今回は変則的に。
今日、2021年10月7日はノーベル文学賞の発表の日だ。私は今日のブログ(昨日の続き)を準備しながら、受賞発表の予定時刻(日本時間で午後8時ごろ)からガーディアンのライヴブログを見ていた。そして、受賞者が発表されたあとにTwitterの画面に流れてくる各報道機関のフィードを見て、それを書き留めておかねばと思った。
今回はそのログを貼り付けておく。
ちょうど、数日前に今年の物理学賞を受賞なさったシュクロウ・マナベ(真鍋淑郎)博士が、日本の報道機関によって「日本人受賞者」(あるいは「日本の受賞者」)に数えられるのは、米国の国籍を取得した博士が日本国籍を放棄している以上、おかしいのではないか、というethnicityとnationalityをめぐる指摘がなされている*1タイミングで、マナベ/真鍋博士よりもより先鋭的な事例が、今度は英語圏で、おそらくかなり無感覚な環境の中で生じている。それについての小さな観察記録だ。
今年のノーベル文学賞受賞者は、Abdulrazak Gurnah(アブドゥルラザク・ガーナーグルナ)という小説家だ。1948年、当時は英領だったザンジバル生まれで、現在は、というかここ50年以上は英国を拠点としていて、外国語としての英語を習得し、それで小説を書くようになったばかりか、英語の教授として英国の大学で教えていた人だ。とても「英国っぽい」――とここまで書いたところで大きな地震が起きてばたばたしてしまったので、このあとは単にツイートの貼り付けだけ。
【補記】本稿アップ時は、Gurnahという名前の読みを「ガーナー」としていましたが、音声素材により「グルナー」もしくは「グルナ」であることを確認したので、その旨、修正できる範囲で修正しました。Twitterのログの分は修正できないので、その点お含みおきください。【補記ここまで】
https://t.co/KhyjmT1Abc 現時点でウィキペディアに日本語版エントリなし。中国語はある。1948年ザンジバル生まれで現在の拠点は英国。自身「難民」で、ノーベル委員会ではその視点を評価して今回の受賞となったようだが、この人をメディアがTwitterフィードでどのように描写しているか。簡単なthread https://t.co/9NhTGY7APV pic.twitter.com/f7QXfrvFOg
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年10月7日
2 まず、ザンジバル自体がそんなに単純ではない。https://t.co/adE7magsK7 "1963年12月のザンジバル王国のイギリスからの独立と、翌1964年1月のザンジバル革命を経て同年4月にタンザニアに合流した後、アフリカ本土のタンガニーカから強い自治権を確保したザンジバル革命政府によって統治されている。"
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年10月7日
3 https://t.co/KhyjmT1Abc アブドゥルラザク・ガーナーが英国に渡ったのは1968年(ザンジバル王国の英国からの独立の5年後)。ウィキペディアがソースとしているブリティッシュ・カウンシルの記事でも "as a student" と書いてあるので留学生のステータスで渡英したのだろう。
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年10月7日
4 そのあとは、イミグレの制度も現在とは違うから詳細がわからないと「難民申請・認定」というプロセスを経ているのかは何ともいえないが、カンタベリーの大学で学位を取ってから1982年にケント大でPhDを取得、現在は同大教授。1980年から82年はナイジェリアの大学で教えていた。(ソースはウィキペ)
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年10月7日
5 というわけで、ザンジバル生まれで、20歳ごろに渡英して以降50年以上英国を拠点としている人だが、この人を報道機関のフィードではどう位置付けているか、目にしたものを拾うだけだが、まずアルジャジーラは "Tanzanian": https://t.co/76Pho1wHXI これを「タンザニア人」と日本語にできるのか?
