今回は、前回の続きの予定だったのだが、イスイス団の思想にかぶれたテロリストの話よりもより緊急性の高いことが起きたので、予定を変更する。ボリス・ジョンソンが国会で嘘をついていたことが事実として確定した。
英国の政治になど特に関心がなくて、何が重要なのかがイマイチわかっていない人は、このニュースを「罰金刑」のニュースと文字通りに解釈し、Yahoo! Japanなどではそのように書きたてられた見出しが並ぶことになるだろうし、日本ではおそらく「ドジっ子ボリスのほほえましいニュース」「愉快なキャラ」扱いもされるだろうが*1、そうではない。
Prime Minister Boris Johnson and Chancellor Rishi Sunak will receive fines for lockdown breaches
— Sky News Breaking (@SkyNewsBreak) 2022年4月12日
For more on this and other news visit https://t.co/NEDMP2uP6W
このニュースの何がポイントなのかを、ジョンソンと意見を異にして2019年総選挙のときに保守党を追放された(ボリス・ジョンソンという政治家は、そういうことをやってきてるんですよ、日本では知られてないから「ゆるキャラ」扱いする人がいるんだけど)ローリー・スチュワート元議員が箇条書きでまとめている。ちなみにこの人はガチのインテリで、19世紀的な上流階級である。
The key point is not that Boris Johnson received a penalty notice.
— Rory Stewart (@RoryStewartUK) 2022年4月12日
The key point is that the fine proves he has repeatedly lied to parliament about his actions during COVID.
Democracy requires - for voting for accountability - leaders who tell the truth.
He must go.
特に口頭で、強調し、また噛んで含めるように言うときの文体なので、同じ語句の繰り返しが効果的に使われている。「重要なのは~ではありません。重要なのは…です」のスタイルだ。日本語ではこれは不自然に響き、どうしてもこの文体を使うなら第1文と第2文の間に「そうではなく」などつなぎになる言葉を入れるものだが、英語では必ずしもそうしない。
文意は、「重要なポイントは、ボリス・ジョンソンが罰金納付告知書を受け取ったということではありません。そうではなく、罰金が科されたことで、ジョンソンが何度も繰り返し、自身のコロナ禍での行動について、議会に対して嘘をついていたということが、事実として立証されたことです。民主主義においては、説明責任に票を投じるわけですから、真実を述べる者が指導者にならねばなりません。ジョンソンは首相職を去らねばなりません」
そう。「法律違反したんだから、首相とはいえ罰金くらい払わないとねー」で済む話ではないのである。嘘をついてはならない職についている者が嘘をついていたことが立証されたのだから、その職にとどまることはできない。
同じことを、@yunodさんも次のように指摘している。
ボリス側は「こんなのは駐車違反チケットみたいなもので辞任マターではない」と言い張るだろうけど、問題は国会で規制違反はなかったと正式に表明している点。国会に嘘ついた大臣は辞任すべきという倫理規定があるんだよね。ただし最終決定権は首相にある。
— 優noD 🏴 💙💛💙💛💙💛 (@yunod) 2022年4月12日
この「倫理規定」はThe Ministerial Codeといい、英国政府のサイトにPDFでアップされていて、だれでも読めるようになっている。表紙なども含めて36ページある文書だが、目次の次、本文の1ページ目に次のようにはっきりと書かれている。
だがここで規定されているのは、「閣僚」の行動で、最終的な決定権を持つ首相が嘘をつくということは、英国の制度では想定されていない。一種のバグだね。小賢しい奴なら攻略しようとするだろう。
スチュワート元議員が指摘するまでもなく、広く知られていることだが、ボリス・ジョンソンという人物には、遵法精神のかけらもないし、事実というものへの敬意もまったくない。「だがそれがおもしろい」みたいにして支持された人物である。「英国のドナルド・トランプ」と呼ばれたのはダテではない(が、トランプなどよりよほど頭がよい)。
駐車違反と言えば、ボリスはジャーナリスト時代にGQで車のレビューを書いてた時期があるんだけど、試乗車で
— 優noD 🏴 💙💛💙💛💙💛 (@yunod) 2022年4月12日
