Hoarding Examples (英語例文等集積所)

いわゆる「学校英語」が、「生きた英語」の中に現れている実例を、淡々とクリップするよ

英語報道記事で行われる言い換えと、情報の提示について(アブラモヴィッチの黒い過去、マウリポリで攻撃された病院にいた妊婦さん)

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今回の実例は、報道記事における名詞の言い換えについて。

先週後半、Twitterの画面にながれてくるのをただ眺めていただけなので詳しいことはわからないが、Twitter上の英語学習中の日本語話者や翻訳者、ライターといった人たちの間で、英語の報道記事では、ひとつの固有名詞が何通りにも言い換えられるということが話題になっていたようだ。

そのことについては、当ブログでも何度か扱っている。下記のカテゴリで一覧できる

hoarding-examples.hatenablog.jp

英語で報道記事を読めば、そのたびにこの《言い換え》の事例に遭遇するので、いちいち留意していられないほどだが、今日見た記事はとても分かりやすかったのでここで取り上げることとしたい。

また、この《言いかえ》は単なる語句の置き換えではなく、読者に新情報を提示したり、読者も知っているはずのことを提示したりといった機能があるのだが、先週末に読んだ記事では、「ここで新情報を乗っけてくるか」とちょっと驚いたので、それも取り上げておきたい。

最初の記事はこちら。

www.bbc.com

記事の最初の方、太字で示されたリード文に相当する部分のすぐ次のところから。ちなみにリード文相当の部分はこう書いてある: 

A BBC investigation has uncovered new evidence about the corrupt deals that made Roman Abramovich's fortune.

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https://www.bbc.com/news/world-europe-60736185

さて、このキャプチャ画像の中で、Roman Abramovichのことを言っている箇所はいくつあるだろうか。

答えは下記の図で、青色のマーカーで示した通りである。

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https://www.bbc.com/news/world-europe-60736185

アブラモヴィッチ氏が「チェルシーのオーナー」であることは、この記事の読み手はみんな知っている。「ロシア人の大富豪」であることも知っている。だからこの記事のこの《言い換え》は、実例としてはかなり初心者向けだ。

日本語話者の発想では、これは全部「アブラモヴィッチ氏」や「氏」、あるいは「アブラモヴィッチ氏」を略した「ア氏」であってもかまわないのだが(というか、統一しないと怒られるかと思う)、英語では、例えば単に全部heにしてしまうというふうに同じ表現が連続するのは「読みづらい」と受け取られるし、多くの場合は「文章が下手(稚拙)」という扱いになってしまうので、報道記事とかを書く人は避ける。(学術論文などではまた話が違う。)

【書きかけ。このあとすぐに書きます】

さて、このようにみんなが知っていることをただ列挙するみたいな言い換えならわりと楽なのだが、ここに新情報を盛り込む、という形もある。

例えば、登山に行って行方が分からなくなっている40歳の男性John Mountさんについての報道記事があるとしよう。日本語の場合、最初の方に「行方不明になっているのはジョン・マウントさん(40)」というように記されるのがひとつのパターンだ。

だが英語の場合は、年齢をそういうふうに書くというパターンは特にない。英語記事では、最初こそJohn MountとかMr Mountといった表現を使うが、記事を読み進めていくといきなり "another friend of the 40-year-old said ..." みたいな記述が出てきて、そこで読者に年齢が知らされる、みたいなことがかなり頻繁にある。また、 "the father of two was last spotted on Saturday morning at the railway station ..." みたいに、いきなり「2人の子供の父親」という新情報が出てきて、これを読者が「そうか、この行方不明の男性には2人のお子さんがおられるのだな」と解釈しなければならな、ということもかなり頻繁にある。

ここで、聡い方はお気づきだろう。そう、《定冠詞のthe》である。theという、日本語母語話者にとってはあってもなくてもよさそうな小さな単語が、「この『40歳の人』『2人の子の父親』ってのは、今ここで私たちが話題にしているジョン・マウントさんですよ」ということを意味するという、めちゃくちゃ重要な機能を負っているのである。

で、機械翻訳ってのは文脈を読まないから、報道記事のこういうのがちゃんと読めない。ちゃんと読めてないものが日本語に翻訳した文は、おうおうにして、意味がよく取れない代物になる。だから、英語の報道記事を読むときは、機械翻訳はあまりあてにしないほうがいい。英文を読む補助にはなるかもしれないが、訳文だけを見て記事の内容が分かるようなものは作ってくれないと思っていたほうがいい。

閑話休題

というわけで、《定冠詞のthe》を使った《言い換え》による新情報の提示の実例を。記事はこちら: 

www.bbc.com

日本でも大きく報道されたが、マウリポリという都市に対する攻撃で、ロシア軍は出産間近の妊婦や新生児が大勢いる産科病棟を軍事標的とした。その惨状を記録した報道写真の一枚に写っていた水玉模様のパジャマの女性、Mariana Vishegirskayaさんが、攻撃の翌日に出産した、ということを報じる記事である。生まれた赤ちゃんは「ヴェロニカ」と名付けられたそうだ。女の子だね*1

記事は、彼女が出産したこと、生まれた子供が「ヴェロニカ」と名付けられたことを、「だれだれが~と述べた」の形で、淡々と事実として記述したあとで、出産したMariana Vishegirskayaさんがロシアの偽情報(ディスインフォ)作戦の標的とされたことを述べる。

