今回の実例は報道記事から。
日本時間で今朝2月1日の朝8時ごろ、Twitterで英語圏のジャーナリストたちが次々と、ミャンマー(ビルマ)で軍がアウンサンスーチー国家顧問(事実上の国家指導者)を拘束したいうことを伝えた。つまりクーデターだ(その時点ではまだ「クーデターと思われる」という留保付きだったが)。ジャーナリストたちのソースはロイターの報道で、その報道はアウンサンスーチー国家顧問の所属する政党NLDのスポークスパーソンの発言(発表)に基づくものだった。日本とミャンマーの時差は2時間半で、日本時間で8時はミャンマーでは5時半だ。要人の拘束が行われたのはそのさらに前、つまり夜中だが、日付が変わった後のことではあったようだ。
Aung San Suu Kyi and other ruling party figures detained in an early morning raid in Myanmar, per Reuters.
— Barry Malone (@malonebarry) 2021年1月31日
Myanmar leader Aung San Suu Kyi and other senior figures from the ruling party were detained in a raid, the spokesman for the governing National League for Democracy said https://t.co/bUctopnHIF pic.twitter.com/YjoKK8vHUA
— Reuters (@Reuters) 2021年1月31日
「アウンサンスーチー」はラテン文字(アルファベット)で書くと Aung San Suu Kyi で、Twitterのような場では(Twitterだけではないが)これを省略してASSKと表記することも多い。よってTwitter検索するときは2通りの検索語を使うと漏れがない。
"Aung San Suu Kyi" - Twitter Search
ロイターの上記の報道は即座に日本語圏にも入ってきたし、日本の報道機関の記者の人たちも即座に反応し始めていたので、今回は英語圏の報道と日本語圏でのそれとの間にはほとんど時差はなかった。そもそもミャンマーの場合は、英語圏にだって現地から何らかの形で翻訳情報が入らないと話が伝わらないのだが、企業の拠点など現地との経済上の結びつきは、現在、英語圏諸国より日本のほうがよほど強くなっていると思われるし、時差だって米州や欧州に比べて日本のほうがずっと小さい(日本で月曜日の朝、人々が活動を始める時間帯に入ってきたこのニュースは、欧州では日曜の夜、人々が寝るころのニュースだったし、ワシントンDCなど米国の東海岸の時間では日曜の夕方のニュースだった*1)。
ともあれ、最初にロイターが速報してから1時間もしないうちに、日本語圏でも英語圏でも各メディアが記事を出しており、ネットにつながっていさえいれば私たち一般人も、ミャンマーで何が起きているのかをほとんどリアルタイムで知ることができる、という状況になっていた。
こういう状況は、報道されることの中身や「現地の人々が心配だ」といったこととは別に、英語学習という点ではよい機会となる。日本語での報道を読んで、何が起きているかを知った上で同じトピックについての英語記事を読むことで、英語ではこういうことをどう表現するのかといったこともわかるし、リアルタイムでフォローしていれば、どういう緊張感、どういうスピード感があるのかも(疑似的にではあるかもしれないが)体験できる。
というわけで、ここで英語の記事を見てみよう。例えばガーディアン:
少し時間が経過したら、記事がアップデートされて、私が本稿を書いている時点とは違う記述になってしまっているかもしれないが、その場合は誰かが取得していたこちらのアーカイヴをご参照いただきたい。
この記事は、「事件・事故」系の報道記事のオーソドックスなフォーマットで書かれており、微妙に重複した記述もあるが(編集が間に合わなかったのだろう)、限られた時間でざくざくと読んで、必要な情報を得るという練習をするには適している。上述したように、日本語の記事を読んですでに何が起きたかを知っている状態で読むことで、英語報道記事をあまり読み慣れていない人でも「ざくざくと読んで、必要な情報を得る」というのがどういうことか、体験してみることができるだろう。
どのくらい読めるかは個人差があるだろうが、あまり細かいところにこだわらず、ざくざくと読んでみてほしい。
この記事を「ざくざくと読む」ということが難しい場合は、基礎となる英語の力がまだ足りていないということだ。「わからない単語が多すぎて読み進められない」場合は語彙力を増強する必要がある。「単語はだいたいわかるが、文として読んで、何を言っているかよくわからない」場合は、英語で書かれたものを読むということ自体ができていない。おそらくは構文の把握に難がある。大学受験レベルの英文読解の問題集をやってみるのがよいだろう。大学受験レベルが難しすぎるようなら高校受験レベルで。
全文読むのはつらいという場合は、この記事を少し読み進めていったところに、今回の事態に至るまでに何があったかを簡潔に記した一節があるので、その部分を「ざくざくと読む」ことができるかどうか、自分で確認してみるとよいだろう。これが読んで意味が取れなければ基礎的な力が足りていない。
最初のパラグラフの第一文は、"concern that ..." で《同格》の表現(「…という懸念」)が使われており、このthat節が《挿入》で長くなっているのだが、どれが主語でどれが述語か、一読して把握できただろうか。
that節で《挿入》された部分を薄いグレーにし、主述を太字で示すと、次のようになる。
... that the military, which ran Myanmar – also known as Burma – for some 50 years until 2011, was preparing to retake power.
