Hoarding Examples (英語例文等集積所)

いわゆる「学校英語」が、「生きた英語」の中に現れている実例を、淡々とクリップするよ

【再掲】it was not long after ~ that..., it was not until ~ that... ("Rest in power" というフレーズはいつ、どこから来たのか)

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このエントリは、2020年9月にアップしたものの再掲である。

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今回の実例は、前回述べた通り、"Rest in power" というフレーズについて。

誰かが亡くなったときに弔意を示す英語の一般的なフレーズは "Rest in peace" である。意味は「安らかにお眠りください」だが、日本語の「ご冥福をお祈りいたします」と同じような決まり文句だ*1

この "Rest in peace" を省略したのが "RIP" または "R.I.P." ……ではあるかもしれないが、実は "RIP" の元はラテン語の "Requiescat in pace" である。意味は英語の "Rest in peace" と同じ。というか英語がこのラテン語からの翻訳だ。

この "peace" を、頭韻を踏んだ(同じ音で始まる) "power" に置き換えたフレーズが、俳優のチャドウィック・ボーズマンのあまりに突然で早すぎる訃報に際して、Twitterなどで多く見られた。例えばF1のベルギー・グランプリでポールポジションを得た(その後優勝した)ルイス・ハミルトンは、「このポール(ポジション)をチャドウィックに捧げる」として、次のようにツイートしている。

故人を讃えることばを、"Rest in power(,) my friend." と締めくくっている。

他にも、例えば: 

 

 

 

 

この言い方に注目した人は日本語圏でも多かったようだ。見れば "peace" と "power" が「頭韻」であることはわかるし、「"struggle" の中に身を置いた人」のために用いられるという文脈も、何となくでも伝わると思うが、ではそもそもこのフレーズはどこから来たのか。

その点についてウェブ検索すると、解説記事は複数見つかる。今回はその中から、Slate.comのものを読んでみよう。Slateは、気軽に読み飛ばすとか、形式を押さえてざっと読み流すことがしづらい、しっかり読まないと理解できないタイプの文章が多いという印象のメディアだが、今回見る記事も例外ではない。アメリカの文化について、Slateの読者が普段から(無意識裡にでも)共有していることを共有していないと、読むのはけっこうしんどいと思う。下手に手を出すと「こんな文章も読めない私はダメだ」とヘコんでしまうかもしれないが、逆に言えば自分にカツを入れたいという気分の人には長文多読素材として好適である。ちょっと難し目の国公立大2次試験の問題で、内容要約などで使われていてもおかしくない文章だ。

記事はこちら。2019年9月30日付である: 

slate.com

記事の最初の部分(冒頭の2パラグラフ)は、いわゆる「つかみ」の文で、この記事が出たときに(アメリカで)ホットだった話題について「みなさんご存じのあの件ですが」という感じで述べていて、この部分はその話題のことをよく知っていないと、読むのがつらいだろうと思う。ざっくり説明すると、「ロック・ミュージック界で非常に著名な白人ミュージシャンが75歳で自然死したときにも "Rest in power" という表現が用いられたが、その人口に膾炙している目新しい表現は、どういう文脈で、どこから出てきたのだろうか」ということが述べられている。

そのあと、"What is that history?" で始まるパラグラフから後ろが本題の部分だ。

本題の部分に入ってすぐ、ネット上で追跡できる範囲では、2000年にカリフォルニア州オークランドのストリート・アートのシーンで用いられていたことが確認できた、2005年には印刷物でも確認できた、という記述があり(この文も読むのはけっこう大変だと思うので、高校生や大学受験生はこれがすらすらと読めないこと自体を気にしすぎることのないようにしてほしい)、今回実例として見るのはその次の部分。ちなみに、2005年はまだTwitterがサービスを始める前で(Twitter創業は2006年)、ネット上のコミュニティといえば各種ブログか、2020年の現在ではもう「誰も使っていない」状態のMySpaceだった。仮にMySpaceや、今はもう閉鎖されてしまっているブログなどで "Rest in power" が使われていたとしても、それはもう(少なくとも「ウェブ検索」という手段では)検証不可能になっている。いや、ブログ以前の、個人サイトなどでも、サービス終了などで消えてしまったところはいくらでもあるので、今の時点で一般人の立場でできる検証には限界があるのだが……。

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https://slate.com/culture/2019/09/rest-in-power-phrase-history-appropriation-black-activists.html

キャプチャ画像の一番上: 

It wasn’t long after Twitter began to gain popularity that “rest in power” started to pop up in tweets, often in connection with hip-hop figures and black musicians, but it wasn’t until two more teenage lives were cut short that the phrase entered the national lexicon.