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https://www.bbc.com/news/world-europe-60715492

さて、このキャプチャ画像内に、Mariana Vishegirskayaさんのことを言っている箇所はいくつあるだろうか。

答えは、下図に青のマーカーで示した通り。

f:id:nofrills:20220316003134j:plain

https://www.bbc.com/news/world-europe-60715492

キャプチャ画像の最後で、"... asked them if whetherthey thought ..." となってるのは、間違いなく校正漏れ。原稿を書いた人がwhetherを使っていたのを、校正担当者がifに修正したときに、元のwhetherを取り忘れたのだろう(この文体ではifを使う方がおさまりがよい)。「BBCでもこんなことがあるんだ」と驚かれるかもしれないが、実はけっこうよくある。「よくある」と言うほどの頻度ではないかもしれないが、「BBCは完璧」と思っている人がびっくりするくらいにはある。ちなみに、ガーディアンに至ってはwhetherみたいな基本語のスペルを間違えてることすらあるくらいである。

さて、注目してもらいたいのは、キャプチャ画像内の最後のパラグラフの第2文、 "However" で始まる文だ。ここにいきなり "the beauty blogger" (日本語にすれば「美容情報のブロガー」「コスメ女子」である*2)と、定冠詞のtheを使って新情報が提示されている。

いや、実際にはMariana Vishegirskayaさんが美容情報ブロガーだということはBBC Newsを見てる人・読んでる人には広く知られていることなのかもしれない。それでも、アブラモヴィッチチェルシーのオーナーであるとか、ロシア人の大富豪であるとかいったことほどには知られていないだろう。

こうやって、細かい新情報が次々と出されるので、英語の報道記事はついていくのが結構大変なこともある。まあ、慣れですね、慣れ。あと、冠詞のような「細かいところ」への意識と目配り。そういうのが備わってくると、あとは「野生の勘」が働くようになる。

しかし、 Vishegirskayaさんがさらされたロシアのディスインフォは、本当にひどい。ほんの少し前までは、心配事があったとしたらそれは出産にまつわる一般的な心配事と、あとはコロナ禍での出産ということにまつわる心配事くらいだったろうに、ロシア軍の攻撃にさらされる街で臨月を迎えて、出産のために入院し、そしておそらく「ここなら安心」と思っていただろうに(誰が産科病棟を攻撃などするだろうか。プーは明らかに嬰児に敵意を向けてるよね)、攻撃対象とされ、爆弾でぼろぼろにされた病院から、出産間近の大きなおなかをして、自宅から持ってきたのであろう身の回り品を袋に詰めて両手に抱えて脱出して、そしてその様子が報道のカメラにとらえられたばかりに「役者」呼ばわりされ、「本当は妊娠などしていなかった」と言われるなんて……彼女はこれまでの10か月ほどを、おなかの子をいつくしみながら、自身の体のつらさに耐えて頑張ってきたのだろうに。

彼女はブロガーだから、自分の妊娠のこともブログに書いていた。だから「本当は妊娠なんかしていないんだろう、この役者め」といういわれのない言いがかりをつけられたときにも、証拠を示して「デマはやめろ」と言うこともできる。彼女自身がそうしなくても、読者がそう言える。しかしながらそうではない人も大勢いる。

そういう人たちは、言われっぱなしなのだろうか。

この「役者」説、2010年代以降の陰謀論者の言うこととしては典型なのだが、お若い方には信じられないかもしれない。米国のボストンでマラソンを標的にした爆弾テロがあったときも、コネティカット州で小学校に銃を持った男が乱入して教諭や生徒を大勢殺したときも、米国の大物陰謀論者が「あれは全部役者」とフカして、そうすることで自分の「信者」を満足させて物販で物が売れてウハウハ、と言うことをしていたが、その陰謀論者が一躍有名になったのは、2001年9月11日の米同時多発テロについての「言われているようなテロ攻撃ではなかった。実は……」という陰謀論が大当たりしたからだ。この説は日本にもかなり入ってきていて、私もいろいろとあんぐりする経験をしているのだが、すでに本稿、4600字を超えているのでこの辺で。

なお、マウリポリの産科病院爆撃で報道写真にとらえられた女性は、手当もむなしく、亡くなられたという。おなかの中の赤ちゃんも助からなかった。

 

 

*1:と書くことにさえビクついているのが今の私である……「トランス・ライツを守れ」と主張しているけど、だれかを守ることより攻撃対象を見つけることのほうにやりがいを覚えているらしき人々からウォッチされているので。だが少なくとも、この赤ちゃんが「ヴェロニカ」と名付けられたということは、名付けた人、つまり親がこの子を「女の子」と認識しているということはどんなにはっきり断言しても断言しきれないほどである。そして「生まれた赤ちゃんは女の子です」という記述は、そういうこと、つまり親などがどう認識しているかを表しているだけで、それ以上でもそれ以下でもないだろう。だからどんな活動家の人も、ここで私が「生まれた赤ちゃんは女の子だった」と書いたことで、変な絡み方をしてこないでいただければと思う。

*2:だから「コスメ女子」みたいな名称を「ネタ」的に扱うのは、見てて気分のいいものではないんだよね。そういう人は実在しているわけで……。