Hoarding Examples (英語例文等集積所)

いわゆる「学校英語」が、「生きた英語」の中に現れている実例を、淡々とクリップするよ

【再掲】「4分の1」という区切り方, 完了分詞構文(世界で初めて核兵器が使われて75年の日に、広島に寄せられたメッセージ)

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このエントリは、2020年8月にアップしたものの再掲である。

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今回の実例は、アイルランドの大統領のコメントから。

今年、2020年は、1945年の第二次世界大戦終結から75周年の節目の年である。「75年の節目」というのが日本語圏では伝わりづらいようだが、西洋*1では「4分の1」をひとつの区切りとするのが習慣になっていて、1世紀(100年)の4分の1、つまり25年区切りで、「大きな節目」とするのが慣例である。

この「4分の1」、つまりクオーター (quarter) は、ビジネス分野での「四半期」や、ハンバーガーの「クオーター・パウンダー」(重さの1パウンド、つまり1ポンドの4分の1、グラムに換算すると115グラムくらいの肉を使ったハンバーガー)、時刻の「15分」("quarter to ten" で「10時15分前」、つまり「9時45分」、"quarter past eleven" で「11時15分」)などとして日常生活の中に溶け込んでいるので、英語圏で生活しようという人はこの感覚に慣れておくとよい。具体例が下記のブログによくまとまっている。

talking-english.net

 

さて、というわけで第二次世界大戦終結から75年(three quarters)が経過した今年は、1月27日のアウシュヴィッツ収容所解放記念の日(国際ホロコースト記念日)の式典は、BBCなどでは例年よりさらに大きく伝えられていたし(日本語圏では、欧州各国、特にドイツでの排外主義極右の伸長と反ユダヤ主義の再燃という現象を焦点とした報道が多く、「75周年」を強調したものはなかったかもしれない)、5月8日の対独戦勝記念日 (Victory in Europe Day, つまりVE Day) は、欧州では新型コロナウイルス感染拡大のために導入されていたロックダウンのために予定されていたような大々的な儀式は行えなかったかもしれないが、報道機関ではみっちりとした特集記事を組んでいたし、ロシアでは、さすがに5月のパレードは延期という判断になったが、6月下旬に大々的なパレードを行っていた

だから、広島への原爆投下――というか、世界全体の文脈では、「核兵器が実際に人の住まう都市に対して戦争の中で使われた最初の例」――から75年となる今年、例年にも増して熱心な世界の目が広島の平和祈念式典に向けられた理由のひとつは、「節目」だからである(核兵器禁止条約という大きなことも進行中で、そのための注目という要素もあるのだが、「唯一の被爆国」を強調してきた日本の首相がそれについては「日本モデル」とか言わずにおとなしくしているのが不思議だ)。

そういう中で、何もなければ直接広島に来て式典に参加していたに違いない各国の国家元首や政治指導者たちが、広島市長の呼びかけに応じ、stay homeしながら平和のメッセージを出しているのが、国際報道やTwitterなどで聞こえてくる。

アイルランドからも、大統領がメッセージを寄せていて、それを東京の大使館のTwitterアカウントがツイートしていた。アイルランドのマイケル・D・ヒギンズ大統領は元々政治家ではあるが同時に詩人でもあり、言葉のセンスは実にすばらしいものがある。大使館のツイートには日本語の対訳がついているので、多読素材を探している人はぜひ読んでみてほしい。語彙がちょっと難し目だが、文法としては易しい(高校レベル)。

 

実例として見るのは、1枚目の画像の最後の部分: 

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https://twitter.com/IrishEmbJapan/status/1291147723442278400

Having lived through times of oppression and struggle in our own history, we know the importance of building and maintaining peace. 

"Having lived ..." は《having + 過去分詞》で、つまり《完了分詞構文》である。これは主節より前にあったことを言うときに用いられる分詞構文だ。
  Having visited the city in the 1990s, he was amazed how it had developed. 

   (1990年代に訪れていたので〔いたが〕、彼はその街がいかに発展したかに驚かされた)

ヒギンズ大統領のメッセージの文面は、「自身の歴史において、抑圧と闘争の時代を生きてきた私たちは、平和を構築し、維持することの重要性をよく知っています」という意味である。

 

アイルランドは、今からほぼ100年前は激しい「闘争」の中にあった。対英独立闘争があり、独立戦争となり、その講和で既成事実化された北部6州(北アイルランド)の分離をめぐって内戦が起こった。まさに血で血を洗う悲惨な時代だった。そして20世紀の後半は北アイルランドで「ユニオニストナショナリスト」、より「わかりやすい」形に言い換えれば「プロテスタントカトリック」の紛争が起きた。その紛争を終わらせるために尽力し、不可能を可能にした政治家ジョン・ヒュームは、長患いの後に、つい先日他界した。ヒギンズ大統領は、デリー/ロンドンデリーで行われたヒュームの葬儀に参列したばかりである。アイルランドの平和は「脆い平和 fragile peace」と呼ばれながらも、維持されている。これを維持することがいかに大変なことだったかは、私はリアルタイムでニュースや現地のブログ、政治学者や歴史家らの分析を通じてみてきた。

いろいろなことが重なって起きていて、私の頭では情報処理がおいついていない状態だが、今回はこんなところで。

 

ヒギンズ大統領のメッセージの日本語訳(アイルランド大使館による): 

f:id:nofrills:20200807153010j:plain

https://twitter.com/IrishEmbJapan/status/1291147723442278400/photo/3

 

※2460字

 

参考書:  

英文法解説

英文法解説

 

 

 

*1:「西洋」のすべてではないかもしれないが、あまり深入りしている余裕はないのでざっくりと進めさせてほしい。