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年10月7日
6 米CNNは "Zanzibar-born": https://t.co/4TScgjXjuI 「ザンジバル生まれの、ザンジバル出身の」
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年10月7日
7 米ワシントン・ポストは "Tanzanian": https://t.co/W80rx2Tqhd アルジャジーラと同じ。
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年10月7日
8 ノーベル賞のアカウントでは、https://t.co/xkUjTHYywj "born... and grew up on the island of Zanzibar but arrived in England as a refugee", つまり「ザンジバルで生まれ、青年期までを過ごして、難民としてイングランドに渡った」という記載で、「〇〇人」的な言葉遣いはしていない。
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年10月7日
9 ブルームバーグも "Tanzanian": https://t.co/aakHbcg3On しかし、ザンジバル(島)生まれのザンジバル育ちで、大学でイングランドに渡ったのなら、タンザニア(本土)での生活の経験はないのではないか。にもかかわらずいくつものメディアが彼をTanzanianと呼んでいる。
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年10月7日
10 一方、Twitterフィードではそのような「〇〇人」という形容詞を使った記述をせず、何も説明しないか、単に「小説家」としている例も散見される。例えばFrance24: https://t.co/kvpqvqaGK8 AFPもそうしているのかもしれない(要確認)
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年10月7日
11 米NBCニュースも、Twitterフィードでは「〇〇人」という表現を使っていない: https://t.co/KMpKzRH7bp 記事自体はロイターの配信記事で、記事の中にも「〇〇人」という表現は見られない(目視での確認につき、見落としの可能性あり)。
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年10月7日
12 ご本人が拠点とする英国のBBCはというと: https://t.co/kvtbNV9snd Twitterフィードでは「〇〇人」の情報はないが、記事本文は書き出しが "Tanzanian novelist Abdulrazak Gurnah has been awarded the 2021 Nobel Prize for Literature." だ。
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年10月7日
13 米NPRも "the Tanzanian novelist Abdulrazak Gurnah": https://t.co/Y6jcH8Zr7N (ここで「うぬぬ、定冠詞……」と脱線しそうになるのを必死で食い止めて先に行こう)
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年10月7日
14 最初のフィードでは "Tanzanian" としていたブルームバーグ(本スレ9番)も、後追いではもう少し繊細な書き方をしている: https://t.co/WNqff4yz1F "Novelist Abdulrazak Gurnah, who was born in Tanzania and lives in the U.K., ..." だが彼が生まれたときのザンジバルはタンザニアだったのか?
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年10月7日
15 目にするものはかたっぱしからメモしているので同じものもいっぱいあってうるさいかもしれないが、USA Todayは "Tanzanian writer Abdulrazak Gurnah": https://t.co/VSOoKEOH4j 米国の報道機関のフィード見てると「その点について一切迷いなどありませんが何か」って言われてる気分になるな。
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年10月7日
16 米ABCも "Tanzanian writer Abdulrazak Gurnah": https://t.co/ycjcCF0PgA ここは "the legacies of imperialism" という用語もなかなか尖ってる(colonialismじゃないんだ……)。
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年10月7日
17 ここまで、Twitterの /events/ のページ: https://t.co/qJXtHwIEao ここで見つかったものを見てきたのだが、例によってアルゴリズム的に「ネット上のアメリカ」になってるので、受賞者が拠点とする英国や、タンザニアでの報道は、BBC以外はいちいち探しに行かないと見当たらない。
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年10月7日
18 ガーディアン。フィード見に行ったら2件あったんだけど、どちらもTwitterフィード本文には「〇〇人」の記載はなく、フィードされている記事に "the novelist from Zanzibar" (via https://t.co/2vPg6GJAF1), "the Tanzanian novelist" (via https://t.co/vywQW0kj2E) と。 pic.twitter.com/KqVciGmroR
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年10月7日
19 インディはフィードが "Nobel Prize for Literature 2021 awarded to Abdulrazak Gurnah": https://t.co/Ic6KWIkwV8 リンク先記事では "Nobel Prize for Literature 2021 awarded to Zanzibar-born novelist Abdulrazak Gurnah" が見出しで、リード文が "UK-based author, who came to England ..."
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年10月7日
20 インディのこの記述は、氏の拠点がイングランドだから "UK-based" で違和感ないけど、仮に氏の拠点がウェールズやスコットランドだったらと考えてしまうし、北アイルランドだったら普通にsensibleなメディアならUK扱いしない(そのくらいsensitiveなこと)、などと思ってしまうが、それは別の話だな
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年10月7日
21 インディ記事本文の記述が味わい深い。https://t.co/LdxzDOHXjl 'The Tanzanian, UK-based author won “for his uncompromising and compassionate penetration of the effects of colonialism and the fate of the refugee in the gulf between cultures and continents”.'