黒の太字と青の太字で、等位接続詞のbut(下線)で繋がれたセンテンスに含まれている2つの構文(構造)を示した。どちらも大学受験頻出だ。

1つ目、《it is not long after -- that ...》は、基本形は《it is ~ that ...》の強調構文。その "~" の部分が、"not long after --" となっているわけだ。"long after --" は「--のあと、長く(経過してから)」で、それにnotという否定語がついている。

ここでは時制が過去形だから、基本構造を過去形で示すと、《it was ~ that ...》(「…したのは~だった」)→《it was not long after -- that ...》(「…したのは--のあと、長く経過していないうちだった」)。

という構造を踏まえると、この部分が「"rest in power" (というフレーズ)がツイートの中に散見され始めたのは、Twitterが人気を得るようになってさほど時間が経過していないころだった」といった意味になるということはわかるだろう。もっとわかりやすく書けば、「Twitterが人気を得るようになってほどなく〔まもなく〕、"rest in power" (というフレーズ)がツイートの中に散見され始めた」となる。

その後に続く "often in connection with hip-hop figures and black musicians" は「多くの場合、ヒップ・ホップ界の人物や黒人のミュージシャンと関係して」。つまり、Twitterが普及しはじめて、ヒップ・ホップやブラック・ミュージック界隈で訃報があると、 "rest in power" というフレーズがツイートされるのが目に付くようになった、という説明である。

 

次、青字のところ: 

but it wasn’t until two more teenage lives were cut short that the phrase entered the national lexicon.

《it was not until -- that ...》も、基本形は《it is ~ that ...》の強調構文だ。 "~" の部分が、"not until --" となっている。直訳すれば、「…したのは、--の時点までではなかった」、つまり言い換えれば「…したのは、--した後のことだった」。これをもっとかっこよい日本語表現にすると「--してはじめて、…した」となる。

  It was not until I got Covid-19 that I realised it wasn't a hoax. 

  (自分がコロナはでっちあげではないと気づいたのは、コロナにかかった後のことだった)

  (コロナにかかってはじめて、コロナはでっち上げではないと気づいた)

実例の文は、「そのフレーズが全国的な語彙に入ったのは、さらに2人の10代の命がいきなり絶たれた後のことだった」という意味になる。

 

その、"rest in power" というフレーズが一般化するきっかけとなった、若くして亡くなった2人のティーンエイジャーとは、マイケル・ブラウンとリーラー・アルコーンだとこの文(の筆者)は主張している。2人とも2014年に亡くなっている。マイケル・ブラウンは、ここで書かれているように、ミズーリ州ファーガソンで警察官に撃ち殺された18歳の黒人少年。彼のことは、日本語圏では、彼の名前以上に「ファーガソン」という地名で記憶されているかもしれない。

もう1人のリーラー・アルコーンは、男性の身体で生まれた女性で、同級生らはそのことを理解していたのだが、親が厳格なキリスト教徒(カトリック)でそのことを認めず、彼女を絶望に追い込んだ。リーラーは宗教に殺された(忘れないでほしい。宗教は人を殺します。救いもするだろうけど)ティーンエイジャーの1人で、広くLGBTQ+の人々が彼女を "rest in power" と言って見送った。そのことは記録をつけてある (archive)。

 

と、ここで例によって当ブログ規定の4000字はとうに超え、この時点で5500字になっているので、この先はまた次回。

 

参考書:  

英文法解説

英文法解説

 

 

 

 

 

 

*1:ただし「ご冥福」は使わない宗派もあるし、無宗教の人は避けるフレーズである。英語の "Rest in peace" も使うべきでないとする宗派もある。英語版ウィキペディアには北アイルランドのオレンジ・オーダーの事例が紹介されている。私としては、こんなところでオレンジ・オーダーと遭遇するなんてと苦笑せずにはいられないのだが、読んでみると、なるほど、非常にらしいといえばらしい話である。

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