Hoarding Examples (英語例文等集積所)

いわゆる「学校英語」が、「生きた英語」の中に現れている実例を、淡々とクリップするよ

形容詞+ though + S + V(倒置構文), 代名詞のone, can't help doing ~(ジョン・ル・カレを追悼するトム・ストッパードの言葉)

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今回も前回と同じく、ジョン・ル・カレを追悼する様々な言葉を集めた記事から。

この記事には、前回見たジョン・バンヴィルや、マーガレット・アトウッドイアン・ランキンといった作家や、ジョン・ブアマンレイフ・ファインズといった映画人など15人の言葉が集められている。それぞれにとってのジョン・ル・カレ(あるいはデイヴィッド・コーンウェル)が語られていて、故人の作品に親しんできた人にも、名前はよく聞いていたなという人にも、とても多くのことが伝わってくる。ここを手掛かりに著作に手を伸ばしてみてもいいし、映像化された作品を見てもいい。ル・カレ本人が吹き込んでいるオーディオブックもよいだろう――ル・カレの朗読の手腕についてもこの記事に言及がある。

記事はこちら: 

www.theguardian.com

今回はまず、この記事で2人目に上がっている劇作家・映画脚本家のトム・ストッパードの文から。ストッパードといえば舞台劇および映画の『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』や映画『未来世紀ブラジル』や『恋に落ちたシェイクスピア』の脚本が有名だが、ル・カレの『ロシア・ハウス』の映画化に際して脚本を担当している。

 

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https://www.theguardian.com/books/2020/dec/14/john-le-carre-remembered-margaret-atwood-john-banville-ian-rankin

書き出しの文: 

He was David to his friends, and, enormous though that company was, one couldn’t help taking pride in belonging to it.

ジョン・ル・カレ」はペンネームで、本名はデイヴィッド・コーンウェルといい、身内や親しい人たちは彼のことを「デイヴィッド」と呼んでいた。このことは、この記事に集められている15人の文章の通奏低音のようになっているのだが、1人目のジョン・バンヴィルが一貫して代名詞の "he" で言及してきて、最後に "Many of us would say the same of John le Carré, and doubly so of David Cornwell." と2つの名前を出して〆た次に、ストッパードのこの記述が続いているのである。とてもよい、流れるような編集だ。

文法的に見ていくと、この文はまず、等位接続詞の "and" によって2つの文が接続された重文の構造になっていて、前半部分は、人によっては意味は取りづらいかもしれないが、文法的には特に解説すべきポイントもない。直訳すれば「彼は彼の友人たちにとってはデイヴィッドだった」で、要するに「友人たちは彼をデイヴィッドと呼んでいた」ということである。

問題は "and" の後: 

enormous though that company was, one couldn’t help taking pride in belonging to it.

"company" は多義語でとても訳しづらいことがあるのだが、ここでは原義に近く「仲間たちの集団」の意味ととらえてよい。"that company" は先行の "his friends" のことで、「彼の友人たちの輪」といった意味である。

そして、この部分は「thoughの節(副詞節)+主節」という構造になっていて、そのthoughの節の中で《倒置》が起きている。thoughは「~だけれども」という《譲歩》の意味を表す。  

これは英和辞典でthoughの項目を引いて各自でご確認いただきたいのだが、《though + S + V + C》の構造の節で、C(補語)が文頭に出るという《倒置》が起きることがある。これについて、『ジーニアス英和辞典 第5版』は「主に英・文(英国での用法で、文語)」と説明している (p. 2175)。実際、この倒置がアメリカ人には違和感があってイギリス人にはそうでないというやり取りが、英語について質問する掲示板でなされている*1。この掲示板で示されている実例をBNC (British National Corpus) で探してみた。14歳の芸人が大人の観客を前に芸を披露したが……という文脈である: 

  Brave though he is in facing adult audiences, the result is a bit of a cringe.

  (大人の観客を前に舞台に立つという点では彼は勇気があるが、その結果は目を覆いたくなるようなものだった)

同様の倒置がasの節について起きることについて、ちょうどつい先日、それも同じジョン・ル・カレの死去についての文を扱ったエントリで解説しているので、そちらもご参照いただきたい。

hoarding-examples.hatenablog.jp

 

この副詞節のあとの主節: 

one couldn’t help taking pride in belonging to it.

主語の "one" は代名詞で「一般的に人は」の意味だが、堅苦しいというか正式な印象を与える言い方である*2。先行のthoughの倒置と相まって、やけにかしこまった印象になる文体だ。

太字で示した部分は《can't help doing ~》の形で、「~せずにはいられない」。《can't help but do ~》と原形を使う言い方もある。

  I can't help laughing. = I can't help but laugh.  

  (笑わずにはいられない)

 

というわけで、ここまでまとめると、

enormous though that company was, one couldn’t help taking pride in belonging to it.

この文は「(彼をデイヴィッドと呼ぶ友人たちの)仲間の輪はとても大きなものであったが、その一員であることにはプライドを感じずにはいられなかった」。

つまり、ジョン・ル・カレを本名で呼べるような間柄の人たちは大勢いたが(故人は社交的な人だった)、その1人であることは自慢したくなるようなことだった、ということをストッパードは述べている。

 

2つの段落で構成されているストッパードの文のこの後の部分は、単語も難しいし、流れもわかりづらいし、読むのはかなり大変だ。私も、一度読んだだけでは正確に読めている自信がないので精読のプロセスをとる必要がある。

だが2番目の段落は話が具体的なので、迷いなく読める(が、やはり少々流れが取りづらい。そういう文体なのだろう)。最近、ストッパードに対してル・カレが「次の作品の見通しが立ってきた」と嬉しそうに言っていたそうだが、その作品は書かれることはなく、失われてしまったのであろう。だが、友人のデイヴィッドを失ったことの衝撃はそのレベルではない―ということが書かれている。

 

※約3000字 

 

参考書:  

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*1:このようなアメリカ人の言い分が日本に入ってきて「ネーティブはこんな言い方はしない」云々の言説になっているのだろう。イギリスではかなり普通に使う形であっても。

*2:このように誰とは特定せず一般的に「人は」と言いたいときにカジュアルな場面で使う代名詞は、youが多い。weも使う。