今回も、前々回と前回の続きで、ちょうど10年前のエジプトでどんなことがあったかを回想したジャーナリストの連ツイより。
米ニューヨーク・タイムズ (NYT)のジャーナリスト、リーアム・スタックさんはアラビア語を流暢に話すアメリカ人で、当時「革命」の中心地となっていたカイロのタハリール広場で治安機関(秘密警察)によって一時拘束され、カメラを没収された。が、スタックさんはそこで引き下がらず、翌日、秘密警察が拠点としていたエジプト考古学博物館(タハリール広場に面している)に赴いて、カメラを取り返してきた。そのときに秘密警察の人と奇妙なやり取りをすることになった、というのが前回見た部分の流れだ。
そしてそのあと:
A few weeks later I had what may have been my first solo byline in the @nytimes, which wound up being about the way the police and army were using that same site — the Egyptian Museum, a world famous landmark— as a makeshift prison and torture chamber. https://t.co/1AmuYmyYLz
— Liam Stack (@liamstack) 2021年2月7日
いきなり "A few weeks later" と時間が飛んでいるが、その点、少し補っておくと、スタックさんが一時拘束されたのが2月6日、カメラを取り返したのが7日で、10日には民衆に退陣を求められていたホスニ・ムバラク大統領が、大統領の権限をスレイマン副大統領に委譲し、11日にはついに辞任した。スタックさんのこの連ツイはそこを飛び越して、3月17日付のNYT記事にリンクしている*1。
Complaints of Abuse in Egyptian Army Custody - The New York Times
さて、この記事についてのスタックさんの説明だが:
I had what may have been my first solo byline in the @nytimes,
《関係代名詞のwhat》を使った表現で、《助動詞+完了形》も出てきている。「~であったかもしれないもの」という意味だ。ここでスタックさんが "was" ではなく "may have been" と書いているのは、もはや古い話だから、これが本当にそうだったかどうか、はっきりしないままで書いているということだろうと思う。
"byline" は、新聞や雑誌の記事で書いた人(記者)の名前が "By ..." と表示される行に由来する表現で、英和辞典では「執筆者名を書いた行」といった定義が与えられているが、実際に使われる英語では「執筆者名を書いた行のある記事」のこと(通例、my byline, his bylineといった所有格を伴った形で「~が名前を出して書いた記事」)。ここでは "my first solo byline" で「私の最初の単独での署名記事」で、名前を出して記事を書けるということは、補助役を卒業したということでもある。
そしてさらにこの "what may have been ~" という名詞節に、関係代名詞のwhichの節が続いている。
これがまた、長い。見ればわかる通り、ダッシュ(―)で挟んだ《挿入》があるので、そこを薄いグレーで表示して少しポイントを見やすくすると:
... which wound up being about the way the police and army were using that same site — the Egyptian Museum, a world famous landmark— as a makeshift prison and torture chamber.
ここはよほど英文を読み慣れている人じゃないと歯が立たないのではないかと思う。
"wound" は(あえてカタカナで書けば)「ウーンド」ではなく「ワウンド」と読み、windの過去形で、このwindは「ウィンド」ではなく「ワインド」と読むのだが、他動詞で「ねじを巻く」とか「~を巻き付ける」、自動詞で「曲がりくねって進んでいく」といった意味がある。教科書にも載っていがちなビートルズの The Long and Winding Road という曲にある "winding" がこれだ。
そして、"wound up" は wind up の過去形で、《wind up doing ~》は「結局~になる」「最終的に~というはめになる」の意味。これは《end up doing ~》と同義である。
下線で示した《the way S + V》は、「SがVするやり方」と直訳されるが、「どのようにSがVしていたか」と間接疑問のように日本語にすると収まりがよい。
つまり、リーアム・スタックさんが初めて署名入りで書いたNYTの記事は、取材したものを書いていったら、カメラを取り返しに行ったのと同じ施設(つまり、世界的に有名なエジプト考古学博物館)を、警察と軍がいかにして、臨時の監獄兼拷問部屋として使っていたかということについて書いたものになった、ということを述べている。
そして連ツイの最後:
As I interviewed torture survivors, I was rattled to hear one name keep coming up: the commander who let me go because I was a white foreigner, who fawned over my nieces, who told me I looked like my dad. We never knew his last name, but I believe we all called him Col. Ahmad
— Liam Stack (@liamstack) 2021年2月7日
文頭の "As" は、直後がS+Vの構造になっているから接続詞で、意味を考えるとここでは「~しながら」「~したときに」で、《時》を表している。
"I was rattled to hear one name keep coming up" は、けっこうてんこ盛りになっているのだが、ひとつひとつ見ていこう。まずrattleは、ガラガラヘビ (rattlesnake) の「ガラガラ」だが、ここでは動詞で「~をガタガタ言わせる」から転じた「~を精神的にゆさぶる」の意味。"I was rattled" という受動態で「私は心が落ち着かなかった」という意味になるのは、be surprisedやbe excitedの受動態表現を思い起こすことでしっかり記憶してしまおう。
それに続く "to hear..." は《感情の原因・理由を表すto不定詞》で、そのあとの "hear one name keep..." は《感覚動詞(知覚動詞)+O+動詞の原形》の形、さらに "keep coming up" は《keep doing ~》で「~し続ける」。
これをまとめると、「ひとつの名前が始終出てくるのを聞いて、私は心穏やかではいられなかった」となる。
そのあとのコロン (:) は、それまで述べていたことについて具体的な説明を加える用法で、「というのは」程度に解釈しておくとよいだろう。そのあとの部分:
the commander who let me go because I was a white foreigner, who fawned over my nieces, who told me I looked like my dad.
これは勢いのある記述で、先行詞の "the commander" を関係代名詞の節で次々と説明している。「私が白人で外国人だったから立ち去らせたあの司令官、私の姪たちについてお世辞を言ったあの司令官、私が父親によく似ていると言ったあの司令官」。
2月のタハリール広場で、アメリカ人のジャーナリストにそんなふうにくだけた調子で接していた司令官は、3月に拘束したエジプト人の反軍政抗議デモ参加者を、博物館で拷問していたわけだ。
最後の文:
We never knew his last name, but I believe we all called him Col. Ahmad
「その司令官のラストネームは最後までわからなかったが、みながアハマド大佐と呼んでいたと思う」。
アラブ(アラビア語圏)の人名のルールは、西洋諸国とも日本などとも違っていて少し複雑なのだが、現代においてはほぼ「ファーストネーム(名)・ラストネーム(姓)」という考え方でよいという。Mohamed ElnenyさんならファーストネームがMohamed, ラストネームがElnenyということになる。
だからこの司令官は、「アハマド・なんとか」氏なのだが、その「なんとか」の方はわからずじまいだった、ということだ。
何とも言えない後味を残す連ツイである。ムバラク退陣後のエジプトで、西洋人でも連行されて拷問された人はいるし、中には殺されて道端に捨てられていた人もいる。だからスタックさんのこの連ツイには下記のような反応がある。
This last tweet gave me shivers. I am so glad you are okay, so grateful you keep telling these stories. Sending hugs 🤗
— Mai El-Sadany (@maitelsadany) 2021年2月7日
Yeah remembering all this gave me shivers too. I have so many memories from back then that I don’t think about often tbh. What a momentous time that was, for all of us.
— Liam Stack (@liamstack) 2021年2月7日
I can only imagine. My biggest fear sometimes is forgetting or those memories being lost, but I also know how difficult it is to remember.
— Mai El-Sadany (@maitelsadany) 2021年2月7日
※最後のツイート3件貼り付けのセクションを除いて4000字
サムネ: