Hoarding Examples (英語例文等集積所)

いわゆる「学校英語」が、「生きた英語」の中に現れている実例を、淡々とクリップするよ

英語の文章がどのように推敲されるか, 分詞構文, 《結果》を表すto不定詞, 強調構文, など(コリン・パウエル元米国務長官死去)

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今回の実例は、報道記事から。

米国でジョージ・W・ブッシュ(GWB)政権下で最初の国務長官を務めたコリン・パウエルが死去した。イラク戦争のとき米政権中枢にいた米要人としては、7月のドナルド・ラムズフェルドに続く訃報である。パウエルは新型コロナウイルスのワクチン接種を済ませていたにもかかわらず、感染して*1合併症から亡くなったとのことだが、それにしても2001年のアフガニスタン攻撃から20年、2003年のイラク戦争からは18年という時間のことを考えずにはいられない。

2001年9月11日の米国に対する攻撃(いわゆる「米同時多発テロ」)以降、当時の米政権は何が何でもイラクを悪者として攻撃することに全力を傾けるようになった。なぜかは知らない。「GWBの父親がやった湾岸戦争(1991年)でやり終えていなかったことを息子がやるのだ」説など、当時いろいろあったことは覚えているが。

そのイラク攻撃のための理由というか口実が、「サダム・フセインイラクの大統領)は、湾岸戦争後の国連決議に違反して、大量破壊兵器 (weapons of mass destruction WMD) を密かに隠し持っている」ということだった。米国はその結論にあう情報を見つけて、国連安保理に持ち込み、「安保理が決定した制裁(軍事制裁)」としてイラクに対する武力行使を行うつもりだった(国連憲章第7章を参照)。しかし最終的に、国連安保理は米国(と英国)を支持しなかった。米国の言っていることには説得力がなかったのだ。こうして米英とそれを支持する国々が「有志連合 coalition」として、2003年3月20日バグダードに対する武力行使を開始し、翌4月9日にはサダム・フセインの政権は崩壊した。それで終わらなかったのがイラク戦争だが、今はそこまで書いている余裕はない。

国連安保理を舞台に、米国が「国際社会」を説得しようとして働きかけていたのは2003年2月。その山場がコリン・パウエルのスピーチだった。ドイツの媒体「シュピーゲル」英語版の記事(2006年のもの)に写真があるが、安保理で「サダムのWMD」について熱弁をふるうパウエルの姿を、私も、東京の自宅のテレビで見ていた(当時、本当に深刻な事態を招くかもしれず、回避するかもしれないという局面で、NHKの教育テレビが深夜の時間帯に安保理を中継していた。今なら、関心がある人はオンライン・ストリームで見ることができる)。

のちに、このときの米国の情報が信頼に足るものではなかったということがはっきりした後で、ネット上のどこかで、付箋紙を指でつまんで持って熱弁をふるうパウエルの写真に「大量破壊付箋 Post-it notes of mass destruction」とキャプションをつけた投稿を見て、私は力なく爆笑したし、コリン・パウエルといえばこの「大量破壊付箋」のイメージが真っ先に浮かぶようになってしまった。パウエルに思い入れのある人が聞いたら、きっと憤慨するだろう。

前置きはこのくらいにして、記事。著名人が亡くなると、英語圏の新聞ではまずは「死去を伝える報道記事」が出て、少し時間を置いてから「故人がどのような人だったのかを改めて語るオビチュアリー」が出るが、今回見るのは前者の方。

www.theguardian.com

「死去を伝える報道記事」にももちろん、故人がどういう人だったのかは書かれるのだが(オビチュアリーと違って「読ませる文体」ではないかもしれないにせよ)、今回実例として見るのはその部分から。

なお、記事自体がアップデートされているので、私がキャプチャを取った時点とは現在は文面が少し変わってしまっているということはお断りしておこう。

 

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https://www.theguardian.com/us-news/2021/oct/18/colin-powell-us-secretary-of-state-dies-covid-84

キャプチャ部分の最初の文:

Powell was America’s first Black secretary of state, serving in that role under George W Bush from 2001 to 2005.

ガーディアンは英国のメディアなので、用語法も基本的に英国式であり、この "Black" の用法も英国式である。米国ならAfricanなどと表記されるだろうが、英国の場合は「移民」の歴史の経緯が米国とは異なり、少なくとも20世紀後半以降の現代社会では、アフリカから来た人々と、西インド諸島から来た人々を区別して称する(前者はAfrican, 後者はAfro-Carribeanとなる)のが一般的で、その区別をしない場合、あるいは区別できない場合や、英国外の人についてなど区別しても意味がない場合はBlackという用語を用いる。これは、例えば南アジア人やアラブ人をBrownと呼んだり、東アジア人をYellowと呼んだりしないのと並べると奇妙に見えるし、特に米国の人からみたら差別的に映るかもしれないが、漠然とWhiteと言うのと同じように、漠然とBlackと言っているだけ、という用語法である。

これ、日本語から英語に翻訳するときに、チェッカーがアメリカ英語しか知らない人だと鬼のように直されたりするかもしれないんだけど、英国の文章では「Blackは失礼なのでAfricanに置き換える」ということはしないので、そのことはもっと広く知られてほしいと思う。

下線で示した "serving" は《現在分詞》で、《分詞構文》ととるのが自然だろう(後置修飾ではなく)。文意は「パウエルはアメリカ初の黒人の国務長官で、2001年から05年まで、GWBのもとでその役割でつかえた」と直訳される。

 

キャプチャ画像の第2文は、現在では大幅にリライトされて次のようになっている。

He rose to the heights of military and diplomatic service from relatively disadvantaged beginnings, having been born in New York City to Jamaican parents and raised in the South Bronx where he was educated through public schools before he entered the army via a college officer training program.

英語媒体のオンライン版では、報道記事がこのように、最初はざっくりとした記述だったが、その後具体的に書き改められる、ということはよくある。紙面ではスペースの都合もあるが、ウェブ版では書く必要があると考えられることはだいたい全部書くことができる。

この場合、「ニューヨークで生まれてブロンクスで育ち」というざっくりとした記述が、「ニューヨークでジャマイカ人の両親のもとに生まれ、サウス・ブロンクスで育ち」と具体化された上に、その出自が "relatively disadvantaged" なものであったことがトピック・センテンスとして与えられるというスタイルに変更されている。英語の文章の書かれ方という点でも、かなり興味深い実例である。

 

更新されたあとのガーディアン記事では、この次にジョー・バイデン大統領とカマラ・ハリス副大統領のコメントが挿入されている。

 

キャプチャ画像の第2パラグラフの最初の文: 

He rose to occupy the top military position in the US government as chairman of the joint chiefs of staff between 1989 and 1993.

太字にした部分は《結果》を表す《to不定詞の副詞的用法》。直訳すれば「彼は登って、~を占めた」となるが、読みやすく普通の日本語にすれば「彼は出世して~に就任した」「~に就任するまでに出世した」となるだろう。

 

その次のパラグラフの最初の文:

But it was in the buildup to the contentious invasion of Iraq in 2003 that Powell became a household name.

《it is ~ that ...》の《強調構文》(分裂文)である。「しかしパウエルの名前が広く知れ渡ったのは、2003年のイラク侵攻へ向けた動きの中でのことだった」という文意。

と、訳し飛ばした "contentious" はcontroversialと似たような意味だが、もう少しニュアンスがある感じ。これは、ガーディアンみたいにイラク戦争について腰の引けたメディアでなければillegalと書いていたであろう個所だ。こういうのは、日本語で自然に訳すのは大変だから、ここでは飛ばしておく。「違法との指摘がなされる」くらいにやっちゃっていいと思うんだけどね。

"household" は「一家」とか「所帯」の意味だが、"a household name" は「誰でも知っている名前」の意味。「一般家庭のお茶の間でもおなじみの名前」と考えると合点がいくだろう。

 

パウエルは、貧しい環境から軍隊に入って出世した、黒人にとってはまさに「ロールモデル」としか言いようのない人物で、1991年の湾岸戦争のときはまさにヒーロー扱いされたスターだった。が、軍人としてキャリアの最高点にまで上り詰めたあと、政治家としてはイラク戦争のための「サダムのWMD」という米国政府の茶番劇で主役を務めて踊ることとなった。引退後、パウエルは「もとにしたCIAの情報が間違っていた」と述べ、「私は仕事をしただけ」と弁解した。

訃報に際し、大半の報道がそれを鵜呑みにしている。朝日新聞などは、わざわざ見出しにするレベルでその言説を再生産している。

www.asahi.com

実に、おめでたいと思う。

パウエルがのこした教訓は、「不利な状況を乗り越えて出世したロールモデルが、必ずしも清廉潔白な正直者とは限らない」ということだと思う。

 

(文中敬称略)

 

※4580字

 

 

 

 

*1:これによって、新型コロナウイルスのワクチンが、日本で東京五輪前になぜか広く信じられていたような「感染を予防する」ものではないことが、よくわかるだろう。このワクチンは基本的に、感染しても重症化しにくくするもので、仮に重症化しなくても合併症によっては生命にかかわる事態になるかもしれない、ということだ。

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