Hoarding Examples (英語例文等集積所)

いわゆる「学校英語」が、「生きた英語」の中に現れている実例を、淡々とクリップするよ

【再掲】男・女に限定しない3人称単数の代名詞としてのtheyの用例(単数か複数かを文の前後から判断するという読解スキル)

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このエントリは、2020年10月にアップしたものの再掲である。

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今回の実例は、報道記事から。

英語を習って最初に覚えることのひとつが、人称代名詞である。下記の表は、英語を習った誰もが暗記させられたはずだ。 

  主格 所有格 目的格 所有代名詞
1人称単数  I my me mine
2人称単数 you your you yours
3人称単数(男)  he his him his
3人称単数(女) she her her hers
3人称単数(人以外) it its it -
1人称複数  we our us ours
2人称複数 you your you yours
3人称複数 they their them theirs

このように、英語では3人称単数の場合は、常に「人か人以外か、人である場合は男か女か」を判断して人称代名詞を使い分けているのだが*1、人か人以外かはともかく、他人が自分のことを言う場合に男か女かを決め打ちされるのは違和感がある、という人々が、男女を明示しない(つまりgender-neutralな)代名詞を使ってほしいということで、元から男女の性別にかかわりなく用いられている3人称複数のtheyを3人称単数の代名詞として用いることが、ここ数年で広まってきた。

元から、たとえば行政の書類や法的な文書、学術論文などで、漠然と不特定な「誰か」を言う場合に性別を特定しないようにするために "he or she" あるいは "he/she", "s/he" と表記することはあったが*2、誰か特定の人を言うときにこれを使うのはあまりにおかしい。 "Allie is a student. He or she is from Canada." みたいになってしまう。

ここに、he, sheのどちらかで呼ばれたくない人々を呼ぶときに使う1語の代名詞の必要性が出てくる。

実はこれは18世紀にはすでに英語で問題となっていたことだそうで、さまざまな提案がなされてきたという。それら詳細な話には今回は立ち入っている余裕はないが、興味がある方はこちらの米ミルウォーキー大学の文書ノン・バイナリーwikiなどを参照していただきたい。

Theyが実は単数を指しているという事例は、ジェンダーの観点からの疑問が呈される前からも英語の日常生活の中でよくあったという。例えばMerriam-Webster辞書には次のような用例がある

No one has to go if they don't want to.

こういう事情で、男女関係なしに使われる3人称複数の代名詞を、男女関係ない3人称単数の代名詞として使っていこうということになって、大手報道機関なども「3人称単数のthey」を特に注釈なく使うようになってきた。

今回の実例はその例。記事はこちら: 

www.bbc.com

報道されている内容は、スウェーデンのレストランで、中国の政治トップを新型コロナウイルスにひっかけておちょくったストリートアート系の絵が壁に貼られているのが差別的であるとして問題になっているということだが、本稿ではその話題には立ち入らない。

実例として見るのは、問題になっているその絵を描いたアーティスト(作者)への言及の記述だ。

 

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https://www.bbc.com/news/world-europe-54499858

キャプチャ画像内4番目と5番目のパラグラフ: 

The artist behind the poster, who publishes work under the name Iron Art Works, said they apologised for any offence caused, but not for the image itself.

"I would not have done it in the first place If I did not stand behind it. I still do," they told the BBC via email. "I don't want to hurt people of course, that is not my intention at all."

太字にした人称代名詞はすべて同じ人のことを指している。つまり、アーティスト本人が「私 (I)」と1人称単数で呼んでいる人が、第三者の観点からはtheyになっている。つまりこのtheyは複数ではなく単数だ。

この文の場合、ぱっと見では "they" は "Iron Art Works" を受けているので複数形、というふうに見えるかもしれないが、そうではない。

3人称単数のtheyが定着し、より一般的に用いられるようになってくると、こういう読解スキルが必要とされることになる。こういうのは、今の機械翻訳(ニューラル翻訳)はどうやって実装・実現していくんだろうね。私は知らない。

 

ところでこのアーティスト、"Iron Art Works" 氏について調べようとしても、これまた語句として一般的過ぎて何かを見つけるのが面倒という名称で(鉄を使った工芸品や彫刻に関するものばかりが検索結果に出てくる)、私もこんなことにそんなに時間をかけられないので突っ込んで調べてはいないが、本人が性別を明らかにしていないか、ジェンダーニュートラルな代名詞を使ってほしいと要請しているかのどちらかだろう。

BBC記事の下のほうにエンベッドされている氏のインスタグラムの投稿(英文)から、氏のインスタのページに飛んで、そこからプロフィール欄にある氏の個人サイトを見てみたが、性別の手がかりになるようなものはなく、単に性別不明なのか、ジェンダーニュートラルな代名詞を使ってほしいという人なのかはわからなかった。Aboutのページにある制作光景のビデオを見ても、覆面アーティストだということがわかるくらいだ。なお、骨格や体形は男性のように見えるが、そんなことで「性別」がわかるわけではない。

 


ちなみにこの3人称単数のtheyは、自分から「私については代名詞はtheyを使ってほしいと言うことで、他人に使ってもらえるような代名詞なので、最近はそのtheyの用法を後押しするかのように、従来通りheやsheを使う人も含めて、「私についての3人称単数の代名詞はこれを使ってください」ということをSNSのプロフィール (bio) に一言書き添える人が多くみられるようになってきた。

例えば、Twitterで検索すると、次のような感じで人々のプロフィールが見つかる。左から、「私についてはheやhimを使ってください」と言う人々、「she, herを使ってください」と言う人々、「they, themを使ってください」と言う人々である。 

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個人的に、10年以上前からフォローしている英語圏のブロガーや文筆家が、ここ1年か2年ほどの間に "they, them" を使ってほしいと明言することが何件かあり、こうやって "he" や "she" の人々も「自分のことはこう呼んでください」と(従来の考え方ではあえて言うまでもないような当たり前のことを)言うことによって、he, sheにはまらないtheyの人々の存在を「見える化」していくという社会的な取り組みが、英語圏、特に米国ではなされているのだなあと感じ入っている次第である。

ロバート・キャンベルさんが「夜空に散らばる星々のように、社会の中で役割を果たす性的少数者の存在が見えることが望ましい」とおっしゃっているように、見える存在になること、逆の立場から言えば見える存在として意識することは、黙っていて達成されていくわけでなく、「私はshe」「私はthey」とそれぞれが言明していくようなところから達成されていくのではないか。これが(マーガレット・サッチャーが存在を否定していた)《社会》ではないか。

mainichi.jp

 

※約3800字

 

参考書:  

ジーニアス英和辞典 第5版

ジーニアス英和辞典 第5版

  • 発売日: 2014/12/17
  • メディア: 単行本
 

ジーニアス英和』には、theyの項の最後に「everybodyなどを受けるthey」として「3人称単数のthey」の解説があるが、ジェンダーニュートラルという観点は触れられていない (p. 2165)。次の改訂で盛り込まれるかもしれない。

 

 

*1:日本語では「あの人」や「先生」「課長」など性別が表に出てこない呼び方をするのが普通だが、英語でheやsheを使うところで "that person", "my teacher", "my boss" みたいな表現を使うのは不自然である

*2:ただし「人間」を表す語がmanだった時代、つまり20世紀前半くらいまでは、一般的に「人」を言うときの代名詞はheだった。女性という存在はそのレベルで抹消されていたのである。

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