駐車違反しまくるものだからGQ編集部に罰金の請求が山積みになって大変だったそうな。ルール無視はボリスの昔からの習慣。特権階級意識が強いんだよね、彼は。
こんな人物であるにもかかわらず、ボリス・ジョンソンが「憎めないキャラ」などと呼ばれて人気を得るのは*2、(和製英語で言う)パフォーマンスが天才的にうまいからである。
⚡️ “How Boris Johnson's secret visit to Kyiv became a PR masterstroke” https://t.co/NsYe0UbQbG これな。「時の人」にくっついて自分を上げる作戦。こういうところは本当に天才的だと思う。そして、これがウクライナとウクライナの人々に持つ意味は、英国の政治家ボリス・ジョンソンの評価とは別
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2022年4月11日
ちょっとこれまでのボリス・ジョンソンを知らん人が余りにも一面的にボリスを肯定的に捉え過ぎていて怖くなるな。人気取りの為にはあれくらいやるのよ、そういう男。パフォーマンスを差し引いて冷静に考えて欲しいとか思っちゃうな
— Leo (@Styro4mer) 2022年4月12日
それと、うちら日本の英語学習者のように、英国に対して時には屈折した憧憬の念を抱いている者には、あの華麗で効果的な言葉遣いは魅力的にうつる。教材に使いたくなるくらいだ。実際、常にはっちゃけているわけではなくトーンを抑制すべきところでは抑制できる、といった点で、言葉遣いはうまい。大学では「箸にも棒にも引っかからん奴」扱いされていたのが、その文章力のおかげで報道機関に籍を得たことでキャリアをスタートさせたわけだが、要するに口がうまいだけ、「巧言令色鮮し仁」である。それを指摘するBBC Newsnightのルイス・グッドールさんのツイート。
One of the many problems for PM is the quotes are endless. On 8th December, after Allegra Stratton resigned he told the House “I apologise for the impression that has been given that staff in Downing St take this less than seriously. I’m sickened myself and furious about that.”
— Lewis Goodall (@lewis_goodall) 2022年4月12日
Now it transpires the Prime Minister himself wasn’t laughing about it, but was actually committing an offence.
— Lewis Goodall (@lewis_goodall) 2022年4月12日
文法・語法的には、地の文に《one of the + 複数形》や《sicken oneself》、《it transpires (that) ~》などが入っているが、辞書さえ引ければ特に難しくはないだろう。ボリス・ジョンソンの発言の引用部分は、無駄に美文体みたいになっているので少し読みづらいかもしれない。
多少意訳すれば、「首相にとっての問題は数多くありますが、そのひとつは、過去の発言が山のように存在しているということです。例えば12月8日、Allegra Strattonが辞職したあと、首相は国会に対し、『官邸スタッフが事態を深刻に受け止めていなかったという印象を与えてしまったことを謝罪いたします。私自身、あの件では胸の悪くなるような思いをし、また怒りも覚えております』と述べています」、「しかし今や、首相自身がそれを笑っていたわけではなく、それどころか違法行為を行っていたということが知れ渡っているのです」
Allegra Strattonは首相官邸のスタッフで、2021年12月にITVにリークされた映像(下記)で、2020年12月の官邸スタッフによる記者会見の模擬応答の際、国民はまじめに守り、そのために肉親の死に目にも会えず葬儀にも参列できずにいたようなCOVID対策の厳格なルールを軽視して「ネタ」扱いしていたと問題視され、辞職を余儀なくされた。「トカゲのしっぽ切り」にあったわけである。
新型コロナウイルスの最前線で仕事をしてきたレイチェル・クラーク医師は、「悲惨さ」を強調した患者の写真を使った英国政府の(つまりジョンソンの)ポスターを提示し、「彼の作った広告。彼の作ったルール。彼の嘘。彼の侮蔑」として、「辞職を求める人はリツイートを」と呼びかけている。
His ad.
— Rachel Clarke (@doctor_oxford) 2022年4月12日
His rules.
His lies.
His contempt.
