Hoarding Examples (英語例文等集積所)

いわゆる「学校英語」が、「生きた英語」の中に現れている実例を、淡々とクリップするよ

if節のない仮定法, 仮定法過去完了, など(亡くなったパット・ヒュームさんを悼む言葉)

↑↑↑ここ↑↑↑に表示されているハッシュタグ状の項目(カテゴリー名)をクリック/タップすると、その文法項目についての過去記事が一覧できます。

今回は、前回の続きで、逝去したパット・ヒュームさん(北アイルランド和平で最も大きな役割を果たし、ノーベル平和賞を受賞した故ジョン・ヒュームSDLP党首の配偶者)に捧げられた言葉から。コンテクストなどは前回のエントリをご参照いただきたい。

hoarding-examples.hatenablog.jp

パット・ヒュームさんは政治家ではなかったから、表に立って何かを発言するということは、夫が病気になってから夫のことを語るような場合をおいてはほとんどなかったが、北アイルランドの人々には広く知られ、敬愛を集めた人だった。それが北アイルランド独自の「宗派による分断(セクタリアニズム)」も超えていたことは、前回のエントリで見た元UUP所属で、現在はDUPの党首となっているジェフリー・ドナルドソンの言葉で明らかにされていた通りである。

前回は本当はドナルドソンの言葉を前置きに、現在のSDLP党首であるコルム・イーストウッドの言葉を取り上げようと思っていたのだが、途中で力尽きてしまったので、今回はそこから。

コルム・イーストウッドは1983年生まれと、北アイルランド紛争終結したときにまだティーンエイジャーだった世代の政治家で、1940年より前に生まれているジョン・ヒュームの世代(60年代公民権運動の時代に指導的立場にあった世代)とは親子以上に離れているが、……ええと、ここまで打鍵して、ちょっとお茶入れに立ったら何を書こうとしていたのかを忘れてしまったので先に行く。

イーストウッドがここでツイートしているのは、ツイート内のリンク先にあるSDLPのサイトに掲示されている、党首として公式のステートメントの書き出しの一節である。

www.sdlp.ie

Without Pat Hume, there would have been no peace process in Ireland, that’s the simple truth.

接続詞の使い方(というか句読法という解釈もできる)がややカジュアルな、日常の物言いそのままになっているので、より規範的な書き方にすると: 

Without Pat Hume, there would have been no peace process in Ireland, and that’s the simple truth.

太字で示した部分が、お手本のような《if節のない仮定法》になっている。ここでは《仮定法過去完了》だ。文意は「パット・ヒュームさんがいなかったら、アイルランドには和平プロセスは存在していなかったでしょう。そしてそのことは、単なる真実です」。

ひとまとまりの文章としては、この文が全体の《トピック文》となり、そのあとに《サポート文》が続く、という形になっている。

第2文: 

The compassion, integrity and immense fortitude ( that defined her incredible character ) breathed life into our peace. 

下線で示した部分が主語で、この中に含まれる "that" は《関係代名詞》。この関係代名詞の節は、カッコで示した通り。太字が述語動詞である。

文意は、直訳すれば、「彼女の素晴らしい人格を定義した、思いやりの心*1、ブレのなさ*2、そして絶対にくじけない強さ*3は、私たちの平和に生命を吹き込みました」。

つまり、北アイルランド和平が、単なる武装組織の暴力を巡る駆け引きと、停戦によって生じたマネー(援助金)の分捕り合戦に終わらず、そこで生活している人々に実際に実感されるような血の通ったものとなったのは、パットさん(のような人々)がいたからだ、ということを、北アイルランド和平プロセスの中でその恩恵を受けつつ10代後半以降を過ごしたイーストウッドは言っている。

ツイートでは字数制限のためにこれだけしか書かれていないが、SDLPのサイトでは、この文は次のようになっている。

The compassion, integrity and immense fortitude that defined her incredible character breathed life into our peace over the course of a long campaign that, at times, must have looked like it would never bear fruit. She never gave up faith.