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年10月7日
22 タイムズのアカウントはノーベル賞のフィードが見当たらないですね。 https://t.co/4ob8O1oQuG あとで出るかもしれないのであとでチェック。
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年10月7日
23 テレグラフもnobelで検索してもフィードが出てこないですね。 https://t.co/aOmONeObG7 どういうことだろう。発表のときのノーベル賞報道をやめたのかな。
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年10月7日
24 https://t.co/KEJhbFmALk Abdulrazak Gurnah という文字列がTrendsに入ってくる頃合いになりました。
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年10月7日
25 https://t.co/YNHMSHsUKo BBC News Africaはタンザニアの国旗の絵文字をつけて "Tanzanian novelist Abdulrazak Gurnah" と書いている。
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年10月7日
26 というわけで、ガーナー氏はTanzanianであるという説明がものすごく多いと言えると思います。ひょっとしたら本人がそう呼ばれることを希望しているのかもしれないけど、渡英の背景を考えると、これは真鍋氏の受賞を「日本人が」と騒ぐのよりさらに深い問題なような気が。どうなんでしょう。
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年10月7日
27 真鍋氏については、日本が二重国籍を認めていない(他国籍を取得したら日本国籍を放棄することになっている)ことから、ethnicityかnationalityかの問題は非常にはっきり白黒つけられる単純な問題になっています。しかし世界の多くの国ではこのことはさほど単純ではない。
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年10月7日
28 これは翻訳者にはかなり切実な問題で、例えばIrishを「アイルランド人」と訳すかどうか、訳せるかどうかを調べるのに数時間かかることもあるんですが(例: Irish Americanは「アイルランド系アメリカ人」だけど、ボストンの街で "He's Irish" という言葉が出たという記述しかないときにどうするか)
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年10月7日
29 というところで、Abdulrazak Gurnah氏については、ノーベル賞サイトのbioを見るのが一番詳しかったりしそうです。 https://t.co/y0KxqoJdrx かなりボリュームのある記述で、文中にTanzaniaは2回しか出てこないし、Tanzanianはゼロ回です。
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年10月7日
「アブドゥルラザク・ガーナーは1948年生まれでインド洋に浮かぶザンジバル島で育ったが、1960年代末に難民としてイングランドに渡った。ザンジバルは1963年12月に英国の植民地支配から平和裏に解放されたが、その後革命が勃発、アベイド・カルメ大統領政権下、アラブ系市民は抑圧と迫害を受けるように
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年10月7日
……なった。虐殺も行われた。ガーナーは迫害を受ける側の民族集団の一員であり、学校を終えた段階で、家族を残し、そのころには新たに建国されていたタンザニア共和国から脱出することを余儀なくされた。18歳であった。それから1984年まで彼はザンジバルに戻ることができなかった」(私的な租訳)
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年10月7日
という人で、生涯の50年以上をUKのイングランドで過ごしているけれども、彼をBritishと描写する記述は目にしない。それはご本人が自分をそう位置付けていないからだろう。
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年10月7日
英語は母語ではない(ザンジバルでは使っていなかった)。亡命先の言語で書くようになった(そればかりかその言語で大学教授になった)小説家。そもそも「ザンジバル」は、この文脈(ポスト・コロニアル)でただの地名として流すわけにはいかない地名。
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年10月7日
https://t.co/y0KxqoJdrx ノーベル賞サイトのbio, 読めば読むほど「なんでこの人の作品を私はこれまで知らなかったのだろう」という気分に。これまで知らなかったことではなく、これから知ることを考えよう……(そして目に入るのは積読山)。
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年10月7日
https://t.co/y0KxqoJdrx このbio, 読みながら「コンラッドじゃん」って思ってたら、読み進めていったところにもろにそう書いてあって、あーはめられたって思った。
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年10月7日
ノーベル賞のサイトにあるグルナ氏のbioを読んでみてほしい。これ自体がひとつの「文学」になっている。読む者の中にある、読む者が既に知っていることを呼び起こしながら、別のうねりを作っていく。
今年のノーベル文学賞受賞者は「ザンジバル出身」の「タンザニア人」で「英国が拠点」だ。世界にはそういう人がいっぱいいる。私自身は日本生まれの日本人で日本が拠点だが、そういうふうなアイデンティティを持っていない/持たない人も世界にはたくさんいる。
それをつなぐものは何なのか、ということは、「文学」に求めていけるだろう。
World exclusive: Listen to our interview with 2021 literature laureate Abdulrazak Gurnah on the value that refugees can bring to a country. #NobelPrize pic.twitter.com/AkejPuzVjo
— The Nobel Prize (@NobelPrize) 2021年10月7日
【補記】本稿アップ時は、Gurnahという名前の読みを「ガーナー」としていましたが、音声素材により「グルナー」もしくは「グルナ」であることを確認したので、その旨、修正できる範囲で修正しました。Twitterのログの分は修正できないので、その点お含みおきください。【補記ここまで】