Hoarding Examples (英語例文等集積所)

いわゆる「学校英語」が、「生きた英語」の中に現れている実例を、淡々とクリップするよ

「これを英語でどう言うか」がわからないとき、自分で考えずに、常に #機械翻訳 に頼ってはならない理由。

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今回は前回のエントリの続きで、翻訳者は翻訳するときに具体的にどんなことをしているのかという説明を書こうと思っていたのだけど、激務後の言語野の疲労がまだ残っていて、前回のエントリを書いたあとが続かず、何もまともな文章にならない感じなので、別のトピックを。

今日、Twitterの画面を見ていたら、犬だの猫だの風景だのの数々の写真に紛れて、翻訳に関するトピックが2件、流れてきた。ひとつは "Thank you for the place busy." なる意味不明文が、おそらくは韃靼海峡をわたつていくてふてふのように、海外の会社に飛んで行った、という話題。もうひとつは、何でもスゴい日本国のユニークで他に類のない新慣習「みなし陽性」を英語でどう表現するか、という話題。

どちらも、英語を満足に使えるわけではない日本語母語話者が英語を使うということはどういうことか、機械翻訳をどう使ったらよいのかということについて示唆するところが多く、とても興味深いと思ったし、蓄積疲労で死にかけている言語野にはよい刺激となった。

このトピックについて、少しだがTwitterに書いたので、それを改めてまとめておきたい。

 

前者の "Thank you for the place busy." については、「英語は英語として読む」ということが習慣化されている私には「非文だろ」っていうこと以外は何ら情報として入ってこなかったのだが(「非文」と判断されたものをそれ以上読むということは、私は仕事でなければやらないことにしている。疲れるだけだから)、ツイート主さんをはじめ、リプライをつけている何人かの人々(そのおひとり)により、原文は「お忙しいところ、ありがとうございました」と考えられる、という情報が得られた。実際、その対訳ペアは機械翻訳に入っているようだ。片方は非文なんだけどね。

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https://twitter.com/mopper27af/status/1491984707273510912

ガチで検証するつもりなら、自分で機械翻訳エンジンを使ってこの日本語文を英語にしてみるべきなのだが、今の私の言語野の状態でそれをやってしまうとあと2日寝込むことになるので、その作業は割愛させていただきたい。

いずれにせよ、「お忙しいところ、ありがとうございました」というあいさつ文(定型表現)の内容を考えずに、字面だけ英語にしようとすると、こういう意味不明の文ならぬ非文ができてしまう、というのがポイントだ。

ちなみに、「お忙しいところ、ありがとうございました」みたいな社交辞令的な定型表現を英語でどう表すかということは、所謂「受験英語」を離れて「実用英語」を使おうとし始めたときに最初にぶち当たる壁のひとつで、私がそういうことをやり始めたときは、書店に行って、ものすごいたくさん出版されている「英文手紙文例集」の類の本から、自分に合っていそうなものを選んで買って、それを参照してコツコツと英文のレターを書いてみるということで練習したものである。

定石的なことをいえば、英語では手紙(であれ電子メールであれ何であれ)で「お忙しいところ、ありがとうございました」という挨拶言葉を書き添えるという習慣があまりない。相手を気遣っているはずの日本語の表現をそのまま書くと、「忙しいかどうかなんて個人的な事柄に首を突っ込んでくるのか」「忙しいと根拠もないのに決めつけているのか」というふうになって奇妙(あるいは最悪の場合は失礼)になってしまうので、どうしても「お忙しいところ……」的な一言を何か書くなら "Thank you for your time." (「お時間を割いていただき、ありがとうございました〔ありがとうございます〕」)などとする。また、 "Thank you for your consideration." とすれば「お忙しいところ、当方の提案をわざわざご検討くださいまして、誠にありがとうございます」くらいの気持ちが伝わるだろう(ただしこれは場合によっては「損はさせませんから、絶対にこちらの提案を検討してくださいね」くらいの強い表現にもなりうる)。こうすれば相手に「この人はなぜ、私が忙しいかどうかにこだわるのだろう」というような変なひっかかりを覚えさせず、さらっと社交的な言葉として読み流してもらえるだろう。日本語圏での「お忙しいところ……」と同様に。

DeepLなど現在日本語圏で称賛されまくっている最新のものであれ、昔の翻訳エンジンであれ、機械翻訳は、「お忙しいところ……」という日本語の文に "Thank you for your time." という英文を対訳ペアとして与えればそのように出力してくれるだろうが、意味がわかってそうしてくれるわけではない。また、こういう慣用的な表現について対訳ペアを与えられていなければ、どう出力していいかわからなくなって、黙ってしまうならまだいいが、しれっと "Thank you for the place busy." なる非文を返してくるかもしれない。そういうことがわかっていて使うのであれば、便利な道具である。

しかし、そういうことも前提せずに機械翻訳を「お手本」として使うということは、外国語学習に際してオウムを教師とするようなものである(最近、そういう発想のウェブサービスが開発されて、ネットで大歓迎の声が起きているのをはてブで見かけたが)。人間が人間として、語学運用力向上を目指すために「お手本」を求めているのなら、そのお手本は機械翻訳は与えてくれない。上記のような文例集や、あるいは名言集などを参照すべきである。

