今回の実例は、報道記事から。
南アフリカで解析されて報告された新型コロナウイルスの新たな変異株が「懸念される変異株 variation of concern」と位置付けられ、「オミクロン株」と名付けられて以降、同株の感染が世界的に拡大している。オミクロン株が最初にニュースになったころは、イングランドはクリス・ウィッティ教授(イングランド当局*1の首席医務官)が「デルタ株が蔓延している状況では懸念すべきはデルタ株であり、オミクロン株の脅威はそれほど高くない」との見解を示していたのだが(ソースはこちらのスレッドにメモってある)、それからわずか半月で、オミクロン株の感染拡大がすさまじい勢いで進行していることが伝えられている。
イングランドでは、新型コロナウイルス感染拡大への対策として行われていた行動制限が、この7月19日にほぼ撤廃され、毎週のサッカー・プレミアリーグの試合も、以前とほぼ変わらないような「満員のスタンドと大歓声の中、ピッチで選手たちが躍動」みたいな光景が伝えられるようになっている。
Sit back, relax and enjoy! 😎#ARSWHU | Match highlights 📺 pic.twitter.com/tYHdcFKvju
— Arsenal (@Arsenal) 2021年12月16日
しかしオミクロン株の感染拡大は、このサッカーにも暗雲をもたらしている。それも観客の間での感染拡大がみられるということではなく、プレイヤーたちが感染するケースが急増している。今日の最新記事はそのことを伝えているが:
今回実例として見るのは、今週初めの報道記事で、マンチェスター・ユナイテッドの選手とスタッフの間での検査で陽性反応が出たことを伝えるものだ。記事はこちら:
現地の日付で12日(日)の夕方に出た記事である(日本では13日の未明)。
短い記事だが、まずは最初の部分を見てみよう。なお、この時点で「予定通り行われるかどうかは微妙な情勢」と伝えられた「火曜日のブレントフォードとの試合」は結局延期されている。
さっきさっくり書いてしまったが、スポーツの試合や何かの行事について、天候などを理由として「実施は微妙な情勢だ」と報道などでいうときの表現は、英語では "be placed[put] in doubt" を使うとしっくりくる。事態が急変して突然微妙になったときは、placedの代わりにthrownを使う。
さて、英語では同じ名詞の繰り返しを避けるため、さまざまに言い換える(語句を置き換える)という作法があるが、ここでキャプチャした部分で、「マンチェスター・ユナイテッド」「ブレントフォード」を表している部分はどこか、わかるだろうか。
マンチェスター・ユナイテッド(長いので以下「MUFC」とする)のファンはもちろん、サッカーに関心がある人ならわかるかもしれないが、そうでなければこの書き換えのことを知らないと、この文は読んでもよくわからないかもしれない。
一通り眺めてみてほしい。
下記に図示したが、ピンク色マーカーが「MUFC」を表す表現、ピンク色の下線がMUFCにかかわる記述。グレーのマーカーが「ブレントフォード」で、こちらは1か所しかない。
つまり、Manchester United= Ralf Rangnick’s squad = United という同一語句の繰り返しを避けるための書き換え・語句の置き換えが行われている。Ralf RangnickがMUFCの指導者(監督)であることは何の説明もされず、自明のことのように扱われている。
これがイングランドのサッカーについての記事の記述として標準的なもので、逆に言うとこういうのに慣れないとサッカーについての記事がすらすらと読めるようにはならない。仮に機械翻訳に投げて、流暢さ(「精度」ではない)の点で満足できるクオリティの日本語の出力を得たところで、「マンチェスター・ユナイテッド」が「ラルフ・ラングニックのチーム」と同じものを指している(言い換えである)ということを知らなければまともに読解できないだろう。
以上を踏まえたうえで本文を見ていこう。
Tuesday’s Premier League match between Brentford and Manchester United has been placed in doubt after a number of Ralf Rangnick’s squad tested positive for Covid-19.
