今回の実例は、少しイレギュラーな感じになるが、略語について。
日本語でも英語でも、頻繁に使われる語がある程度の長さがあるときは、何らかの形で省略された「略語」として日常の会話や新聞記事などに出てくることが多い。
例えば「東京証券取引所」は「東証」になるし、「インフレーション」は「インフレ」になる。日本語の「インターネット」は「ネット」になるが、英語でも "the Internet" が "the Net" になる。「チョコレート」が「チョコ」になるのと、"chocolate"が "choc" になるのも似ている。
こういった「略語」のことを、英語では "abbreviation" とか、"abbreviated form" という。abbreviateは「~を省略する」という他動詞で、それの過去分詞が形容詞化したのを使った表現が "abbreviated form" であり、この動詞の名詞形が "abbreviation" である。さらに細分化して、initialismとかacronymとかいった呼び方もあるが、今回はそれは割愛する。
英語のabbreviationには、大きく分けて3つの形がある。
1つは複数の語からなる連語を略語にする場合に、各語の頭文字をつなげる形。日本語で言えば「東京証券取引所」が「東証」と略されるのと同じパターンで、New York CityがNYCになったり、the United Nationsがthe UNになったり、member of parliamentがMPになったりする形だ*1。televisionがTVになるのも、tele + vision という一種の複合語の頭文字をつなぎ合わせた略語だ。この形の略語は、原則として全部大文字で表記される。NYCやUNや、あとUSA, UK, NATOみたいな固有名詞、それとBTW (= by the way), IMHO (= in my honest opinion), IDK (= I don't know) のような会話やチャットでよく使われるものは、一般的な英和辞典、英英辞典にも載っている。略語専門の辞典も出版されている。
2つ目は、1つの語が長いときに、途中でぶった切ってしまう形。「インフレーション」を「インフレ」にするように、professorをprofにしたりする例だ。この場合、書くときはprofでも、読み上げるときはprofessorとすることもあるのが日本語との違いと言えるかもしれない。英語では3音節以上の語は長いと認識されるのでこのように途中で切られてしまうことが多くなるのだが、2音節以下でも短くされてしまうこともある。人の名前の愛称形はまさにこの形での略語で、ElizabethがElizaになったり、GregoryがGregになったりしているのは見ればわかるだろうが、AnthonyがTonyになるようなのは言われないとわからない。この形の略語も、辞書を引けばわかるものが意外と多い。
3つ目は、英語で "syllabic abbreviation" と呼ばれる略し方で、複数の語からなる連語を、元の語の最初のシラブル(音節)をつないでいくようにして省略する形。これをやると、略された後の語が(頭文字の羅列ではなく)1つの語のように扱える。この形の略語で最も新しいもののひとつが、COVID-19 (= COrona VIrus Disease 2019) である。
このほかに、特に文字数の削減を目的として、1つの単語の母音を省略して子音字だけで書くという省略法もある(London → Ldn, the Guardian → the Gdn, account → acct など)。これは電報やSMS, Twitterのように一度に扱える文字数に上限があるときによく用いられるが、新聞等で見かけることはあまりない。日本語圏では、自分の名前をこの形で略してTwitterなどで使っている人が多くいる(Hayakawa → HYKW, Kawade → KWDといったパターン)。
以上が前置き。本題はここから。
さて、先日、「オンサイトペンテスター」なる語を含む「まとめ」が話題になっていた。
「オンサイトペンテスター」は、英語にすればonsite pen testerである。
しかしこれは自分の分野外のことで、このtogetterのページを見たとき、「オンサイトペンテスター」というカタカナの意味がわからなかった。「オンサイト」は措くとして(さすがにそれはわかるし、自分の語彙の中にも入っている)、頭の中で「ペンテスター」が「ペン/テスター」と区切られず、「ペンテ/スター」と区切られて認識された(「テスター」というカタカナ語が自分の中で普通に使う語彙だったら、こうは区切られなかっただろう)。
と、このように、「ペンテ/スター」と区切ってしまうなどというと「『スター』はわからんでもないが逆に『ペンテ』って何よ」と思われるかもしれないが、人文系ではこういう用語があり、私の環境ではpen testという用語よりもPentecostalismという用語に接する機会が多いし、「ペンテスト」という用語より「ペンテコステ」という用語に接する機会が多い。
だから「ペンテスト」と言われても「ペンテコステ派の何ですって?」と反応してしまうことになる。
だが実際にはこのTogetterで取り上げられていた「ペンテスト」は、pen testであり、このpenはpenetrationの省略された形である。
penetrationは「貫通」とか「浸透」の意味で、コンピューター・セキュリティの分野では「侵入」の意味になる。脆弱性をついて、外部から、ある閉じたネットワークに入り込むことをこう言う。別な表現をするなら「不正アクセス」だろう。つけこまれる脆弱性は、システム的なものだったり、人的なものだったりする(後者の場合については「ソーシャル・エンジニアリング」という用語がある)。
そういった脆弱性がないかどうか、あるとしたらどこにあり、どのような性質のものかを確認するために行われるのが、pen test (penetration test) で、上記のTogetterでは、ある会社の社屋内で、外部の人が「落とし物を見つけたのですが」的にしてUSBドライブを手渡してくる、という形で、コンピュータ上とは違うところでpenetrationが試みられているわけである。
で、このpenetrationをpenと略すのは、IT系の限られた範囲の専門用語、業界用語で、普通の英和辞典などには載っていない。この分野はいろいろとスピードが速いので改訂が追い付かないだろうし、IT系のこういう専門用語を載せるとしたらほかの分野の専門用語も載せないとバランスが取れないし(この「バランス」というのが一般的な辞典では重要な要素となる)、仮に収録することになったとしてもこれ1つだけポンと入れればいいわけではないから、そんなに簡単には進まない。
ただ、こういうのはオンラインの英英辞典には載っていることもあるので、調べもので行き詰ったときなどはそういうところを見てみるとよいと思う。
例えば今回私はpenという語をFree Dictionaryで調べてみて、今まで知らなかった略語を知った。これだ。
n. Informal
A penitentiary; a prison.
[Short for penitentiary.]
pen. (n.d.) American Heritage® Dictionary of the English Language, Fifth Edition. (2011). Retrieved December 14 2021 from https://www.thefreedictionary.com/pen
まあ、仮にこの語義のpenに出くわしたとしても、「動物を入れておく囲い」の意味のpenからあてずっぽうで推測はできていただろうが、知らないで推測に頼るよりは知っていたほうがよいだろう。
また、これは私はもともと知っていたのだが、サッカーのpenalty kick*2がpenと略される場合がある。報道機関ではほとんど使われないかもしれないが、ファンのトークラジオなどでは "He shouldn't have taken the pen!" (「あのPKは奴に蹴らせるべきではなかった」)みたいにして出てくる。これもサッカーを英語で見る・聞く・読む習慣がない人にはわからないだろうし、辞書にもまず載っていないだろう。個の略語を知らなければ、 "He shouldn't have taken the pen!" と聞いても意味が取れないし、「サッカーのピッチになぜ筆記用具が……?」などと頓珍漢な疑問を抱いて時間を費やしてしまうことになりかねない。
そろそろ文字数上限なのでこの辺で。
※3990字