このエントリは、2020年8月にアップしたものの再掲である。
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今回の実例はTwitterから。
今月初めに起きたレバノンのベイルートでの大爆発では、現時点で少なくとも220人が亡くなり、生命にかかわらない程度の怪我を負った人は6000人以上にのぼる。爆発によって建物に被害が生じた範囲はとても広く、爆発地点から10キロも離れたところでも被害が報告されている。人口密集地での爆発だったので、30万人以上が住む場所を失ったという。
https://en.wikipedia.org/wiki/2020_Beirut_explosions#Damage
爆発地点のすぐそばで、地域的には東ベイルートにあるGemmayze地区も大きな被害を受けた。ここは下記記事などを見るに、人々の活気があふれる庶民的な街であり、同時にアート系の尖った感じもする地域のようだ。東京でいえば下北沢や谷根千、ロンドンでいえばショーディッチやカムデンのような感じだろう。
この地域に、「安くて美味い」と評判のレストランがある。フランス語で(オスマン帝国崩壊後、レバノンはフランスの支配下におかれた)シンプルにLe Chefという名称のこの店は、日本語にすると「レストラン」というより「食堂」「定食屋」としたほうがしっくり来そうな感じだが、地元の多くの人たちが頼りにしてきた店で、アメリカの旅するシェフ、故アンソニー・ボーディンのTV番組でも知られていたという。
爆発でひどいダメージを受けたこの店を再建しようというクラウドファンディングが、英語圏ジャーナリストたちによって開始されたのは、爆発から1週間がたったころだった。(英語圏の報道機関に属するジャーナリストたちもレバノン出身の人もいるし、英米などの出身でもベイルート駐在になれば、旅行者向けの気取ったレストランではなく庶民の食堂を使うから、この店をよく利用していたのかもしれない。)
https://www.gofundme.com/f/rebuild-le-chef
そのクラウドファンディングに、いきなりばーんと大金を出した人がいるという。それに驚いた主宰者は次のような投稿をした。
Someone called Russell Crowe made a very generous donation to our Le Chef fundraiser. But not sure if it's *the* @russellcrowe 🧐https://t.co/bhy13nm6d2
— Richard Hall (@_RichardHall) 2020年8月13日
「ラッセル・クロウさんという方から大きな金額のご支援をいただいたのですが、これはあのラッセル・クロウさんなのでしょうか」というリチャード・ホールさん(英ジャーナリスト)の問いかけに、ラッセル・クロウ本人が答えた。
今回、実例として見るのはそのツイート。こちら:
On behalf of Anthony Bourdain.
— Russell Crowe (@russellcrowe) 2020年8月13日
I thought that he would have probably done so if he was still around. I wish you and LeChef the best and hope things can be put back together soon. https://t.co/VHYCJujJ6y
最初の文:
On behalf of Anthony Bourdain.
《on behalf of ~》は「~に成り代わって」の意味。ここではアンソニー・ボーディンは故人なので(2018年に亡くなっている)、故人に代わって自分が、ということを言っている。
2番目の文:
I thought that he would have probably done so if he was still around.
まず、この文は "I thoungt + that節" という構造の複文で、このthat節内が《仮定法》になっている。
仮定法は時制の一致の影響を受けないから、主節の "I thought" の過去時制に関わらずこの形となる。つまり、that節だけをこのままの形で切り出しても、時制をいじる必要がない。
だからthat節だけ切り出すと:
that he would have probably done so if he was still around.
if節の中が "he was" と《仮定法過去》で、主節が "would have done" と《仮定法過去完了》になっている。
逆のパターン、つまりif節が仮定法過去完了で、主節が仮定法過去の例は学校でも習うのだが、この形は習わないのではないかと思う。
if節が仮定法過去完了で、主節が仮定法過去というパターンは、「もしもあのときに~していたら、今、……でないのに」ということを言う型で、日常生活にありがちである。「今朝、あと5分早く起きていたら、今、電車に間に合ったのに」とか、「昨日、あんなにたくさん食べていなかったら、今、腹痛に悩まされていなかったのに」とかいったわかりやすいパターンだ。
一方で、今回の実例のように、if節が仮定法過去で、主節が仮定法過去完了というパターンは、そのようなわかりやすさはない。「今~なら、あのとき…でないのに」ということは、SF小説ならともかく、現実にはありそうにない。
これは、主節の仮定法過去完了は、直説法にしたときに《過去》になるものではなく、《現在完了》になるものだ、という状況で生じる。
つまり、 "he would have probably done so if he was still around" という仮定法の記述を、直説法にすると、次のようになるだろう。
he would have probably done so if he was still around
「彼が今もこの世にいたら、たぶんそうしていただろう」
→ he hasn't done so because he is no longer around
「彼はもうこの世にいないので、そうしていない」
※この現在完了は《完了》「~してしまった」の意味。
アンソニー・ボーディンとベイルートのLe Chefについては、下記CNNの記事に詳細がある。
https://edition.cnn.com/travel/article/beirut-restaurant-russell-crowe-anthony-bourdain/index.html
※2850字
参考書: