このエントリは、2020年5月にアップしたものの再掲である。
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今回も前回の続き。いわゆる「リーディング教材」のようにして、ニューヨーク・タイムズの特集記事を最後まで見ていくことにしよう。この記事を通じて、「アメリカ合衆国」という国の範囲の広さも読み取ることができるので、今回はその視点で読んでいく。
記事はこちら:
ニューヨーク市のデイヴィッド・トレンさん(94歳)は特許を専門とする弁護士で、ナチスに略奪された家族の絵を取り戻した。
ナチスの略奪絵画を、元の持ち主の家の人たち(遺族、子孫)が取り戻したケースについては、書籍や映画も多くある。下記は、ヘレン・ミレン主演でクリムトの名画をモデルとなった女性の縁者が取り戻す過程をドラマ化した作品。
ニューヨーク市のNoach Dearさん(綴りを見ただけではお名前の読み方がわからないことも、さまざまなルーツの人が住んでいるアメリカにはよくある)は66歳。「戦闘的な市(区)議会議員にして判事」。イリノイ州マックヘンリーのマーサ・セリフィさんは「現代のルネサンス人」。多芸多才で万能だったのだろう。
Now, for most of those who died in the past few months, there were no large gatherings of consolation and recited prayers for peaceful rest.
下線で示した《most of ~》は「~のほとんど」。
太字で示した《those who ~》は「~する人々」。このフレーズは、必ず次の例文で覚えるはずだ。
Heaven helps those who help themselves.
(天は自ら助くる者を助く)
これはサミュエル・スマイルズという19世紀英国(スコットランド)の著述家が "Self-Help" と題した自著の最初に書いた言葉だが、元はイソップ童話にあるという。詳細は下記ウィクショナリーなどを参照。
引用した部分の文意は「この数か月に没した人々のほとんどにとっては、大人数での追悼の集まりや、安らかな眠りをという祈りの朗誦はなかった」となる。もっとわかりやすく言えば、大人数が集まって葬儀や埋葬の儀式をすることはなかった、ということだ。
これは次のパラグラフ、"Every death notice, virus-related or not, ..." で詳しく説明されている。これもまた、この前説明した「トピック・センテンス」と「サポート・センテンス」の構造である。「ウイルスと関係がある場合もそうでない場合も、死亡告知記事はすべて、健康上の懸念と人が集まることが制限されている現状から、葬儀は行われません。お別れの会については後ほど告知いたします、という一文で結ばれている」という文意。
そのあとはオンラインでのヴァーチャルな、もしくはリモートでの追悼の催しや、実際の棺の埋葬に、お墓の周りにではなく離れたところに停めた車の中で立ち会うことについて述べている。
地の文の背景に表示されている死者のプロフィールに、91歳のリリアン・キムラさんという方の名前がある。「第二次世界大戦中、家族とともにマンザナールに強制収容されたときは13歳だった」。日系人の強制収容の体験者だ。
... the suspension of our familiar rituals of burial or cremation reflected what life in a pandemic has been like.
《what ~ is like》は「~はどのようなものか」。ここはisのところが現在完了になっている。「なじみ深い埋葬・火葬の儀式が停止されていることは、パンデミックのなかの生活がどのようなものであるかを反映している」。
つまり「明確な終わりがない。死者でさえ、(追悼されるのを、後日改めて開催されるお別れの会まで)待たなければならない」。
この、「今すぐに終わりにできないこと、つまり結論が出せないこと、解決しないことが多い」という流れで、次のセクションに移る。「なぜ」の疑問文が続く。
These questions of why and how and whom will be asked for decades to come.
太字で示した部分は《to不定詞の形容詞的用法》で、直前の "decades" を修飾している。この《~ to come》という表現は「来たるべき~」「この先の~」の意味。
「なぜこのようなことが2020年の米国で起きているのか。なぜこのウイルスで、人口比でみたときに不均衡な割合で、黒人・ラティーノが多く犠牲になっているのか。なぜ高齢者施設への打撃がこんなに大きいのか。なぜ、いかにして、誰がというこういった問いは、この先何十年間も問われ続けていくだろう」
10万人という死者数は、ベトナム戦争からイラク戦争までを合わせたアメリカの戦争での戦死者数を上回っている。
「多くの国々を訪れた」人、「友人や近所の人たちの犬の訓練をしてくれた」人。作曲家だったり議員だったりナチスの犯罪と闘った人だったり戦争の経験者だったりしなくても、誰も、何も書くことがない人などいない。
そのベトナム戦争からイラク戦争までの戦死者を合わせたより大きな数である「10万」について、「どんな場合にも区切りとなる数字だ」と記事は続ける。
「家の車の走行距離メーターが10万を突破し6桁になったらお祝いする。町の住民が10万人になれば、立派な都市という感じがする。テキサス州サンアンジェロ、ウィスコンシン州ケノシャ、カリフォルニア州ヴァカヴィル」
「2020年があけたときにはここにあった人口10万の都市が、今では地図から拭い去られてしまった、それを想像してみよう」
「友達といっしょにいることを好み、音楽を聴くことを好んだ」、「母として愛され、祖母として、曾祖母として、曾々祖母として愛された」、「マンハッタン計画に従事した」
「彼女の作るバクラヴァ(ピスタチオを使った中近東・トルコ・ギリシャのお菓子)は本当に最高においしかった」、「夫とともに、傾きかけていた酪農業を立て直した」、「サンドストン・ガーデン・クラブの長年のメンバーだった」、……
「写真がとても上手く、ラジオ・オペレーターで、音楽の才能もあった」、「数えきれないほどの時間を、友人たちにウォータースキーを教えて過ごした」、「愛情にあふれた専業主婦」、「動物なら何でも好き」……
「ビーチでまったり過ごすのが好きだった」、「多才な女性」……
右下に表示されている日付が5月になり、数字が7万台の後半になる。
「あのアイルランドのウィットの持ち主」、「カブスカウトの面倒を見た」、「生産部長」、「食堂のオーナー」、「最後まで看護師だった」、「野球好き」、「トランプのユーカーをするのが好きだった」、「海の上に満月がのぼるのを見ているのが好きだった」、「ああ、この人の料理ときたら、絶品だ」
Man, could she cook.
"Man" は《感嘆》を表す語で「ああ」とか「おお」とか「すごい」とか。"could she cook" は最後が疑問符なら疑問文だが、ここは《感嘆》の気持ちでの《倒置》である。
「女性として初めて選出された」、「第二次世界大戦中にFBIで働いていた」(!)……
「水はプールの中だけ、というときのあの声を忘れない」、「劇場でさまざまな役を演じた」、「いつもダンスフロアには一番乗りしていた」、「パーティーの盛り上げ役」、「いつも与え返してくれた」、「ループタイとサスペンダーを好んでいた」……累積死者数は8万を突破した。
42歳のオスカー・ロペス・アコスタさんは入管当局から身柄を解放された後に亡くなった。彼は「アメリカの住民」になれていたのだろうか。
Her famous quote was "I am as good as you are, as bad as I am."
ニュージャージー州ティントン・フォールズ在住のナンシー・テイラーさん(85歳)が言っていたというこの言葉、《as ~ as ...》の同等比較の構文だが、謙虚で他人思いのお人柄がとてもよくわかる言葉である。直訳すると「私はあなたと同じくらいよく、私と同じくらい悪い」だが、要するに「私の長所はあなたも持っている。私の短所は私のもの」ということだ。
イリノイ州エヴァンストンのメアリ・サンチャゴさんは44歳。「母親であることが好きだった」。
この間、地の文はしばらく浮かび上がってきていなかった。その分、読者の意識は「背景」に表示されているひとりひとりに向かう。
そこにまた、地の文が浮かび上がる。
「軍隊で勲章を与えられた」、「陸軍女性部隊で活躍した」、「アンドレア・ドーリア号沈没の生存者」、「スペシャル・オリンピックスに出場した」、「アメリカン・ドリームを実現させるために移民してきた」、「テニスンの詩を暗唱していた」……
'Tis better to have loved and lost
Than never to have loved at all.
そして、言葉が途切れる。スクロールダウンしても言葉は出てこない。右下に表示されている数値は増える。言葉を添えられていない人の姿だけが続く。
そして再び言葉が表示される。
この特集記事のずっと上の方にあった "A number is an imperfect measure when applied to the human condition." という言葉が、こうして繰り返される。
言葉のない沈黙のなか、右下の数字だけが増えていく。
2020年5月27日、米国での新型コロナウイルスによる死者数は10万人を突破した。
100,000 people have now died in the U.S. from the coronavirus.
— The New York Times (@nytimes) 2020年5月27日
We highlighted 1,000 of them this week — their names and their stories. https://t.co/PILnDapjLI
100,000 Americans are gone. They were our brothers and sisters. Our friends and neighbors. They were more than a number. They were people we loved. And too many of them could have been saved if our federal government had just done more. https://t.co/sjWPnZfjkd
— Elizabeth Warren (@SenWarren) 2020年5月27日
"It's hard to say good evening tonight," starts @AndersonCooper, reflecting on the US passing the milestone of 100,000 Covid-19 deaths.
— Anderson Cooper 360° (@AC360) 2020年5月28日
Evaluating the President's stance on testing and masks, Cooper suggests Trump "might try a transition... to decency, empathy, and competence." pic.twitter.com/oz4K30Usdg
日々を数え、知恵の心を得よう。この大きな苦しみが無意味に過ぎ去ることを許してはいけない。