Hoarding Examples (英語例文等集積所)

いわゆる「学校英語」が、「生きた英語」の中に現れている実例を、淡々とクリップするよ

経済制裁下のロシアの人々(仮定法過去, 略語, 前置詞+動名詞, など)

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今回の実例は、報道記事から。

ソ連、じゃなかった、ロシアによるウクライナ攻撃が始まって、ロシア国籍の人々が、国籍だけで差別発言、憎悪発言の対象となることが実際に起きているという。例えば唐突に北方領土を返せというDMを送り付けられた人とか、国籍によるヘイトを受けた人がいる。

もし今、やり場のない怒りと悲しみを、ふとすれ違った「ロシア人」にぶつけたい人がいたら、どうか腕立て伏せをするなりスクワットをするなり、キャベツを千切りにするなり、自転車のチェーンに油をさすなり、タッパーのみぞを掃除するなり、ちょっと全然関係のない、作業として集中しないとできない作業に2分間没頭してほしい。ジョージ・オーウェルの『1984』にある「二分間憎悪 two minutes hate」ならぬ、「二分間作業」だ。だって、あなたがすれ違ったロシア人は、事態とは関係がない。それは、日本の軍隊が真珠湾に奇襲攻撃をおこなったときに米国にいた日本からの移民やその子供たちが、日本軍とも、日本軍の行動を決定した政治家たちとも関係がなかったのと同じことだ。

それに、今、この事態で、世界で最も危険にさらされているのは、ウクライナにいる人々と、そして、ロシアでプーチンの考えに反対し、戦争に反対している人々だ。

プーチンのロシアは、周知のとおり、気に入らない発言者は簡単に逮捕・投獄するし、毒殺したり撃ち殺したり、獄中で拷問して殺したりしている。毒殺対象となり、何とか一命を取り留めたが、ロシアに戻って結局投獄されているナワリヌイ氏を、だれか覚えている? モスクワのど真ん中で射殺されたネムツォフ氏は? そして、アンナ・ポリトコフスカヤは? 

そういう中で、ロシアの人々は、次々と「戦争(侵略、侵攻、武力行使)反対」の声を上げている。

それは、私の見ている範囲のTwitter(主に英語)でも、「都会のリベラル」と矮小化された呼称で呼ばれていて、実際に何かを変える力がある存在とはみなされていない。

しかしそんなことは、この人たちの勇気を否定するものではない。私は彼らの声を、できる範囲で追いながら、「チャウシェスク政権ってどうやって倒れたんだっけ」と思い出そうとしている。思い出して何になるわけでもないかもしれない。

それに、日本にもすごい大勢いる「政治的なことには関心を持たないようにしてる」というタイプの人たちにも、今回の侵略の結果、ロシアに対して世界各国から突き付けられた経済制裁は、直接に影響している。例えばApplePayが使えなくなっているなど、市民生活にダイレクトにかかわっているからだ。

というわけで今回の実例は、ロシアでの人々についてのBBC記事から。記事はこちら。

ここ数日、どんな英文を見ても英文法の項目が立ち上がって見えてこなかったのだが(この私がそうなるのは、かなりなことである)、この記事はのっけから「お」と思わせてくれた。

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https://www.bbc.com/news/world-europe-60558731

書き出しの1文: 

"If I could leave Russia right now, I would. But I can't quit my job," says Andrey.

太字にした部分は、美しい《仮定法過去》である。仮定法過去では、if節の中では助動詞を用いず、単に「動詞の過去形」になることが多いのだが、この文ではif節内が助動詞なので、それがそのまま「助動詞の過去形」になっている。

  If I had much free time, I would read Ulysses. 

  (もし私にたっぷり自由な時間があれば、『ユリシーズ』を読むのだが)

  = I don't have much free time, so I don't[won't] read Ulysses. 

 

  If I could read Ulysses, I would

  (もし私に『ユリシーズ』をよむ能力があるのなら、そうするのだが)

  = I can't read Ulysses, so I won't

というわけで、BBC記事のアンドレイさんの発言は、「今、私がロシアを後にすることができるのなら、そうします。しかし、仕事を辞めることができません」という意味。

ロシアでは、今般の経済制裁を受けて、金利が急激に引き上げられた。

これは人々の生活を直撃している。アンドレイさんも急遽、何とか打開策を見つけなければならない。

"I am planning to find new customers abroad asap and move out of Russia with the money I was saving for the first instalment," says the 31-year-old industrial designer.

と、記事をここまで読んで、ようやく、アンドレイさんの年齢と職業がわかる(日本の報道記事なら、こういう情報は記事の最初に書かれるはずだ)。31歳で、工業デザイナーをしているという。

文中の "asap" は as soon as possibleの頭文字をつなげた略語で、仕事での取引先との連絡などある程度フォーマルなコンテクストでも使う。

アンドレイさんの発言の文意は「なるべく早く、国外に新たに顧客を見つけて、(組めなくなっている住宅ローンの)最初の支払い(頭金)のために貯蓄していたお金を持ってロシアから出ることを計画している」。

その次のセクション: 

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https://www.bbc.com/news/world-europe-60558731

"I am scared here - people have been arrested for speaking against 'the party line'. I feel ashamed and I didn't even vote for those in power."  

太字にした部分は《前置詞+動名詞》の構造。ここでは "for" は《理由》を表し、「『党の考え』に反対して発言したことを理由として(ことで)、人々が逮捕されている」の意味。

日本語で不特定多数の人々が「おそろしあ」とかいってネタ化して消費してきたことには、実際に影響を被る人々がいるのだ。

アンドレイさんは、プーチン大統領にも彼が率いる政党(議会の与党)にも投票していないという。

つまり、彼が国外に出なければと思う理由は、お金の問題だけではない。

そういう人たちに取材して記事を書くにあたり、BBCは次のような方針を取っている: 

Like other interviewees for this article we are not using his full name or showing his face for security reasons. Some names have been changed.

日本のメディアは、取材相手を匿名化し、写真・映像では顔を隠すとか、TVの場合は声を変えるとかいうことを本当に普通に行っているが、英国などのメディアでは、性犯罪被害者などを例外として通例、そういうことはしない。「どこの誰の発言か」ということをはっきりさせておく必要があるからだ。

だから今回のこのケースのように、名前もあいまいにしなければならず、顔写真も示せないときは、こういうように注釈みたいなものをつける。「この記事で取材に応じてくださったほかの方々と同様、身の安全を考えて、彼のフルネームはここでは使わず、彼の顔もここでは示さない。以下、記事の中では名前を変更したものもある」。

 

寝て起きたら、全部夢だったらいいのに、と思うが、実際には寝たら首を絞められる夢を見て2時間くらいで起きてしまうというような日々が続いている。私でさえそんなんなのだから、現地の方々、また現地に心理的もしくは距離的に近い方々はいかほどのご心労だろうか。

 

軽々しく社交辞令的な言葉を言うのも、違うと思う。だって「一日も早く日常が」ということは、ほぼ期待できないということを、少なくともこの10年くらい普通に意識があった人間なら、知っているはずだから。そんな白々しいことを、口にすべきではない。

 

だまってクルコフやピンターを読もうと思う。

 

※4000字

 

※本稿、本来は3月1日にアップするつもりであったが、いろいろあって2日の朝になってしまった。お詫び申し上げたい。

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