Hoarding Examples (英語例文等集積所)

いわゆる「学校英語」が、「生きた英語」の中に現れている実例を、淡々とクリップするよ

【再掲】《訳読》とは何か, be hopeful to do ~(#BLM: 米スポーツ界の動き)付: 例の講座について

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このエントリは、2020年8月にアップしたものの再掲である。

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今回の実例は、Twitterにアップされた長文投稿から。

今週月曜日(24日)、「日本通訳翻訳フォーラム2020」(#JITF2020) の公開セッションで、第一線の翻訳者4人の方による公開レクチャーがあった*1。大変興味深く勉強になる内容で、2時間じっくり、メモを取りながら聞き入ってしまったのだが、その冒頭、本論に入る前のところで、昨今、特に産業翻訳界隈を騒がせている翻訳講座と称するもの(以下「某翻訳講座」)についての注意喚起があった。その某翻訳講座については私も(Twitter経由で)小耳(小目?)に挟んではいたのだが、90年代からネットやってる人としては「典型的な内職商法ですね」としか言いようのない内容のものだ。

内職商法」とは、「誰でも在宅でできるお仕事があります」と言って人を集め、人が集まったら「ただしそのお仕事の前に、この講座を受けていただきます。これを受けていただかないとお仕事をしていただくことができません」と言い出し、バカみたいに高い(30万円とか50万円とか)「講座(教材)」を売りつける、というもの。本体は「お仕事のあっせん」ではなく「講座(教材)」の販売である。手を変え品を変えして生き延びている、古典的な悪質商法である。

こういうのに遭遇した場合、高額教材販売の話になったら退席すればいいやと思うかもしれないが、業者の側は、物理的に部屋から出ることが難しいようにしていたり、心理的に「契約するしかない」と思い込ませたりするので、退席はそんなに簡単なことではない。「契約するまで部屋から出られない」感じだ。ネットだけのやり取りなら、メールを削除、アカウントをブロックといったことで「退席」はできるが、心理的に何かを思い込まされている場合は、そんなに単純な話ではなくなる。

内職商法は90年代、ネット以前からあったが、2010年代になってその「誰でもできるけど、その前にこれを買え」系の商法は派生した形、つまり「あなただけにお教えします」の "情報商材" や、「人脈をなんちゃら」の "サロン" のようなものになっている。で、2020年の今では、それら "情報商材" や "サロン" については、そう聞くだけで「怪しい」と思う人が多くなってきてはいるのだが、他方、そう称さない内職商法が、"スクール" とか "講座" といった位置づけで「誰でもできるお仕事がありますよ~」「がっぽがっぽ稼げますよ」などと言ってそこらへんで営業活動を行っているらしい。私も最近、LINEでお買い物パンダのゲームで遊んでいたら「誰でもなれるウェブデザイナー」なる "講座" の広告が出てきて、ニヤニヤしてしまった。(「HTML要りません」とかいうの、絶対信用しちゃだめだよ。「日本語の読み書きに漢字は要りません。全部コンピューターに任せましょう」レベルの話だから。)

某翻訳講座は「TOEIC500点でも稼げる翻訳の仕事」みたいな打ち出し方をしているようで、それは「50メートル走のタイムが20秒でも出場できる世界陸上」レベルのトンデモだということはだいたいの人が当然のことながらわかっているのだが*2、これは「TOEIC500点でもできるのなら、TOEIC800点の私なら確実にできる。翻訳の仕事をゲットするノウハウを教えてもらえるのならぜひ通いたい」と思わせるための釣り餌である。だから、「TOEIC500点」といううたい文句は、この講座を批判する側は、まともに受け止めたり、それを話題にしたりしてはならない*3。それは本質ではないからだ。そういう細部はスルーして「内職商法」という本質をのみ見るべきであり、スルーできなければ、「TOEIC500点でも」は「TOEIC900点レベルでなくても」と置き換えて考えるべきだろう。(私はTOEICは受けたことないから点数とかよくわかんないけど、900点っていうのはすごくいい点数とされているはず。)

