このエントリは、2020年12月にアップしたものの再掲である。
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今回の実例はTwitterから。
「ユニセフ」という機関名は誰でも知っているだろう。「国連児童基金」という名称も、誰もが聞いたことがある程度には知られているだろうし、この機関が、いわゆる「世界の恵まれない子供たち」のために物資や教育の支援をしていることも広く知られている。だがこの「ユニセフ」、つまりUNICEFという名称の元になった機関名が、現在の the United Nations Childrens' Fund(国連児童基金)ではなく、その前身であるthe United Nations International Children's Emergency Fund (国連国際児童緊急基金)であることはあまり知られていない。旧機関の名称の略称がそのまま、新機関に引き継がれているというわりと珍しい例だ。
このUNICEFという機関は、1945年の第二次世界大戦終結直後に設立された国際連合 (the United Nationsという名称は戦争中の「連合国」と同じで、中心となったのは米国、英国、ソ連といった国々であった)のもとで、1946年に第二次世界大戦の影響を被った子供たちの支援のために設立され、当初は欧州、特に東ヨーロッパの子供たちやその母親たちの直接的な支援を提供していた。1950年代に入るとその活動域はより広げられ、特に発展途上国の子供たちへの支援が活動の中心となった。現在の私たちがイメージする「世界の恵まれない子供たちへの支援」はこのころから始まっていたわけだ。
一方で、英国は第二次世界大戦でひどく荒廃して、食料にも事欠くようになっていたが(この時代の英国を舞台にした児童文学や子供向けの読み物を読むと、その有様がよくわかる)、UNICEFの支援対象にはならなかった*1。
その英国が、初めて、UNICEFの支援を受けることになった。
2010年代に信じられないような勢いで進められた新自由主義政策により、第二次大戦後に確立されたかのように見えていた「ゆりかごから墓場まで」の福祉国家は土台から切り崩され、ケン・ローチの映画で扱われるような過酷な格差社会(旧来の「階級による格差」を内包しつつ、それよりも過酷な格差社会)が人々の現実となっていたところに、新型コロナウイルス禍である。社会の中の多くの人々にとって、「学校がない日に、子供に食わせるものがない」という問題が日常の現実となった。それでも政治家たちは、縁故があるお仲間には湯水のように注ぎ込むカネがあるくせに、子供の食事のためには出そうとしなかった(学校のハーフタームの休暇中の無料給食についての法案は国会で否決された)。それにたまりかねたサッカーのスター選手が「子供の貧困は、政治マターにしていい問題ではないでしょう」と声を上げ、行動を起こしたことでようやく、政治家たちもしぶしぶ動いた(これによってそのサッカー選手は叙勲された)。そのことは英国外でも伝えられるような大ニュースとなったが、日本に伝わってきているのかどうかは私は知らない。
日本では英国というと何となく「しっかりしている」「物がよい」みたいなイメージを抱いている人が多いようだし、ここ数年は特に米国の政治のめちゃくちゃっぷりと(無意識にであっても)比較して「なんだかんだ言っても、ボリス・ジョンソンはドナルド・トランプよりはましでしょう。古典ギリシャ語もできるし」と見られているように見受けられるが、現実には、今の英国は、「子供に食わせるものがない」という事態になっているのだ。加えて言えば、今はまだ、実際には「物はあっても、出さない」ということかもしれないが、Brexitの行方次第ではどうなるかわからない。”Feed the world” と、英国ロックのきらびやかなスターたち(その多くは子供時代に貧困を経験していた)が歌ったLive Aidから35年あまりが過ぎ、こんなことになると誰が思っていただろうか。
というわけで、Twitterではいろいろな人が嘆きながら、「UNICEFの支援」のニュースをフィードしている。今回の実例はそのひとつ。
UNICEF are supporting emergency food aid for UK children over the holidays.
— kristyan benedict (@KreaseChan) 2020年12月17日
It is the first time in the organization’s more than 70-year-history that it has stepped in to help the UK’s most vulnerable.https://t.co/uTEZdsEdg9
ツイートの2番目の文(ちなみにこの文はツイートで言及されているリンク先記事からの引用である):
It is the first time in the organization’s more than 70-year-history that it has stepped in to help the UK’s most vulnerable.
《it is the first time ... that + 現在完了》の形になっている。これはこのまま記憶しておくのがよい構文で、この実例はそのための例文としてとてもよいと思う。文意は「それ(=ユニセフ)が英国の最も弱い人々を支援するために介入したのは、この組織(=ユニセフ)の70年以上にわたる歴史の中で初めてのことである」。
なお、《it is ~ that ...》の構文を見ると、強調構文か、それとも形式主語の構文かを考えたくなるのだが、この形についてはそのどちらでもないと考えられているようだ(source)。確かにこのitはthisに置き換えても違和感がないので、itを使った特別な構文というのとは違うかもしれない。
この形の実例をウェブ検索で探してみた。まず英国の大学(LSE)のブログから:
In my son’s school, it’s the first time that online learning has been considered at all, let alone practiced.
https://blogs.lse.ac.uk/religionglobalsociety/2020/05/covid-19-and-death-in-the-digital-age/
こちらは米国のニュースから:
It’s the first time that such regulatory approval has been sought for a COVID-19 vaccine in the United States.
https://www.georgiahealthnews.com/2020/11/questions-answers-covid-vaccines/
that節の中が現在完了ではなく現在形になっている例もある。
It is the first time that my decisions in my life are just for me.
UNICEFによる英国への支援について詳細は、ツイートで言及されている記事(国連ニュース)をご参照いただきたい。
今の英国の政治がどういうふうなのかを的確に表しているパロディ・ビデオ:
— Tim Bale (@ProfTimBale) 2020年12月17日
この替え歌の元は、もちろん、LiveAidの "Do they Know it's Christmas" である。
Do they Know it's Christmas ~ Band Aid 1984
※3000字
参考書:
*1:英国の戦後復興には米国のマーシャル・プランが果たした役割が大きいが、それは別の話である。