本日2月10日、Windows Updateが全然終わらないので、準備中のブログ記事を書きあげることを断念し、明日の休日用に準備してあった過去記事をアップします。本日予定のエントリは明日11日にアップします。あしからずご了承ください。
このエントリは、2019年12月にアップしたものの再掲である。
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今回の実例は、英国の総選挙前の論説記事から。
英国の総選挙については、前回少し書いたので、文脈的なことはそちらをご参照のほど(情報量として全然足りていないが)。
記事はこちら:
この論説記事を書いたニック・コーエンについてはウィキペディアを参照。ガーディアンの日曜版であるオブザーヴァーをはじめとする多くの媒体に論説文を書いている政治コラムニストで、2003年のイラク戦争支持、2011年のリビア介入支持、2012年のシリア介入支持(シリアは実際に介入は行われなかった)のスタンス、つまり、2000年代に短期間だけ盛り上がった「人道的軍事介入」のイデオロギーの賛同者でそれを喧伝してきた書き手のひとりだが、「人道的軍事介入」があっと言う間に廃れたあとはそのテーマでこの人が書いた文は見なくなった。元々はそのような国際関係方面の人ではなくオックスフォード大学でPPEというバックグラウンドの人だ。
ちなみに、名字の「コーエン」はユダヤ系の名だが(そのことについては先日少し書いた)、ニック・コーエンの母親はユダヤ人ではないので彼はユダヤ人と見なされる立場にはなく、また信仰の点でもユダヤ人(ユダヤ教徒)ではない(無神論者である)という。ソースは上述のウィキペディア。
今回実例として見るのは、記事の書き出しの一文である。
If Britain’s politicians believed in defending democracy, there would not be an election on Thursday.
このまま参考書の例文として使えるレベルのきれいな《仮定法過去》である。「もしも、英国の政治家たちが、民主主義を守ることを正しいと信じているとしたら、今週木曜日に選挙などないだろう」という意味。非常に厳しい非難である。
これに続く文:
Our leaders would have held back until laws controlling propaganda and foreign subversion were in place.
これも前文からの流れで書かれているが、こちらは《if節のない仮定法》で、《仮定法過去完了》の形になっている。if節は前の文の余韻の中にある、と言ってよいだろう。同時に、この文はやや変則的で、untilの節がif節に非常に近い感じになっている。untilの節は基本的にまだ実現されていないことを言うので、まだ起きていないことを言うifの節と近いといえば近いのだ。でもif節ではない。何を言っているかわからないかもしれないが、まあ、大学受験生ならそこまで読み込む必要はない。
hold backはここでは目的語がないので自動詞である。意味は「ぐっとこらえる」とか「自制する」とか「躊躇する」とかそういった感じ*1。
文意は「私たちの指導者(つまり政治家たち)は、プロパガンダと外国からの破壊工作をコントロールする法律が設定されるまでは、ぐっとこらえていただろう」。
英国の政治にとっての大問題は、主にインターネットという情報空間での「プロパガンダと外国からの破壊工作」が野放しになっていて、それがネットを超えてTVなどのメディアにも現実の人の認識や考えにも作用しているということであり、民主主義を脅かしているそれを野放しにしたままで政治家たちが議会解散と総選挙に打って出たということは、政治家たちには民主主義を脅かしているものを除去し、民主主義を守ろうという気がないのだ、とニック・コーエンは主張しているわけである。
この論説文は、以下、冒頭でのこの非常にヘヴィーな主張に対する「サポート文」が続くというスタイルになっている。具体的にどういうことが起きているのかが、各政党について横断的に検討され指摘されている。虚偽の流布が一番目立っているのはボリス・ジョンソンと保守党だが、かといって労働党が虚偽に頼っていないということではない。読むのはかなり難易度が高い文章だが、何かを主張するときの論説文のスタイルとしては非常に参考になると思う。将来的に英語で何か文章を書くことになりそうな人は、ちょっとがんばって読んでみてもよいだろう。
最後にこの論説記事の見出しから:
Brace yourself, the flood of lies in this election is about to become a torrent
"Brace yourself" はドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』の名セリフとしてもよく知られているが、「引き締めろ、ふんばれ」という意味(昔の英和辞典だと「フンドシを締めてかかれ」的な訳語が示されている)。
be about to do ~は、漢文でいう「将に~せんとす」で、be going to do ~などよりずっと差し迫った状況であることを言う表現。
というわけで、この見出しの意味は「今回の選挙での嘘の洪水は、激流となろうとしている。流されないようにしっかりしろ」ということになる。
実際、英国の政治での嘘の氾濫は2016年以降すさまじいものがあるのだが、今回、保守党の総大将たるジョンソンは、昔っからほら吹き、嘘つきのデマゴーグとして知られていた人物である。本当のことはたぶん何一つ語られていない。そもそもジョンソンは、BBCでの主要政党党首との1対1のインタビューに出てくることさえしてない。インタビュアーのアンドルー・ニールは保守系のベテラン・ジャーナリストで、保守党そのものに対して敵対的な人ではないのに、である。これまで世界的に「モデル(規範)」と見なされることも多かった英国での政治のチェック機能は、完全に機能不全だ。
ICYMI Andrew Neil calls out craven Johnson
— Cameron Matthews (@C4meronM4tthews) 2019年12月8日
Johnson a bottler = Johnson is no leader 👎🏽 #GE2019 #emptychair pic.twitter.com/KeKAN1Tlu9
ただ、これでも日本から見れば、かなりましなように見えるというのが正直なところだ。何しろ日本では忖度だの何だのはもう完全に常態化していて、個人レベルの雑談や芸能人の時事ネタやネットでの議論の外では誰も何も言ってないし、12年もずっと定義されてきた「反社会的勢力」について、パーティに招待しちゃってることがバレたら「反社会的勢力は定義が難しい」などということが閣議決定されていて、「機能不全」なんてものではない。
政府は、「桜を見る会」に参加していたことが問題になった「反社会的勢力」について、定義は困難との答弁書を閣議決定。政府が2007年、企業の被害防止のためにまとめた指針では「暴力、威力と詐欺的手法を駆使して経済的利益を追求する集団または個人」と定義していました。https://t.co/dzf1gOLmM2
— 時事ドットコム(時事通信ニュース) (@jijicom) 2019年12月10日
参考書:
*1:他動詞ならばhold back ~は「~を引き止める」とか「~を押さえる」とか、「~を前に出さない」という意味である。