というのを前提としたところで、24日の#JITF2020の公開セッションのあとで、「ではどのくらい英語ができれば、翻訳(の入り口に立つということ)ができるのだろう」という話題が出ているのをいくつかのツイートで目にした。セッションの中で、高橋さきのさんが「高校の授業でおこなう訳読ができるレベル」と具体的な説明をしていらっしゃったが、ここ10年くらい(?)は、その《訳読》は中学・高校などでの英語学習過程から除去されているので*4、《訳読》が通じない人も多いだろう*5。《訳読》は、「その英文の意味が取れているかどうか、自分の中で確認するために日本語にしてみる作業」で、他人が読んでわかるような形にしなくてもよい。I'd like to sit down and have some tea. を「私は望む、座って、お茶を飲むことを」くらいに日本語化できればよい。他人が読んでわかる日本語文ではないが、自分の中ではこれでよいはずだ。

というわけで今回の実例。この文を見て、この《訳読》の作業がすんなりと(読むのと同時に)できるかどうかは、自分がそのレベルに達しているかどうかを判断する指標としてちょうどよいのではないかと思う。

記事はこちら: 

www.bbc.com

NBAとかMLBとかNHLとかWNBAとかいった略称がバンバン出てくる記事だ。これらの略称を知ってれば早いが、こういうのを知らない場合にいちいち調べるという煩雑な作業が翻訳には必須で、その作業がいとわしいと思う人は、単にこの業務には向いていないから、別の方向を探った方がよい。ついでに、出てくる人名について全部、確実なカタカナ読みを見つけるという作業もあり、これが侮れない。例えばMike Bassさんは「マイク・バス」さんなのか「マイク・バース」さんなのか「マイク・ベース」さんなのか。

だが、「とりあえず《訳読》ができるかどうか」は、そういった略称や人名といった翻訳作業の煩雑な部分は考えなくていい。単に英語として読める(読んで内容がとれている)かどうかを確認するだけだ。略称や固有名詞は英語のままにしておいてよい。 そういうのはあとからまとめて調べればよいのだから。

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2020年8月27日, BBC News

キャプチャ画像の最初のパラグラフ: 

NBA executive vice president Mike Bass said the league was "hopeful to resume games either Friday or Saturday".

《訳読》としては、まず、「NBAのexecutive vice presidentであるMike Bassは言った」、「リーグは『金曜または土曜のいずれかに、試合をresumeすることについてhopefulである』と」と処理するのが第一段階。(参考書で受験勉強をしている人には、この段階は「スラッシュリーディングする」という言い方で通じるだろう。)

これを、文を一読した次の瞬間に、この長さの文ならば、1秒か2秒で、頭の中でやる(手で書くと1秒、2秒では済まない。手で書いた方が確認ができて安心だが、学習段階でもなければ無駄に時間を食うだけだから、頭の中だけでできるように練習すべき)。この作業ができない人は、基礎力が足りていないので、高校受験レベル(中学英語のやり直し)の問題集までさかのぼってやり直すのが結局手っ取り早いだろう。というかTOEICだ英検だなんだ以前の話である。

次に、ここで英語のままにしたものを、「あとから調べればよいもの」(固有名詞など)と、「この段階で日本語にできないと、文意が取れたことにならないもの」に分類する。前者は、ここでは、"NBA", "executive vice president"*6, "Mike Bass" である。一方、後者は "resume", "hopeful" で、これらは「単語の意味がわからない」状態なら辞書を参照しなければならないし、「単語の意味はわかるけど、どうやってこの文の中にはまる日本語にしたらよいのかわからない」状態なら、文の中にはまらなくても、それがどういう《意味》なのかを表せる適切な日本語表現を考える必要がある。

 

と、ここで文法解説。

NBA executive vice president Mike Bass said the league was "hopeful to resume games either Friday or Saturday".

太字にした部分は《時制の一致》。主節が "said" と過去形なので、従属節(目的語となるthat節で、thatが省略された形)内も過去形の "was" になっている。

《翻訳》の観点から、ここで気をつけなければならないのは、従属節の過去形をそのまま過去形で訳すと、日本語としてはおかしくなるということだ。簡単な例文で考えてみよう。

  Tom said, "I'm in need of advice." 

