Hoarding Examples (英語例文等集積所)

いわゆる「学校英語」が、「生きた英語」の中に現れている実例を、淡々とクリップするよ

【再掲】日本語の文を、そのまま逐語的に英語にしただけで、言いたいことが伝わるとは限らない(序)

↑↑↑ここ↑↑↑に表示されているハッシュタグ状の項目(カテゴリー名)をクリック/タップすると、その文法項目についての過去記事が一覧できます。

【おことわり】当ブログはAmazon.co.jpのアソシエイト・プログラムに参加しています。筆者が参照している参考書・辞書を例示する際、また記事の関連書籍などをご紹介する際、Amazon.co.jpのリンクを利用しています。

このエントリは、2020年10月にアップしたものの再掲である。

-----------------

今回は「実例を検討する」というより、日本国の首相が世界に開かれたTwitterに英語で投稿した文面について。これについて「意味は通る」と強弁する人たちが少なくないが、普通に英語使える人なら「通じてないよ」としか言いようがないはずである。

本題に入る前に前置き。「話す」のであれ「書く」のであれ、英語を使って自分の言いたいことを表現する場合、2つのパターンがある。

まずひとつは、日本語の文を、英語の文法を参照しながら、淡々と訳せばよい(直訳すればよい)という場合。もっとも単純なのが、例えば「おなか空いた」なら "I'm hungry." だし、「今、忙しいんだ」なら "I'm busy." というように、 "I'm ~" という文の形に合わせて、表したい意味に応じて単語を選んで "~" の部分に入れて、言いたいことをいろいろ表現するパターンで、これが「訳す」ということの基本になる。

そしてもうひとつは、そのように「直訳」していたのでは言いたいことが表せない、という場合。例えば初対面の人と交わす挨拶、「はじめまして」は、直訳すれば "This is the first time." とでもなるだろうが、英語で初対面の人からそんなことを言われても「?」となるだけで、この場合は「はじめまして」という《メッセージ》(自分の言いたいこと)を相手に伝える場合には、英語でそういうときに使う決まり文句である "Nice to meet you." を使う。逆に見れば、"Nice to meet you." という英語のフレーズには、どこにも、日本語の「はじめ」という単語に相当するものはない。ただフレーズ全体として「はじめまして」の意味を表している――というか、日本語での「はじめまして」と同じ機能を、英語の "Nice to meet you." が持っている。

とてもざっくりとした説明になってしまったが、これが基本である。つまり、普通に和文英訳して表せることと、それでは表せない(特別な決まり文句を使う必要がある)ことの2種類があるのだ。翻訳という作業をしている人は、この2種類の翻訳を自在に切り替えながら作業に当たっている。

近年の文法・訳読排除で少々様相が変わってしまったのだが、基本的に、学校で英語を教わっていれば、和文英訳が基本にあるような翻訳は、普通にできるようになっている(はずである)。"I'm hungry." と言える人は、単語の知識を十分に増やしさえすれば、"I'm busy." も "I'm concerned." も "I'm upset." も言える。

だが、"Nice to meet you." のように決まり文句を使わないと話者の言いたいことが意図通りに伝えられないようなものは、実際に英語を使って誰かとコミュニケーションをとるようにならないと使う機会がなく、学校では接する機会がないものが多い。もちろん、「はじめまして」程度のフレーズなら、何十年も前の中学生だって教科書にあった「英語で会話してみよう」みたいなコーナーで習っているが、例えば、家族の誰かを亡くした人に「お悔やみ申し上げます」*1と伝えたい場合の英語での言い方のようなものは、特別に習うか調べるかしなければ書けない/言えないだろう。

そういうときに「英語のフレーズを調べるためには、辞書を引く」という習慣がしみ込んでいる人ならば辞書を参照するだろうが、そういうことができる人は、ネットで使える機械翻訳が普及しきっている現在では、学者や教育者、翻訳者くらいだろう。何しろ、単語の意味を調べるときにまで、辞書ではなくGoogle翻訳を使う人が少なくない世の中だ。

実際のところ、決まり文句に関しては、辞書さえ引けば解決することが少なくない。例文のところに求めているフレーズがあることが多いのだ。例えば「おくやみ」を和英辞典で参照すれば、"Please accept my sincere condolences." という英文と「衷心よりお悔やみ申しあげます」という対訳の日本語文が得られるだろう。そういうものはそれをそのまま(必要に応じてアレンジして)使えばよい。それが「英語ができる(使える)ようになる」というプロセスに必要なことだ。

