今回の実例は、英国の新聞一面から。
BBC Newsが毎日、「今日の新聞一面」として、英国の主要な一般紙(クオリティ・メディア、高級紙)とタブロイド紙(大衆紙。日本の媒体では「スポーツ紙」よりも「夕刊紙」や「週刊誌」くらいの路線でやっている)の一面を画像でツイートしている*1。英国の新聞・タブロイドは、日本のそれよりもバラけかたが大きいので、自分では中身は読まないような媒体が何を重要視してどのように報じているのかを見て取れる一面の画像でのフィードはとてもありがたい。BBCのほうではハッシュタグ #BBCPapers と #TomorrowsPapersToday を付け加えるくらいで、あとは無編集で、一面の一番大きな見出しをそのまま書き起こしてツイート本文に入れているだけだ。
今回の実例は、そういうフィードのひとつ。12月23日付のデイリー・ミラー(以下「ミラー」)一面:
Thursday's Mirror: “Young people are dying in intensive care... They haven't had their jabs” #BBCPapers #TomorrowsPapersToday https://t.co/7FuHsAa3Vz pic.twitter.com/TApuRcRAY0
— BBC News (UK) (@BBCNews) 2021年12月22日
ミラーはザ・サンやデイリー・スターと同じく、赤背景に白文字のロゴを一面の一番上に置いているので、「レッド・トップ」と呼ばれている。これが大衆紙の証みたいなものなのだが、これらのタブロイドにも格みたいなものがあり、デイリー・スターは基本的にスポーツと芸能だけで何も考えてない感じ、保守党支持のザ・サンはスポーツとエロのほか、読者の頭を少しでも使わせることといったら右翼思想宣伝や排外的ナショナリズムの扇動が多く、ミラーは労働党支持の媒体で、芸能や街ネタ、所謂「三面記事」が得意だが、ときどきガチの報道が載る。
ガチの報道でも、読者層があんまり難しいものは読まない層なので、英語は平易で記事は読みやすい。ただし「平易」といってもネイティヴ話者にとってそうだというだけで、うちらのように外国語として英語を学ぶ立場では逆に難しい口語的な表現が出て着たりもするので、初心者向けとはいえない。
ともあれ、今回の実例は、上でBBC Newsがフィードしている一面だ。
ミラーに限らず、また「レッド・トップ」に限らず、英国の新聞は一番上にある媒体名のロゴの周囲はその日の特集記事の紹介欄みたいになっていることが多い。これは新聞店(ニューズ・エイジェントやキオスク)に並んだときにアイキャッチャーとして作用する部分で、そこには有名タレントの顔などが来ることが多い(一般紙だったら俳優のインタビュー記事でここに顔写真が出ていたり)。この日のミラーではカイリー・ミノーグですかね。まあいいや。
で、「一面」と呼べるのはその下の部分で、この日の一面では
AS 'MILDER' OMICRON SURGES...
と赤い文字で書かれた下に、両手で両目を押さえる人の写真があり、
Young people are dying in intensive care
...They haven't had their jabs
と大きく書かれている。
これだけで、「オミクロン株の感染が拡大し、若い人たちが病院のICUに入って死亡している。ワクチン接種を受けていない人たちが」という情報が、ストレートに、感情を揺さぶるような形で伝わる。
その下に、やや小さな文字で
Frontline Covid staff's vax plea
ほぼ単語の羅列のようになっているが、「最前線でコロナを担当する医療従事者から、ワクチン接種を受けてほしいという要請」という意味だ。(こういうのが、まじめに読もうとすると意外と難しい。)
さて、今回実例として見るのは、この最初の1行の中で使われている《引用符》。見えにくいので色を付けておくが:
AS 'MILDER' OMICRON SURGES...
当ブログで何度か書いているように、引用符は、誰かの発言をそのまま引用している箇所だということを示す機能と、「所謂」の意味を持たせる機能がある。ここでは後者で、「(デルタ株と比べて)よりマイルドであると言われているが」ということを、引用符で表しているわけだ。
日本語にするなら「重症化しないはずのオミクロン株の感染が急拡大し……」という感じ。
これに先ほど見た「若者が次々と集中治療室で死亡している。ワクチン接種を受けていない若者たちだ」という情報が続く。
「重症化しない(マイルドである)」と言われているからと言って、ワクチン接種も受けずに出歩いていたら、感染して重症化してしまう、という現実を、こうやって訴えているわけだ。
この用法の引用符については、情報量が不十分ではあるが、英語版ウィキペディアに項目がある(これを日本語に訳したページも日本語版にあるが、ぱっと見て0.5秒で誤訳を発見してしまえるクオリティなので、紹介したくない)。
この用法の引用符の解説でよくあるのが、コーヒースタンドで「本物の」コーヒーを歌っておきながらインスタントをお湯で溶かして供するだけ、という場合に
They say they serve "real" coffee!
(「本物の」コーヒーを出すって言っておいてこれかよ)
というもの。
もっと「皮肉」の度合いが強いものとしては、米軍による所謂「誤爆」のあとに、
This is American "democracy"!
(これがアメリカ流の「デモクラシー」なんだな/「デモクラシー」をもたらすと言っておいて、実際にはこれか)
といった例がある。
※2470字