ここでグレーにした部分も、「コンマ2つで挟んだ《挿入》の中に、さらにダッシュで挟んだ《挿入》がある」という構造になっている。これらは「付け足しの情報なので、あまり気にしなくてもよい」ともいえるが、それ以前に「読者が当然了解している前提知識の確認である」ととらえたほうがよいだろう。「ミャンマー」に「ビルマ」という名称があることも、この国では2011年に大きな変革があるまで50年ほどにわたって軍による支配が続いていたことも、言わずもがなの前提ではあるのだが、新聞記事ではそういったことも確認のためにこのようにそっと入れ込むような形で示されることがよくある。
次の文は特に解説ポイントもないので飛ばして、第3文:
It said last week that a coup could not be ruled out, prompting the United Nations and several foreign missions in the country to express alarm.
主語の "It" は、直前の文に出てきた "the Army"。太字で示した "prompting" は現在分詞でここは《分詞構文》で、《prompt ~ to do ...》が一つの決まった表現だが、これの語義がわからない場合は辞書を確認してほしい。
次のパラグラフでは、《分詞構文》と《however》に注目。語彙としてはbacktrackがやや難しいかもしれないが、あとは新型コロナウイルス禍で完全に日常語の一つとなったquarantineを除けば難しい単語はない。
The military later backtracked, claiming comments by its commander-in-chief had been misunderstood. Over the weekend, however, armed police patrolled the housing where lawmakers were quarantining ahead of the opening of parliament this week.
この2つのパラグラフで言っているのは、端的にいえば、11月の選挙で軍隊側はボロ負けし、そのことを不服に感じていて「選挙不正」を唱えるなどしてクーデター(実力行使での政権奪取)も辞さないという態度だったが(米国の前大統領にそっくりだが、実際、このニュースが出たときTwitterではアメリカ人が口々に「どっかで聞いた話だな」と反応していた)、国連などが「ちょっと待て」と反応したので、軍は「参謀総長の発言は誤解された」みたいなことを言って態度を軟化させたが、実際にはこの週末は、初登院を控えてウイルス対策で自宅から出ずにいた(11月の選挙で当選した)議員たちの自宅を、武装警察が見回っていた、ということである。
この記事の後のほうを読むとよりはっきりとわかるが、ミャンマーでは11月の選挙で選ばれた議員たちが初めて国会議員として仕事をするのが2月1日ということになっていたが、それを前に、先週、軍によるクーデターがささやかれていた。そして結局クーデターは起こらず週明けの国会召集日を迎えた……と安心したところで、早朝のまだ暗いような時間帯に軍隊が出てきて政治指導者を拘束したわけだ。
その後の、通信遮断や国営メディアの制圧、非常事態の宣言などは日本語の報道記事でも広く報じられている通りである。
参考書:
*1:つまり欧州でも米州でも多くの人々がリアルタイムで反応できる状態にあり、「アウンサンスーチー拘束」を伝える報道機関やジャーナリストのツイートには、ロヒンギャ迫害を正当化したことでかつての「人権と自由のアイコン」が失ったことをはっきりと示すリプライがたくさんついていた。ジャーナリストやアナリストのような人たちは別だが、一般の人々の間では、アウンサンスーチーは、彼女がやったわけではない迫害の責任者のように冷たく扱われていた。(言うまでもないことだが、ロヒンギャ迫害をやったのは軍で、ASSKはその非人道行為を追及するどころか、軍の側に立った。