そこで、今回のトピックの2つ目である。すなわち、何でもスゴい日本国のユニークで他に類のない新慣習「みなし陽性」を英語でどう表現するか、という話題。

このようなトンチキな診断法は、言うまでもないと思うが、普通に医学と医療・保健機関が機能している国ではとられていない。だから、対訳となる表現は最初っからない。「これを英語でどう表現するのか」を考えるときに、単に訳語を探すのではなく、その言葉が表しているものを説明するようにしなければならない。

例えば私は大学に入ってすぐの「英語表現」の授業で、「アレキサンダー大王の東征」を英語で説明しなさいという課題を出された。「東征」などという表現は、もちろん英単語としては習っていない。そういうときにどうするかというと、「アレキサンダー大王は東方を征服するために遠くまで赴いた」みたいな感じで意味をくだいて、それを英語で表すことになる。この課題では、私の回答例はシンプルすぎて先生から「幼稚園生みたいにシンプル」(=論文ではこんな言い方しないように)と評されたのだが、合格点はもらったと記憶している。

私が大学に入ったときにはネットはおろかコンピューターもなかったし、電子辞書も使っている人はいなかったから、みな自力で説明を考えていたが、こういうときに、すぐにネットで検索できるようになっている現在では、学校の授業でもなければ、こういうのはさくっとググったり、DeepLに投げてみたりする人が大半だろう。

だが、それでは、そのときはしのげても、英語を使える力を伸ばすことにはつながらない。

特にDeepLの出力結果(それを彼らは「翻訳」と呼んでいる)は、実は、とてもあてにならない。あれが基づいている対訳データベース的なものが、元々、お世辞にも、何というか、まあ(以下略)。

閑話休題。で、「みなし陽性」をDeepLはどう処理したかというと、そんな語の対訳はもちろんないから、「みなし」と「陽性」をそれぞれ直訳してくっつけたようだ。報告によると、"deemed positive" と出力したそうである。

まあ、いわんとすることはわからんでもないが、これでは「みなし陽性」という珍妙な制度を持たない国に住んでいる人々には、まったく通じないだろう。文にして、"He is deemed positive." なら言ってることはわかるかもしれないが、そうしたところで、「症状が出ているので検査を受け、その結果待ちであり、結果が出るまでは陽性とみなされて(自己隔離して)いる」といったふうにしか読み取ってもらえないのではないかと私は思う(的を外しているかもしれないので、その場合はコメント欄などでご指摘ください)。

さて、これを英語で表すには、先ほどの「アレクサンダー大王の東征」と同じように、「みなし陽性」という語句が何を表しているのかを確認するところから始めなければならない。よって、作業の第一歩は、日本語での定義の確認だ。確認するまでもなく良く知っているという人はここは飛ばせばよい。

日本語での定義の確認は、新型コロナウイルスに関しては、厚生労働省や各自治体の用語解説の類があればそれを参照するのが一番手堅い。新聞社の用語解説でもいいだろう。ここでは私が検索して一番上に出ていた東京新聞の用語解説を参照してみる。

新型コロナ感染者の急増に伴い、感染者の同居家族に発熱症状が出た場合など、検査をしなくても医師が感染者とみなす「みなし陽性」を東京都などが認めている。

<Q&A>新型コロナ「みなし陽性」とは どんな人が対象に? 療養期間はどれくらい? :東京新聞 TOKYO Web

引用部分で太字にしたところが、「みなし陽性」の定義だ。特に重要なのが下線部。

外国の人にざっくりと説明するのなら、下線部だけでいいだろう。だから、文にするんだったら、Doctors can diagnose without testing the patient. みたいなところから考え始めて、表現を確認したり磨いたりしていけばいい。本稿ではそこまではやらないが。

というわけで、何かわからないことがあった場合、少なくとも「英語が使えるようになりたい」と思っているのなら、DeepLの出力するものを「お手本」としてありがたがってはいけない。対訳となる訳語を知らない場合は、内容から、自分で表現を考える必要がある。

最近は「DeepL先生」扱いというか「DeepLにおうかがいを立てる」的な認識もどんどん広まってきているようだが、それはいけない。「正確さ」を求めて英語力の不十分な人間ではなく機械翻訳を使っているはずなのに、「正確さ」とはほど遠いことになっていて、しかもそれを使っている人間は、それのどこが「正確さ」とはほど遠いのかわからない。それで他人とコミュニケーションができるなどと考えてはならない。

「信号が青になったら渡ります」の「青」を、仮に機械が、文字通りblueと出力したら、いつまでたっても信号を渡れなくなってしまう。この場合、機械がblueと出力したときに、greenだと修正できる人間が手を加えないと、使い物にならない。機械が絶対に常に正しいと想定して、機械翻訳を「自分が働かなくても全部やってくれる道具」的に使おうとする人間は、のび太くんのような目にあうだろう。

 

※大幅に字数を超過して5100字なので、この辺で。

 

 

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