いリンゴと黄色いリンゴを買ってきた」という場合、双方の相違点を述べて《対比》の構造を作るときに《the former ~, the latter ...》を使う。「赤いリンゴは酸味が強く、黄色いリンゴは甘味が強い」とか、「赤いリンゴは長野産で、黄色いのは山形産だ」、「赤いリンゴは自分で食べるため、黄色いリンゴは兄からのリクエストで買った」というような場合だ。
一方で、双方の共通点や類似点を言いたいときには《the former ~, the latter ...》を使うと逆に意味不明になってしまうので使わない方がよい。「赤いリンゴは128円で、黄色いのも同じ値段だった」とか、「赤いリンゴは青森産だが、黄色いのも青森産だ」のような場合だ。
こういう《2つのものの対比》の例をいくつか、自分で考えてみるとよい。練習のためだから、例は何でもいい。2つの正反対のものを並べたり、2つの異なるものを並べたりする構造を、頭の中で10個くらい考えてみよう。「レナは数学が得意で、リナは英語が得点源だ」とか、「コンバースはバスケ部御用達で、プーマはサッカー部御用達だ」とか、「ナイキはアメリカの企業だが、アディダスはドイツだ」とか、「鉛筆で書けば消しゴムで消せるが、ボールペンで書くと消せない」とかいった身近な例でよい。ただしあまりに当たり前すぎること(「夏は暑いが、冬は寒い」のようなもの)はあまり意味をなさないので、少し考えて「夏はアイスクリームが売れるが、冬はカップスープが売れる」のような例を考えてみよう。
何か退屈なことをしているように思われるかもしれないが、日本語でこの《2つのものの対比》を言っているように思われる「が」という接続詞は実はとても曖昧で、何となく「が」を使っているだけで《対比》になると思っていると、英作文をするときにうまくいかなくなる。例えば上のリンゴの例でいうと、赤いリンゴも黄色いリンゴもどちらも香りがよいということを言い表す場合に、日本語では「赤いリンゴは香りがよいが、黄色いリンゴも香りがよい」と言うこともできてしまうのだが、これは《対比》になっていない*1。
……というのが前置きで、ここからが本題。この《the former ~, the latter ...》、このように構造をしっかり作ることが前提の表現だから、Twitterのような文字数制限がきつい場ではなかなか使いづらそうに思われるかもしれないが、そんなことはなく、時々見かける。そういうツイートの例:
I listen to *a lot* of Irish and UK national broadcaster radio. There is *so much* more lockdown scepticism in the latter than the former.
— Peter Geoghegan (@PeterKGeoghegan) 2020年12月1日
"*a lot*" など、アステリスク (*) で挟んであるのは《強調》の意味。Twitterのように太字にすることができない場でこの方法を覚えておくと何かと便利だ。
I listen to *a lot* of Irish and UK national broadcaster radio. There is *so much* more lockdown scepticism in the latter than the former.
さて、ここでツイート主のピーター・ゲガンさん(北アイルランド出身でスコットランド在住のジャーナリスト)は、何を "the latter"と呼び、何を "the former" と呼んでいるか。
それを考えるには、その前の部分で何か2つのものが並べられている箇所を見つければよい。ここでは "Irish and UK national broadcaster radio" である。"national broadcaster" は要は「公共放送」で、ゲガンさんはアイルランドの公共放送のラジオ(つまりRTE)と英国の公共放送のラジオ(つまりBBC)をよく聞いているが、「前者に比べて後者には、ロックダウンに対する懐疑主義*2がずっとずっと多い」と言っている。「前者」はアイルランドのラジオ、「後者」は英国のラジオで、ロックダウンへの反発はアイルランドに比べて英国の方がずっと強いという観測が成り立つわけだ。
ほかにもいくつか見ておこう。
The difference between Covid and Brexit is that the former is an uphill struggle that we shall master eventually and the latter is a slow downhill slide into the abyss.#COVID19 #BrexitReality pic.twitter.com/FkmiGi2dVl
— Emmy van Deurzen☀️🌍 🌼🌹🌳🇪🇺🇫🇷🇳🇱🇬🇧🇺🇸⭐️ (@emmyzen) 2020年11月27日
ここで《対比》されているのは "Covid" と "Brexit" である。"the former" は "Covid", "the latter" は "Brexit" を指し、直訳すれば「前者は、私たちが最終的には成し遂げる上り坂の奮闘で、後者は深淵への速度の遅い下り坂のスライドである」(直訳難しい……けどこのブログではこれ以上のことはしないようにしています)。「上り坂」と「下り坂」が対比され、「成し遂げる何か」と「わけもわからず落ちていく何か」が対比されている。
次の例:
Paramedics, nurses, doctors and care professionals are amazing people. Patient. Caring. Hard working. These are the type of people that give our country its heart & soul. Not Etonians, millionaires & hedge fund managers. Regrettably the latter and not the former are in charge.
— Duncan Spalding (@duncanspalding) 2020年11月29日
最後に "Regrettably the latter and not the former are in charge." (「残念ながら、かじ取りをしているのは後者であり、前者ではない」)と述べている、この「前者」と「後者」はそれぞれ何か、本文から書き抜きなさい……という問題ができそうだが、「前者」は "Paramedics, nurses, doctors and care professionals" で、「後者」は "Etonians, millionaires & hedge fund managers" だ。新型コロナウイルス感染拡大という状況下で最前線で奮闘する医療従事者たちを「忍耐強く、他者を思い、一生懸命に働く人々だ」と讃え、「イートン校卒業生(エリート)や大金持ちやヘッジファンドのマネージャーたち」と対比している(つまりエリートは思いやりに欠け仕事もあまりしていないということが言外に言われている)。
※3700字
参考書: