今回も、少し趣向を変えて、英語での調べものの話。
私は自分で見るネット画面(特にTwitter)の半分以上は、日本国外のことを英語で伝えてくるもの、という環境を構築しているが、ここ数日、その環境にも日本語でのデマが次々と流れ込んできている。あまりに次々と来るので、次々に忘れていかないと日常生活が送れないほどだ。
カギカッコなしで、つまり「いわゆる」という留保なく、ただデマ、と書いたが、私は何でもかんでもぽんぽんぽんぽん「デマ」呼ばわりして平気でいられるほど感覚が鈍磨したら終わりだと思っていて、つまり「誤った情報」のことを何でもかんでも「デマ」と呼びならわす現代日本語の語法からは距離を取っており、私がカギカッコなしで、ただデマ、と書くときは狭義の意味で、つまり「政治的な*1目的ゆえの、意図的な誤情報」のことを言う。
なぜそこまで強い感じの断定をするのかというと、私が見たそれらの誤情報は、悪意のない誤情報(勘違いや早合点といったもの)ととらえるにはあまりに邪気に満ちていたし、それらについて語り手自身が間違っていると認識していないとも思えなかったからだ(語り手はそれなりの立場の、それなりの経歴の人々であった)。「わかったうえで、嘘を言ってるでしょ」と判断するのが合理的だと思われたからだ。
しかもその嘘の中身が、ジェンダーをめぐる諸問題や差別・ヘイトスピーチに関するもので、それらをめぐってすでに人々が二分されている中に、さらに分断を固めようとしてばらまかれているものであるように思われた。それらの中には「大学の非常勤講師に宛てた郵便物を大学に送付すると、大学が勝手に開封してしまう」というめちゃくちゃな内容のものまであり(むろん、そんなことは行われていないし、職場が大学でなく一般企業の非正規労働者でもそんなことはまずありえない。あり得るとしたら合法でない仕事の職場や脱法的なところ、奴隷労働のところだろう。あるいは発言者の職場では、従業員宛ての郵便物は開封してから手渡すということが行われているのかもしれないが)、なんかもう、何をどうしたらいいんだという感覚に襲われて非常に消耗した。
その中で唯一、「何をどうしたらいいのか」について自分にも何かできそうなことがあったので、今回はそれについて書く。
一昨日か昨日あたりから、「国際的には、ヒトラーに重ね合わす批判はご法度」「欧米では、どんなにろくでもない政治家や政党でも、ヒトラーやナチスになぞらえてはいけないという不文律がある」といった言説が、複数筋からばらばらとばらまかれてきた。それらの言説のうち、主要な発言の中の人は、大阪が本拠の「I党」(仮称)0という政党絡みの大物であり、その発言が出現したきっかけは、東京を地盤とする国会議員で、今の与党ではない政党の大物(というか元首相)による発言だったようだ。つまり、I党の人は「まるでヒトラーだ」というふうに批判されて言い返していて、それを支持する人たちがTwitterでそれなりにたくさんの、同趣旨の発言をしている。
しかしそれは、いったい何をどう見ていたらそう見えるのか、と言わざるを得ない、というか、そういう言葉すら出てこないくらいのデタラメ、真っ赤なウソである。
そのことは、下記の@konahiyoさんのツイートが誰かによってリツイートされてきたことで知った。@konahiyoさんは、この「ヒトラーに重ね合わせるのは国際的にご法度」というデマについて、「Googleを使って、英語で検索する」というとてもシンプルで有効な方法で対抗している。このくらいのことは英語でできないと、簡単に騙されるし、逆に言えばこういった言説の中の人たちは、このくらいのことも英語でできない(というか「英語で検索する」という発想のない)人々を当て込んでいるのだろう。別に18世紀の思想家の文章など読めなくたってかまわないし、某試験の設問文のような実際にはあり得ない砂をかむような英文もどきを精読する必要もないかもしれないが、こういうのに騙されないための、最低限のセーフティーネットとして、英語は必要だ。
「ヒトラーを思い起こす」を英語で検索したら、400万件ヒットしましたが。
— naoko (@konahiyo) 2022年1月24日
トップに来るのは、ローマ教皇が一部政治家についてヒトラーを思い起こすと発言したことを報じるロイター。
なにが国際的には御法度だ。非常識なのはあなたでしょう。https://t.co/Bb2rQLTKGh https://t.co/ifq0tsrLsb
"remind * of hitler" という検索文字列の両端にある引用符(ダブルクオート)は「フレーズ検索」で、これらの語句をその順番でその通りに検索してほしいというコマンド、remindのあとに置かれているアステリスク (*) は、そこに来る単語は何でもよいということ(ワイルドカード)である。このくらいのコマンドは日常的に使えるようにしておくと便利だ。
さて、@konahiyoさんは上記のツイートを投稿した後に、もう一度検索したら、検索結果が変わっていたと報告されている。
今確認したら、ローマ教皇のロイター記事は5番目に、件数は700万件余に変わっていた。大きな問題ではないけど。 pic.twitter.com/0wWJEp94E0
— naoko (@konahiyo) 2022年1月24日
これについて疑問がある方もおられるかもしれない。意外と知られていないかもしれないが、Googleの検索結果は一定ではない。検索する人ごとに(というか、検索に用いられるブラウザが保持しているCookieなどの情報や、検索を行っているときにログインしているGoogleのアカウントの情報などによって)、表示される検索結果は異なる。それを、個人ごとに風船(バブル)の中に入っていると例えて、「フィルターバブル」と呼ぶ。これに関しては、もうずいぶん前の本だが、イーライ・パリサーの下記の本が構成がよく情報量も適切だ(井口耕二さんの訳文も読みやすい)。
この本が書かれたときと、2020年代の現在とでは、Googleの動き方にも変化がみられる。@konahiyoさんが最初に検索したときは400万件で、次は700万件が検索結果数として表示されたというのは、1度検索したものは「このブラウザを使っているユーザーは、この話に興味がある」とGoogleが判断したということと解釈してよいだろう。
また、私が検索してもまったく違う結果が出る。下図は@konahiyoさんの最初のツイートにあるGoogleのURLを、ネットの半分を英語で使っている私がスマホでタップしたときの画面である(スマホ自体の設定も英語にしてある)。上から、オーストラリアの法律事務所のブログで「上司がまるでヒットラーだというあなたへ」みたいな記事、米拠点のQ&Aサイトで「トランプがまるでヒットラーだと思う人」という質問、画面の最後が、ハリー・ポッターのファンサイトで、ある登場人物の言動からヒットラーを連想するかどうかというスレッドだ。
ここで2番目のQ&AサイトのQuoraの欄で、回答例として表示されているものに注目してほしい。
You should never compare anyone to Adolf Hitler—not anyone, not anytime, not ...
I党の大物関係者氏が参照しているのは、おそらくこれ系の論だろう。
そう、確かに、あの人が言うようなことは、英語圏でも言われている。それは事実だ。
しかし、言われている内容は事実ではない。(まあ、should「本来~すべきところだ」を使って記述されると、端的な事実であるかどうかではなく解釈論になっちゃうんだけどね。)
発言があるということが事実であるのと、その発言内容が事実であることとは違う。私がここで「あたくし、実はフランス王妃マリー・アントワネットなんですのよ」と発言した場合、その発言があることは事実だが、発言内容は事実ではない。だから、それを真に受けた人が「お前の発言に騙された」といって私を訴えた場合、私の発言がある以上は私は清廉潔白ではないかもしれない。しかし、2022年の今、誰かに「私はフランス王妃マリー・アントワネットだ」と言われたときに、それを事実として真に受けてしまうということはまずありえないわけで、私を有罪にするのはとても難しいのではないかと思う。「ヒトラーになぞらえるのはご法度」というのも、基本的にそういうことだ。誰かが「ヒトラーになぞらえるのはご法度だ」と言っていたという事実は、本当にそれがご法度である(その発言内容自体が事実である)ことを意味しない。そのくらい、法律家なら承知しているはずだが……。
閑話休題。その「御法度」論について私がツイートしたのが、下記のツイートから始まるスレッドである。
Godwin's law https://t.co/zydscRiOvJ の拡大解釈? 「欧米」の一角でよく見る類いの? https://t.co/XzYpaEFqkg
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2022年1月24日
と、ここで当ブログ規定の4000字になってしまったし、もう日付が変わるまで数分しかないので、今回はここまで。続きは次回に。このスレッドには下記のようなことを書いたので、次回のブログ投稿までにスレッドを見ておいていただいてもよいと思う。
証拠(エビデンス)ってほどのものじゃないですけど、今さっき、わたしが見た画面をシェアしておきますね。そもそも法制度に係わる話題で出される「欧米では」云々は、各論が述べられているのでない場合、それ自体、本気にする必要はないのですが(「欧米」という国があるわけじゃなし)。地域設定はUK pic.twitter.com/KRNnYVrp3Q
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2022年1月24日
ところで、これは「御法度」ではないんですかね。
https://t.co/OH8usUvEGo pic.twitter.com/mL9fEZF6nR
— ブンチョウママ (@Xha95NSJ5N87eQy) 2022年1月24日
参考: 2012年4月の記事。ほぼ10年前だ。氏にとってはこれは「鉄板のネタ」であるのかもしれないが、それ以上にゲッベルス的な例のアレかもしれない。
独裁者が独裁者を「この独裁者め!」と罵れば、罵られた独裁者は「あんたのほうが独裁者じゃないか!」と罵り返す。回文でも早口言葉でもない。実際に、読売新聞社の会長と大阪市長との間での“大論争”なのだ。……
果てなき“独裁者バトル”の口火を切ったのは、読売新聞グループ会長の渡辺恒雄氏(85)だった。 ……
〈もっとも危惧するのは、個々の政策よりも、次のような発言だ。『選挙では国民に大きな方向性を示して訴える。ある種の白紙委任なんです』(朝日新聞2月12日付)。この発言から、私が想起するのは、アドルフ・ヒトラーである〉
もちろん槍玉にあげられたのは、橋下徹大阪市長(42)だ。ヒトラーが首相になったとたんに「全権委任法」を成立させたことになぞらえて、橋下氏の「白紙委任発言」をファシズムへの危険な兆候だとしている。
さらに、橋下氏がワンフレーズで「抵抗勢力」に一撃を加える手法が、電子メディア隆盛の現代にもてはやされている一面も指摘している。
橋下氏にはヒトラーばりの独裁者になる“素養”がある。そのうえ“環境”が整いつつあると言いたいのだ。つまり、「ナベツネ流」の危機感を表明したものだった。
対する橋下氏も黙ってはいない。あえて、渡辺氏が 〈ワンフレーズポリティックスにはうってつけ〉と評した電子メディア、ツイッターで「口撃」を開始したのだ。
……
〈(ヒトラーにだぶらせているのは)論理の飛躍〉
……
(全文をリンク先でお読みください)
*1:この「政治的な」は「法的な」と対置されうる語義ではないので、勝手に「法的ってことじゃないんですよね」などと読んで勝手な解釈をすることのないようにしてください。