だから、英語で何かを伝えようとする場合は、どんどん辞書を使ってもらいたいと思うのだが、今では、実際にはGoogle翻訳などのウェブ翻訳を使う人が多いだろう。そういう手軽なウェブ翻訳でも「私はおなかが空いている」と入力すれば "I'm hungry." と返ってくるし、「はじめまして」と入力すれば "Nice to meet you." が返ってくるのだから、「翻訳サイトは、和文英訳的な《翻訳》も、決まり文句の《翻訳》もお手の物なのだ」と人々が思い込んでいても無理はない。

無理はないが、残念ながら、それは間違った思い込みである。

 

 

と言うと「まだ発展途上の技術だから、厳しく見ないほうがいい」という反論があったりもするのだが、「将来的にそういうふうに発展する」と思える根拠は、現状の機械翻訳の技術には、ない。なぜなら機械翻訳は《意味》を考えることをあきらめたうえで開発されているからだ。機械が覚えている(認識している)「原文」と「訳文」のペアが間違っている場合(誤訳を教えられていたら)、機械はそれが間違いだということすら認識できないばかりか、それをベースに応用を繰り返すわけで、論理的に考えれば、その結果としては、人間が読んでもよくわからないような誤訳が(「見かけ上の流暢さ」をまとって)再生産され、数的に増幅するだけである。つまり、今のままだと「生温かい目で見守る」くらいの期待しかできないだろう。

というわけで、要は、日本語で書かれているものを英語にする場合、淡々と和文英訳していけばよいものと、和文英訳ではなく英語で用いられている決まり文句を引っ張ってこなければ《メッセージ》を伝えることができないものの2種類があり、人間のプロはその2つを瞬時に区別し、それぞれの技能を使い分けて今ここで必要とされているものをアウトプットするように対処しているが、機械翻訳はそれができず、「当たるも八卦、当たらぬも八卦」のように、たまたま決まり文句としてインプットされているものは決まり文句としてアウトプットするが、何がそうであるかはユーザーはコントロールすることはできず、それどころか知ることもできないというかなり危ういブラックボックスである。

それをわかっていてツールとして使うのならよいのだが、問題は、その2種類の区別ができないユーザーが「何でもかんでもとりあえず機械翻訳で」ということをやってしまうとどうなるか、ということだ。

そしてこの10月3日に日本国首相の個人Twitterアカウントであったのは、おそらくそういうことだ。

10月2日(金)、アメリカのトランプ大統領夫妻が新型コロナウイルスに感染していることが明らかにされた。大統領は発症しているということも、少し後で明らかになった。

大統領が陽性となる前に側近の陽性がメディアにすっぱ抜かれたのだが、「濃厚接触者」である大統領は自己隔離すべきところでしていなかった。そればかりか、その間、遠出して、資金集めのために屋内で支持者集会を開くなどもしており、実に無責任極まりないと批判されている。

しかも、実は感染が公表されるかなり前(数日前)に大統領は検査結果が陽性となっていたそうだが、数日間は隠蔽されていた*2

週明け5日(月)にはこれが問題の焦点(のひとつ)となっているのだが(もうひとつはトランプがこの感染症に効果があると認められているステロイド剤を投与されたが、このステロイド剤はかなり重い症状に使われるものだし、精神作用を引き起こすので、場合によってはかなり危険という話題)、2日(金)から3日(土)に感染が公表され、そしてあまり時間がたたないうちに、大統領が病気になったときに入ることになっている病院(軍の医療機関)にヘリで運ばれたころは、こういう場合の形式的なお見舞いの言葉などがTwitterを飛び交っていた。

……というのが本稿の本題なのだが、残念ながらもう、当ブログの規定文字数4000字はとっくに突破していて、今この行で5000字に到達した。この先は、次回に持ち越しとしよう。

 

f:id:nofrills:20201014193852p:plain

 

参考書:  

機械翻訳:歴史・技術・産業

機械翻訳:歴史・技術・産業

 
通訳翻訳ジャーナル 2020年7月号

通訳翻訳ジャーナル 2020年7月号

  • 発売日: 2020/05/21
  • メディア: 雑誌
 

 

 

 

 

 

*1:これが「決まり文句」であるということに気付けるかどうかも一筋縄ではいかない話だが、本稿ではそこまでは踏み込めない。

*2:「隠蔽されていた」なんて書くとどっかから怒鳴り込まれるから「伏せられていた」というのも併記しておこう。同じことです。

当ブログはAmazon.co.jpのアソシエイト・プログラムに参加しています。筆者が参照している参考書・辞書を例示する際、また記事の関連書籍などをご紹介する際、Amazon.co.jpのリンクを利用しています。