Please RT if you want him gone. pic.twitter.com/p1hslAvMCT
というわけで、最後にまた別のジャーナリストのまとめ的なツイートを見ておこう。ロバート・ペストン。どういうことが起きているのかをしっかり説明してくれている。文中の "PM" はPrime Ministerの、"MP" はMember of Parliamentの頭文字をとった略語で、ニュースを読むには必須の語彙である。
The police have today concluded that the PM, the Chancellor and the PM’s wife all attended illegal parties, that breached Covid laws written by the PM. This is most serious for Boris Johnson of the three of them, because it was he who told MPs on 8 December…
— Robert Peston (@Peston) 2022年4月12日
"the PM, the Chancellor and the PM’s wife all attended illegal parties, that breached Covid laws written by the PM" の、太字にした ", that" は《関係代名詞の非制限用法》だが、本来whichを用いるべきところでthatを用いているというイレギュラーな例である。「グラマー・ナチ」とか「文法警察」と呼ばれる人は眉を顰めるだろうし、受験でこれをやってしまうとおそらく減点されるだろうが、このように、thatを関係代名詞の非制限用法で用いる実例は、ニュース英語でもときどき見かける。
that he had been “repeatedly assured” there were no parties and that no Covid rules were broken. He now has the challenge of his life to prove that he did not wilfully and knowingly mislead MPs - because if he did deliberately mislead MPs then he has no choice but to…
— Robert Peston (@Peston) 2022年4月12日
文字数制限でツイートを分割しているので読みにくいが、このツイートの書き出しは前のツイートの続きで、"because it was he who told MPs on 8 December that he had been..." という文である。
このツイートでは、toldの目的語のthat節が2つあって、"told MPs ... that he had been “repeatedly assured” there were no parties and that no Covid rules were broken" という形になっていることに注目しよう。この場合、1つ目のthatは省略してもよいのだが、2つ目のthatは省略できない。
"he did deliberately mislead MPs" のdidは《強調》の助動詞。「本当に意図的に国会議員たちを誤誘導したのなら」。
resign under the code of conduct for ministers, which he signed off and approved in keeping with normal practice on becoming prime minister. This is perhaps the most important test of the robustness and efficacy of the checks and balances in the British constitution of my…
— Robert Peston (@Peston) 2022年4月12日
同じく、書き出しは "he has no choice but to resign". 《no ~ but ...》は「…以外の~はない」。これは "Nobody but you can do it." (「あなた以外の人は誰もそれをできない」=「それをできるのはあなただけだ」)という文で覚えてしまうのがよい。
"on becoming prime minister" は「首相になったときに」。《on -ing》は「~したときに」の意味。"prime minister" が無冠詞なのも要注目だが、もう7500字に達そうとしているので説明は割愛する。
lifetime. If Tory MPs unthinkingly keep him in office without a proper and public assessment of how parliament was misled, because that is what suits them, and if they blithely ignore the Ministerial Code, then the charge will stick that this or any…
— Robert Peston (@Peston) 2022年4月12日
書き出しは、" in the British constitution of my lifetime." このツイートは、文法的に特筆すべきものはないと思う。単語が難しいね。
party with a big majority is simply an elected dictatorship, and the constitution means little or nothing. This is not just a slippery slope. It is the bottom of the slope.
— Robert Peston (@Peston) 2022年4月12日
書き出しは "the charge will stick that this or any party with a big majority". これは、日本のことを言われているような気がするね。 "the bottom of the slope" は「坂道の一番下」で、「これ以上落ちようがない」「最低地点」の意味。
おまけ: ジョンソンらに罰金、というニュースが出たときの英メディアの様子。
ボリス・ジョンソンと妻キャリー・ジョンソン、リシ・スナクの罰金刑のニュースは、BBC Newsのトップ。2月24日かその数日前からずっとウクライナ情勢の指定席だったが。(北アイルランドのやばい情勢などは華麗にスルーされてます) pic.twitter.com/NNwA2XSPqf
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2022年4月12日
ガーディアン(UK edition)も、トップがウクライナからパーティーゲイトに。(ウクライナ情勢は、2月24日以来日々の戦況ニュースのコーナーと、分析のコーナーと、難民やロシアの報道の自由など人権状況のコーナーと……というように多層化されていたが、何日か前に縮小され1層になったばかり) pic.twitter.com/RdsYnakZG5
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2022年4月12日