つまり、「ときとして、結局実を結ぶことなどないのではないかと思われていたに違いない長きにわたる取り組みの最初から最後までにわたって、(私たちの平和に生命を吹き込んできた)」ということ。「彼女は決して、信念を捨てなかった」

そしてこのあと、ジョン・ヒュームという政治家にとって、パットさんという伴侶がどのような存在であったかが述べられている。ジョンも不屈の信念の人であったが、あの激しくて難しい時代に彼が不屈でいられたのは、パットという伴侶があってのことだった。

パットさんの訃報で、どっと流れてきた言葉に接して、私はキリスト教世界でいう「アイテム item」という考え方*4をかみしめている。夫婦は最初に1つのitemとして神によって作られたものが、この世に生まれるときに2つに分かたれ、そして再び1つになっているのである、という世界観。夫婦の一方はもう一方のことを「(私よりも)優れた片割れ better half」と呼ぶ。「パートナー partner」という言葉にもその世界観は現れている。

カトリックの世界観でいえば、今ごろお二人は天国で再会し、昔のように笑いあっているであろう。

パットさんの訃報で、報道機関のアカウントも個人のアカウントも、まるでそうするのが当然であるかのように、ジョン&パットのヒューム夫妻の写真をツイートしている。そのことは、「妻は夫の添え物である」という位置づけのように見えるかもしれないが(私が10代、20代のころならそう解釈していただろう)、おそらくそうではない。このお二人は、デリーをはじめ北アイルランドの人々にとって、本当に、二人でひとつだったのだろう。

 

もうひとつ、ヒューム夫妻のウィットを伝えて面白かったのがBBCのマーク・シンプソン記者のツイートだ。

「ヒューム・アダムズ交渉」というのは、SDLPのヒュームと、シン・フェイン(つまり「IRAの政治部門」)のジェリー・アダムズの間で、もろもろ明らかにせず(明らかにすれば妨害が入り、どちらも暗殺の危機にさらされるようなとても危険な取り組みだった)進められていた交渉のことだ。この交渉と、それぞれの党内での説得が結実して、1994年のIRA停戦が実現する。北アイルランドの和平プロセスはそこから始まった。

そういう交渉だが、進められていた当時はうまくいくかどうかなど誰にもわかっていなかったし、むしろうまくいくと思っていた人は少なかったかもしれない。そういう中で、新人の駆け出しBBC記者が、デリーのジョン・ヒューム宅にマイク持って押しかけていったわけだ。応対に出たパットさんは、それを門前払いするのではなく、どうぞお入りになってと招じ入れ、お茶を出し、夫に「あなた、お話しなさったらいいじゃないの」と進言してくれた……そして、ヒューム・アダムズ交渉に関わらないことなら何でも話す、という条件で、新人記者は1時間のインタビューをものにした、と。

こうやって、思い出話をすることで、故人を送る。アイルランドの「ウェイク wake」である。

1993年に自宅に押しかけて1時間のインタビューをものにしたBBCの新人記者は、ジョン・ヒューム認知症が進行して公の場に姿を見せなくなっていた2018年に、BBC NIの主力記者として、パットさんのインタビューを行っている。

 

 

※4580字

 

f:id:nofrills:20210916194738p:plain

https://twitter.com/columeastwood/status/1433503787663175680

 

 

*1:compassionは、「passionをともにすること」の意味で「共感」の意味だが、より具体的にいうと「他人のことをわがことのように受け止めること」の意味であり、日本語の「思いやり」と対訳の関係にある、というのが、英文和訳の教科書的な解説である。

*2:integrityは「一貫性」だが、今の日本語でより浸透している表現では「ブレないこと」になるだろう。

*3:fortitudeは「不屈の心」みたいな意味で、「砦、城砦」の意味のfortと同じ系統の語。

*4:「考え方」などというと、キリスト教の信者の方には不快かもしれないが、説明の都合上のことなのでご海容を。