このエントリは、2020年10月にアップしたものの再掲である。
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今回の実例はTwitterから、「文法」というより慣用表現の実例を。
慣用表現は、「イディオム」とも言うが、そこにある単語をそのまま語義通りにとらえても意味が通らない。"It's a piece of cake." は、語義通りに読めば「それはケーキ一切れだ」だが、意味は「それはとても簡単だ」である*1。ちなみにこの "a piece of cake" という慣用表現は、20世紀前半の米国に発したものである。
この例にもある通り、こういった慣用表現の多くは、誰かが使い始めたものが人口に膾炙して*2、定着したもので、現代の英語で使われているそのような慣用表現の中には、16~17世紀のイングランドのシェイクスピアに由来するものもあれば、もっと古いものもあり、さらにはごく最近のものもある。できて数年程度の新しいものは、リアルタイムでは「流行語」にしか見えないから、「慣用句」としては観測不能だが、10年か20年後に定着していれば「慣用句」になるのかもしれない。
というところで先日、英紙ガーディアンの前編集長、アラン・ラスブリジャー氏のツイートに、そのような慣用句が2つも入っているのに気が付いた。
こちら:
This is an important piece on the still-relevant role of gatekeepers. Even though, confusingly as ever, Murdoch features as both good and bad cop. A cake and eat it figure, as so often ... https://t.co/rbHuTsvGUA
— alan rusbridger (@arusbridger) 2020年10月26日
太字にする部分が慣用句である。
This is an important piece on the still-relevant role of gatekeepers. Even though, confusingly as ever, Murdoch features as both good and bad cop. A cake and eat it figure, as so often ...
この慣用表現が正確に読めたところで、 それだけでこの文の意味を正確にとるのは難しいという難度の高い文だが、とにもかくにも読んでみよう。
ラスブリジャー氏のこのツイートは、ニューヨーク・タイムズ (NYT) で書いているベン・スミス氏(彼自身がラスブリジャー氏のいうマードック像と重なるところがあったりするのも味わい深いのだが、それは英文法・英語表現とは別の話)のツイートに付記されたコメントである。
スミス氏のツイートは、大統領選挙直前になって、トランプ陣営が怪しげな「特ダネ」をちらつかせてきたが、ウォール・ストリート・ジャーナル (WSJ) はそれに食いつかなかった、ということを伝える、スミス氏が書いたNYTの記事をフィードしたもので、そこでスミス氏は「バズれば勝ちというネットメディアの時代が終わり、今回のWSJのようにゲートキーパー(門番)の役割を果たす報道機関というものが帰ってきたのだ」ということを(自分が深く関わっていたBuzzfeedには言及せず、Gawkerなどを参照しつつ)論じている。
ちなみにWSJは、ルパート・マードックの所有するNews Corp傘下のメディア(以下「マードック組」)のひとつである。そして、WSJが食いつかなかった「特ダネ」は、同じくマードックの所有するメディアであるニューヨーク・ポストが「特ダネ」として大々的に報じたのだが、そのポストの記事には信憑性の問題があるということで、TwitterやFacebookがURLの投稿(シェア)を制限したことでニュースになった。つまり、同じマードック組でも、胡散臭いネタはスルーするまっとうな判断力を示したメディアと、それに食いついてセンセーショナルに書き立てたメディアがある、ということだ。
ラスブリジャー氏はそれを受けて、"Murdoch features as both good and bad cop." とツイートしている。
ここに含まれる "good cop and bad cop" は、ベタな刑事ドラマやお笑いのコントにありがちな「優しい警官と怖い警官」を想像していただくとわかりやすい。"Good cop" は取調室で、容疑者に対して共感を示しながら言わせたいことを言わせようとする。一方で "bad cop" は容疑者をどやしつけたり威嚇的な態度を見せたりして「落とす」ことを試みる。警察はこれを使い分け、時には交互に出すことで、容疑者がbad copに反感を抱く分、good copに信頼を寄せるという状況を作り出して、望む結果(容疑者の自白)を得ようとする――というイメージだ。
実際、これは「交渉術」ということで英語圏のビジネス書などにも出てくるくらいに一般的なもので、ウィキペディアにも簡素な解説がある。
ラスブリジャー氏の "Murdoch features as both good and bad cop." は、「ルパート・マードックはよい警官・悪い警官を一人二役でこなしている」という意味である。そうなんすよね、だからマードックはおそろしい。
2番目の慣用表現:
A cake and eat it figure, as so often
これは、がちがちにお手本通りに書くとしたら、"A cake-and-eat-it figure" となるだろう。"Cake and eat it" が複合語で形容詞化している形だ。
"Cake and eat it" は、いわゆる「受験英語」でも習うと思うが、"You can't have your cake and eat it too." という成句に由来する表現だ。
"You can't have your cake and eat it too." のhaveは「~を所有している、(ずっと)持っている」の意味で、食べたら終わってしまうお菓子を、食べた後もまだ持ち続けていることはできないということを言う成句である。英語圏では、誰かが、何か両立しえないことを両立させようとするときに警句としてこう言う。たとえばBrexitに関して、"You are out of the EU, so you can't be treated as a EU citizen at the airport. You can't have your cake and eat it too." (イギリスはEUを離脱したのだから、空港でEU国民扱いは受けられない。両立はできない) という具合に。
だから、"A cake-and-eat-it figure" は「両立しえないことをしようとする人物」という意味になる。
最後の "as so often" は、"as so often happens"と言っても同じことだが、「よくあるように」の意味で、これも慣用表現といってよいが、ここまで見てきた2例のように比喩的なバックグラウンドがあるわけではない。
こういった慣用表現は、学校では習わないかもしれないが、実用の英語ではよく遭遇する。出てきたときに覚えていくのが、回り道のように見えて一番効率的だ。
※3400字
参考書:
日本では、英語の慣用表現に関する本は、かつてはいろいろ出ていたのだが、今は大方ネットのブログなどに移行してしまっているようだ。
The American Heritage Dictionary of Idioms, Second Edition
- 作者:Ammer, Christine
- 発売日: 2013/02/26
- メディア: ペーパーバック