Hoarding Examples (英語例文等集積所)

いわゆる「学校英語」が、「生きた英語」の中に現れている実例を、淡々とクリップするよ

形容詞+to不定詞, 前置詞+関係代名詞, let alone, など (ドナルド・ラムズフェルドが法の裁きを受けることなく安らかに死んだ)

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今回の実例は、ある著名な人物の訃報を受けて書かれた激烈な文章から。通例、著名人の訃報を受けて書かれるのは「オビチュアリー (obituary)」で、当ブログでもいくつかオビチュアリーは読んでいるが、今回の文章は書き手も掲載媒体もそのようには位置付けておらず、「政治面」の「オピニオン」になっているし、実際に内容もオビチュアリーとはかけ離れているので、当ブログでもオビチュアリーという扱いはしないでおく。

というか、私自身、この人物には、生きていようと死んでいようと一切の敬意めいたものは示したくない。「おくたばりあそばした」という日本語表現から敬意表現を抜き去った語で語るべき人物だと思っている。私は日本語話者だからそういうふうに思うのだが、英語圏でも同じような反応が多く、特に米国で、この人物の訃報に際しては、定型文の「お悔み」でさえ、私に見える範囲には出ていなかった(まあ、米共和党界隈をフォローしていれば見える世界が違うのかもしれないが)。その点は、元米軍人(イラク戦争従軍)でジャーナリストのアンドルー・エクサムさんの下記の言葉が端的に言い表していると思う。

「自分の中のプレスビテリアン(長老派教会の信徒)は、側近やご家族の方々に喪失を受け止めるだけの時間を持っていただきたいと思っているが、イラク戦争にいった退役軍人としては、そういった人々のツイートやメッセージを眺めては、さんさんと輝く太陽の下にうわーっと飛び出していきたい気持ちに駆られる。その両者のせめぎあいが自分の中で」というような意味の文面である。

エクサムさんは、誰のことを言っているのか、名前に言及することもなくそう書いているのだが、この日、イラク戦争に行った元軍人にこう書かせうる人物の死はひとつだけであった。

ドナルド・ラムズフェルドだ。

訃報を聞いた7月1日はいろんなことが思い出されてフラッシュバックやら不快感やらで苦しかったのだが、そういう中で「ですよねー」という思いに駆られながら一気に読んでしまったのが、スペンサー・アッカーマンの「オピニオン」記事だ。今回、実例として見るのはその記事。こちら: 

www.thedailybeast.com

アッカーマンという人の書く文章は決して平易ではなく、むしろ読むのがかなり難しいと私は思うのだが(そういう書き手は何人かいて、例えばナオミ・クラインもそう)、非常に熱量の高い文章で、 問題意識を共有していれば一気に読めてしまうと思う。逆にいえば「ラムズフェルドって何やった人ですか」みたいな距離感の人には、漠然としている上に難解で、ちょっと厄介かもしれない。無理に読めとは言わない(これを読むためにラムズフェルドがどんな奴だったかを調べろというのも、酷な話かなと思うし……。ただし米国の現代史や21世紀の国際関係・国際政治・地政学などに関心を持っている人は、ラムズフェルドについて知ることは必須だが)。

実例として見るのは2番目のパラグラフ。

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https://www.thedailybeast.com/donald-rumsfeld-killer-of-400000-people-dies-peacefully

のっけから難しい単語が出てくる。

"actuarial" は、英和辞典を参照すると、「保険数理士の; 保険統計の」という語義が与えられているが、これはそのままでは使えない。その日本語自体の意味がよくわからないという類の用語(専門用語)だし、それにこの文章は「保険」や、保険につきものの「リスク評価」とは関係がない。

そういうふうに、英和辞典ではらちが明かないときにどうするかというと、一般的には英英辞典を参照するのだが、このケースでは英英辞典を参照してもよくわからない。

こういうときに役立つのがシソーラス類語辞典)だ。"actuarial" という形容詞では「類語なし」と出るので "actual" で参照すると、"certain, definite, physical, substantial, substantive, absolute, authentic, categorical, concrete, confirmed, factual, ..." といった語が並んでいるのが確認できる。

www.thesaurus.com

 

これでだいたいのイメージはつかめるだろう。保険金を請求するとき(あるいは算出するとき)に使うような具体的で正確なデータ、というイメージだ。だから、 "An actuarial table of the deaths" は「死亡者についての具体的で正確なデータの一覧 (table)」という意味になる。

単語の解説から始めてしまったので前後するが、この文の構造は次のようになっている。太字にしたのが文の骨格だ。

An actuarial table of the deaths for which Donald Rumsfeld is responsible is difficult to assemble.