太字にした "a number of ~" は成句で、具体的な数を示さず漠然と「数が多い」ということを示すが、この「多い」は必ずしも「多数」「大勢」ということではないので、早合点しないように注意が必要である。文章全体を見て特に「多数」という情報がないのならば、「多数」ではなく「何人か(いくつか)」くらいに考えておくのがよいだろう。実際、MUFCは陽性反応が出たのは何人かなどの情報は出していないようだ(それどころか、日本語の文面では、陽性になった人が単数なのか複数なのかもわからない)。
United won 1-0 at Norwich on Saturday, with a late penalty from Cristiano Ronaldo. Everyone who travelled to Carrow Road had tested negative in the last round of routine tests.
上の図示では飛ばしたが、ここにも言い換え・置き換えがみられる。土曜日にMUFCと試合をしたNorwich(「ノリッチ」という感じで読む)は、Carrow Roadをホームスタジアムとしている。また土曜日の試合はMUFCにとってはアウェイの試合だった。そういうこともこういうふうにさくっと書かれてしまうので、前提となる知識がない人がこういう記事を読むことは、実は大変に難しい。「英語だけ読めても記事は読めない」というのはこういうことだ。
次。太字で示した "who" は《関係代名詞》だが、先行詞は見てわかる通り、 "everyone" である。ここで「おや?」と思う人もいるだろう。「先行詞にeveryやallがついているときは関係代名詞はwhoやwhichではなくthatを用いるのでは?」と。
実際、以前はそう教えられていたし(私もそう教わった)、今も塾用教材などで古い記述のまま改訂されずに残っている場合もあるが、最近の参考書では、学校で副教材になっているようなごく一般向けのものでも、そのようには説明しておらず、「whichやwhoよりもthatが好まれる」といった含みのある記述になっている(私はこれを書くにあたり、手元にある『アトラス総合英語』p. 231と『ジーニアス総合英語』p. 298で確認している)。
というか、古い参考書や教材でも、実は「thatを用いる」ではなく「thatが用いられることが多い」という記述がなされていたりもする。ただ、これを箇条書きにすると「~ことが多い」が削られるので、学生の立場では「先行詞にeveryやallがついているときは関係代名詞はwhoやwhichではなくthatを用いる」と思い込んでしまうかもしれない。実際、それで試験で点数が取れないということはないのだから、「実害」はないのかもしれないが、実際の英語では、ここで見るように、everyがついた先行詞にwhoやwhichが使われることもよくある。
英語のこの、「どっちを使ってもいいよ」的な一種のゆるさは、多くの学習者にとって混乱のもとになるのだが、英語っていうのはそういうものなので、あまり突き詰めてガチガチに考えないほうがいい。日本語だってそうだ。何を漢字で書いて何をひらがなで書くかは、実はさほどガチガチには決まっていない(ただし、役所の文書や新聞など広く一般の人々に情報を提供するための文章では、使える漢字は決められているし、「難しい漢字」は「易しい漢字」で代用されることになっている。測定機械の「校正」は実は「較正」だ。学習参考書や新聞はこのルールが厳格に適用される分野だが、一方で小説家、文芸翻訳家など使う文字に特に制限がない立場の人でも、このいわば「本来の表記」を採用する人は多くない。例えば「罪を赦す」が「罪を許す」と表記されているのは、一部の人々が言うような「誤訳」の類ではなく、そういった漢字使用のルールに基づく代用である)。
ここで当ブログ規定の4000字になろうとしているので先を急いであと1点だけ。
However, on Sunday morning, a small number of positive lateral flow tests were found among the players and staff, who were all sent home.
太字で示した部分、《関係代名詞の非制限用法》のお手本のような例である。これは、先行詞を限定するのではなく、先行詞についての説明を後で補足的に続ける場合に用いる関係詞で、「プレイヤーとスタッフの中にラテラルフロー検査で陽性となった者が少数いたが、全員が家に帰された」という文面となる。
と、ここで記事冒頭の "a number of ~" が、実は "a small number of ~" であることも確認できる。 "a number of ~" を見ただけで「多数の~」と思い込んではならない、という点でもよい例文である。
※4340字