  (トムは、「僕はアドバイスを必要としている」と言った

  → Tom said (that) he was in need of advice. 

  →(トムはアドバイスを必要としている言った

上の例で、「アドバイスを必要としていた」と過去形で訳してしまうと、時制が一つ前に行ってしまう。つまり「(昨日)トムは言った」「(一昨日)彼はアドバイスを必要としていたのだと」みたいなことになり(原文の従属節が he had been in need of advice ならばこの訳文となる)、誤訳となる。

このレベルの「誤訳」は、《翻訳》以前の《英文和訳》、例えば大学受験の下線部和訳でも減点対象となるだろう。こういう日本語にしたら原文の意味を損ねてしまうということが判断できないようでは、大学で要求される言語運用力があるかどうか怪しい、という理由で。

さて、上でいったん英語のままにしておいた《be hopeful to do ~》は、実はちょっと厄介な表現だ。英和辞典では "be hopeful of -ing" や "be hopeful + that節" の形でしか出ていないのだが*7コーパス的なもの(例えばこちら)を参照するとけっこう出てくる。《翻訳》をやりたければ、こういうのも調べる能力(そのために使うツールの知識も含めて)が必須となる(ただし、ツールだけ使えても《訳読》ができるだけの英語の基礎力がなければ、《翻訳》はできないだろう)。

というわけで、《be hopeful to do ~》は一筋縄ではいきそうにないのだが、一方で hopefully という《文修飾の副詞》があることを、《翻訳》を志すくらいの方ならご存じだろう。

  Hopefully we can get the work done by Monday. 

  (月曜までにその作業を終わらせられるとよいのだが)

こういったことも絡めつつ、今回実例として見ている文は(《翻訳》としての緻密さは別として)「MLBは、金曜または土曜に試合を再開したいと考えている」という内容だと判断することができれば、《訳読》は完了だ。

同じ作業を、キャプチャ画像内でこの後に続いている各文でも行う。全部やるのに、そうだな、マックスで5分くらいじゃないと、《翻訳》作業を業務にするのは、効率という観点から、難しいのではないかと思う。

 

※規定の4000字なんてどこへやら、今回も5000字超えたよ! 5450字。長くてすまんね。

 

 

 

参考書: 

ジーニアス英和辞典 第5版

ジーニアス英和辞典 第5版

  • 発売日: 2014/12/17
  • メディア: 単行本
 

 

*1:「日本通訳翻訳フォーラム2020」(#JITF2020) 自体は有料オンライン・カンファレンスで、いくつものレクチャーが行なわれたが、この日のこのセッションは無料配信で、登録なども必要なく、誰でも視聴することができた。そういう機会を提供してくださった運営の方々に感謝したい。

*2:だから某翻訳講座にひっかかる人を「身の程知らず」としてバカにしてはいけない。これは、誰でも分野が変わればひっかかる可能性がある悪質商法である。

*3:むしろ、否定的にであってもそれに言及させることが彼(ら)の狙い。いわゆる「バズる」状態を作り出すことに加担してはならない。批判する側はその辺のことにもう少し自覚的になったほうがいい。個人的なメールやLINEのようなものならいいけど、オープンなネットでああいう派手なうたい文句に言及しちゃだめです。

*4:先日も少しこのことについて書いた

*5:予備校では扱っていると思うが、塾(特に大学生が教える個人指導の形)ではどうだろうね。

*6:組織内の役職をいう表現はしっかり調べないと「誤訳」になる可能性があるので、しっかり調べる。これが、実務では実はものすごい煩雑である。

*7:いつもの『ジーニアス英和』に加えて『リーダーズ英和』、https://ejje.weblio.jp/content/hopeful で『研究社中辞典』やベネッセの『Eゲイト』など一般的にアクセス可能な辞書で確認。英英辞典でも Collins では用例全部見ても of -ingしか出てこないし https://www.collinsdictionary.com/dictionary/english/hopeful , Merriam-Websterでも同じ https://www.merriam-webster.com/dictionary/hopeful#examples なので、これは当ブログの範囲を超えた話だ。実例を見つけたらメモっていくことにはしたいが。

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