「死亡者についての具体的で正確なデータの一覧は、まとめる(作成する)のが難しい」という意味。

この "difficult to do ~" は、「~することが難しい、~しづらい」の意味。江川泰一郎『英文法解説』ではp. 100で取り上げられている。詳しく見たいのはやまやまだが、当ブログの上限字数4000字のところ、本稿既に3900字になっているので端折っていく。

 

主語と述語動詞の間に入っている "for which Donald Rumsfeld is responsible" は《前置詞+関係代名詞》の形で、先行詞は "the deaths" である(関係代名詞の構造でない形にすると、 "Donald Rumsfeld is responsible for the deaths." となる)。

つまり文意は「ドナルド・ラムズフェルドが責任を負っている死亡者についての正確なデータ一覧は、まとめることが難しい」。

パラグラフの最初でそう述べたあとで、具体的な説明が続いている。そう、英語の《トピック・センテンスに続いて、サポート・センテンス》の構造である。

In part, that’s a consequence of his policy, as defense secretary from 2001 to 2006, not to compile or release body counts, a PR strategy learned after disclosing the tolls eroded support for the Vietnam War.

この文も、読むのは読めるんだけど、解説しようとするとなかなかに難物だ。文章を書きなれている書き手のこなれた文というか、省略とかがあってイレギュラーな形になったものだから。

最初の "in part" は成句(熟語)で「部分的には」。言い換えると「以下で述べることが全部ではないが」という意味で、文脈や翻訳の仕方によっては「まずは」「第一に」といった訳語を当てるのが適切な場合もある。今回のこのケースもそうだろう。

字数が既に4300字になっているのでスピードアップしていくと、"that’s a consequence of his policy, as defense secretary from 2001 to 2006" がひとまとまりで、「それは、2001年から06年まで国防長官であった彼の政策のひとつの結果(結果のひとつ)だ」。ここで "a consequence" と《不定冠詞+単数形》になっているのは、この上の部分(文章の第1パラグラフ)に "Rumsfeld escaped the consequences of decisions he made" とあるのとつながっている、という読みをしていかなければならないのだが、大学受験レベルではそこまでは必要ないだろう。

で、そのあとの "not to compile or release body counts" は「死者数の数値をまとめないこと、あるいは公表しないこと」の意味で、《to不定詞の名詞的用法》だが、ということはつまりこの "that's ... not to do ~" は "it's ... not to do ~" の《形式主語》の構文の変形といえるということで、なぜこういう文体なのかなど考えていたらたぶん4000字どころか40000字を超えてしまうから飛ばす。既に4900字なんだけどね。

そしてそのあとの ", a PR strategy learned after disclosing the tolls eroded support for the Vietnam War" は、《コンマ》を使った《同格》の表現で、「死者数の数値をまとめないこと、あるいは公表しないこと、すなわち、死者数を公開したことでベトナム戦争への支持が激減したあとに、学習された、PR戦略」と直訳できる。

このへん、イラク戦争当時にさんざん指摘されていたことで*1、私個人にとってそれを思い出すことはたいへんにつらいことなので、とにかく飛ばす。こうやってアッカーマンがこのことをさらっと「過去の事実」として書いていてくれることには、救いを見る気持ちである。

そのあと、このパラグラフの最後の文: 

As a final obliteration, we cannot know, let alone name, all the dead.

ここでも単語が難しいのだが、 "obliteration" は「抹消」とか「削除」といった意味で、アッカーマンがここで "as a final obliteration" と書いているのの意味は、実は日本語にできるほどはよくわからない。訳せと言われたらここだけで数時間を費やして検討するレベルだと思うが、当ブログは訳すことがテーマのブログではないから先に行く。もう5600字超えてるし。学生さんは先に行かずにどんどん深掘りして検討して精読していってください。

で、その意味のつかみづらい前置きの語句に続いている主文、 "we cannot know, let alone name, all the dead."  だが、はい、出ました《let alone》。これについては過去に説明したものを読んでいただくとして、この文の文意は、「私たちは、死亡者すべて(死亡者の総数)を知ることはできない。ましてや、一人一人の名前を特定することなどできない」。

と、ここまで苦労して読んできたのだが、そのあと、上記キャプチャ画像のすぐ外側で

But in 2018, ...

と "but" という論理マーカーが出てくるので、ぶっちゃけ、今回苦労して読んだこの部分は、文全体としては精読しなくてよい(ざっくり読みしてよい)箇所でした、ちゃんちゃん、という結論になる。そういうところがとても難しいのが「こなれた文章」にはありがちなことだが。

 

しかし、こうやって分析的に見てみると、すごい熱量だね、この文章。

読んだらある意味での「癒し」にはなったから、ラム爺への怒りを忘れていない人には特にご一読をお勧めしたい。スペンサー・アッカーマンがいてくれてよかった。

 

 

 

アッカーマンの近刊。個別の記事でなく本だったらもう少し読みやすい文になってると思う。

 

*1:そして無理筋からの反駁が無数に湧いて出て、そういった反駁の多くが「言葉尻をとらえた揚げ足取り」のレベルで、非常に消耗させられた。