このエントリは、2020年12月にアップしたものの再掲である。
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今回の実例はTwitterから。
12月2日、Twitter上の英語圏で「エリオット・ペイジ」という男性 (he)のことが大きな話題になっていた。これまで「エレン・ペイジ」という名前で活動していた女性 (she) の俳優が、自分はトランス(トランスジェンダー)であり、これからは「エリオット」という名前で生きていく、代名詞はheかtheyを使ってほしい、ということをSNSへの投稿で明らかにしたのだった。それを報じるニュース記事などはすっかり「彼」扱いしているのだが、エリオットははっきりと女性から男性になったわけではなく(そういう人は "binary trans" と呼ばれるそうだ)、「代名詞としてはheかtheyを使ってほしい」と言っている*1ことからわかるようにnon-binary(自分を必ずしも男だとか女だとかで規定しない人)なので、ここでは代名詞の「彼」は使わず、「エリオット」を使っていくことにする*2。
エリオットはその投稿で、自分の決意までの過程について述べ、それに伴う恐怖心について述べ、トランスジェンダーの人々が置かれている社会的な状況について述べ、自分を支えてくれてきた人々への感謝を言葉にして、「ありのままの自分自身を受け入れる」ということについて語り、トランスの人々に向けたメッセージを綴っている。
— Elliot Page (@TheElliotPage) 2020年12月1日
この投稿の最後の一段落より:
I love that I am trans. And I love that I am queer. And the more I hold myself close and fully embrace who I am, the more I dream, the more my heart grows and the more I thrive.
やたらと "the more" が並んでいるが、「~すればするほどますます…」の意味を表す《the + 比較級 ~, the + 比較級 ...》 の構文で、後半が3つ列挙になっている形である。後半が3つ列挙というのは、この構文を前提として、青字で示した等位接続詞 "and" の接続を見れば判断できる。もしこれが、"the more A, and the more B, the more C and the more D" という形だったら、BとCの間に区切りがあって「Aすればするほど、そしてBすればするほど、ますますCするしDする」という意味になるのだが、この例では朱字で示したandがなく、"the more A, the more B, the more C and the more D" の形なので、AとBの間に区切りがあるとしか解釈できないわけである。
さらにここでの andの接続についての注目点はまだほかにもる。"the more A" のなかにもandが入っているのだ。
the more I hold myself close and fully embrace who I am,
緑で示したこの "and" は、"hold myself close" と "fully embrace who I am" をつないでいる。
そして、すでにお気づきかと思うが、closeの比較級は通常closerなのに、ここで "more ... close" という形になっているのは、このmoreがandのあとの "fully" ともつながって、"more close and fully" という流れになっているからだ。
というわけでここまで、「私がより近く自分自身を抱きしめ、本来の自分をより完全に受け入れれば受け入れるほど」というような意味になる。
そのあとは、上述したように《A, B and C》の構造で:
the more I dream, the more my heart grows and the more I thrive.
直訳すれば、「私はますます夢を見て、私のハートはますます大きくなり、私はますます強くなる」。要は「夢は大きくなり、懐が深くなり、人間的に強くなれる」という意味だ。
その次の文:
To all trans people who deal with harrassment, self-loathing, abuse and the threat of violence every day: I see you, I love you and I will do everything I can to change this world for the better.
ここでも "and" がキーとなる。ここは、"harrassment, self-loathing, abuse and the threat of violence" で《A, B, C and D》という構造になっている。「いやがらせや自己嫌悪、虐待、そして暴力を加えるという脅し」。
下線で示した "who" は《関係代名詞》で、コロン (:) の前までで「いやがらせや自己嫌悪、虐待、そして暴力を加えるという脅しに毎日対処しているすべてのトランスの人々へ」という意味。
そして、このコロンは、その後ろが引用句(いわば「台詞」)であるということを示す記号で、ここではこのコロンの後ろはトランスの人々へのエリオットからのメッセージだ。「私にはあなたが見えています。私はあなたを愛しています。私は、この世界をよりよい方向へ変えるために、自分にできることはすべてやっていきます」。
エリオットは「エレン」の名で俳優として活動していたときに、出演作品の監督によるアウティングとハラスメントの被害にあっている(「アウティング」とは「outすること」の意味で、本人が望んでいないのに、本人が公言していないセクシュアリティのことを公言すること)。その映画で共演しているイアン・マッケランは、今回のエリオットのステートメントを受けて、次のようにツイートしている。
Thanks Elliot for sharing your journey with the world. Yours is a voice that needs to be heard, to encourage and educate us all. https://t.co/sZF9ROPRFh
— Ian McKellen (@IanMcKellen) 2020年12月1日
"Thanks Elliot for doing" は、もっとかしこまった書き方をすると "Thank you, Elliot, for doing" となるが、要は《thank ~ for ...》(「…について~に感謝する」)の構文。《share ~ with the world》は「~を世界と共有する」と直訳してもよくわからないかもしれないが、「~を世界に向けて公開する」の意味。
"Yours is a voice that ..." の "yours" は《所有代名詞》で「あなたのもの」の意味。ここでは "Your voice is a voice that ..." とするとvoiceが重複してしまうので、前者を所有代名詞にしている。こういう処理がさくっとできるようになると、自分の考えを述べる系の自由英作文もぐんとよくなる。
"a voice that ..." の "that" は《関係代名詞》で主格。"needs to be heard" は《to不定詞の受動態》で「聞かれる必要がある」。最後の "to encourage and educate us all" は《to不定詞の副詞的用法》で「私たち全員を勇気づけ、教育するために」(《目的》を表すto不定詞)。つまり「あなたの声は、私たち全員に勇気と教育を与えるために、聞かれるべき声である」というのが直訳だ。ここでの「声」は「意見」と読み替えてもよい。
マッケランはベテランの俳優だが、同時に、「声」を聞くこと、「声」を届かせることを大事にしてきたベテランの活動家でもある。彼のツイートには共感と感謝の「声」がたくさん寄せられている。
こうして人と人はつながっていく。
分断させられるな。
※3800字
参考書: