今回の実例は、Twitterから。
今日、6月2日(木)から、英国ではエリザベス女王の在位70周年(プラチナ・ジュビリー Plutinum Jubilee) を祝う特別な週末が始まる。日本でもNHKとかが祝賀行事を中継しているらしく、Twitterで実況ツイートがが流れてきている。昨日あたりから、国外に休暇に行く人々が空港で立ち往生しているというニュースが流れてきているが(新型コロナウイルス禍で空港・航空会社が人を減らしすぎたので、急に旅行者が増えてさばききれない状態になっているらしい)、国外に行かずに英国にとどまって、ご近所の人たちとストリート・パーティーなどをする人も多くいるようだ。
個人的には王室には別に興味がないし、エリザベス女王はすごいなと思うけど、ジュビリーの行事は10年前のダイヤモンド・ジュビリーのときにたっぷり楽しませてもらったときの思い出があればいいや、っていう感じ。そんな中、ウォッチ先が少々ざわついた件。こちら:
Sinn Fein’s Michelle O’Neill writes to the Queen praising her contribution to peace in Northern Ireland ahead of monarch’s Platinum Jubilee celebrations https://t.co/X9PE3MS9cF
— Darran Marshall (@DarranMarshall) 2022年6月2日
「ざわついた」っていっても「おお、あのシン・フェインが……!!」というフェーズは現地(北アイルランド)ではとっくの昔に過ぎ去っていて、私が確認した「ざわつき」は、「黙っとくっていう選択肢もあったのに、そうか、わざわざお祝いしたのか」という、リパブリカン内部、というかリパブリカン主流派(つまりシン・フェイン)の外にいるリパブリカンの複雑な心境を表した言葉だ。
で、Twitterにも書いたんだけど、これ、主語が「シン・フェインが」ではなく「シンフェインのミシェル・オニールが」であることがポイントで、シン・フェインという政党自体はオニールのこの書簡はスルーしているっぽい。
北アイルランドは、5月の自治議会選挙の結果、シン・フェインが第一党となった。北アイルランドの制度では、うちらにもお馴染みの「与党と野党」の構図にはならず、最も多くの議席を獲得した党からファースト・ミニスターを出し、2番目の党から副ファースト・ミニスターを出して、この正副2人のファースト・ミニスターが自治政府のトップとなるという共同統治的な形(権限分譲 power sharing)がとられることになっているのだが、今はDUPがああなのでそれが全然機能していない。しかし、第一党のトップであるミシェル・オニールは、Twitterのプロフィール欄にも書いているが、「北アイルランドのファースト・ミニスターに就任予定」であり、今回はその立場で英女王にお祝いの言葉を送っている。
これに先立って、オニールは「ノーザン・アイルランド Northern Ireland」という表現をシン・フェインの政治家として初めて公式の場で用いている。シン・フェインにとってあの6州は「アイルランド北部 the North of Ireland; the North」であり、リパブリカンは概して「北部6州 Six Counties」という(詳しくはこちらのウィキペディアの項をご参照のほど)。
オニールがそうするずっと前に、故マーティン・マクギネスが女王と握手をし、ウィンザー城での晩餐会に出席しているし、ジェリー・アダムズがチャールズ皇太子と握手をしているわけで、今更「シン・フェインが」「シン・フェインが」と騒ぐのも寝ぼけた話なのだが、オニールが「ノーザン・アイルランド」と言ったときはさすがに私もびっくりした。
というわけで、今回の女王への書簡にはさほど驚いてはいない。そもそもその書簡自体、ベルファスト・テレグラフのPremium記事で、この新聞を有料購読していないと読むことができない。党のサイトには掲示されておらず、党としてはなるべく目立たせたくないが、やがてはボーダー・ポール (border poll) を実施することになる次期NI自治政府トップとして、アイルランドの統一後も友好関係を続けて構築していくべき相手である英国の王室に儀礼的なメッセージは送っておかねば……というところで選択されたのが、ベルファスト・テレグラフという新聞(伝統的に、ユニオニスト側の新聞だが、いろいろ状況が変わった現在ではすっかり中立というか、デフォルトな存在になっている)なのだろう。
Bel Telの紙面のフィードはこちら:
Morning readers. Stay with @BelTel for all your breaking news.
— Belfast Telegraph (@BelTel) 2022年6月2日
Here's a look at the front page of the Belfast Telegraph this morninghttps://t.co/3AlGJmrP8Y#Tellitlikeitis pic.twitter.com/n3OdXqgRXb
というわけで、Bel Telのその記事について伝える、BBCのダレン・マーシャルさんの上述のツイートを読んでみよう:
Sinn Fein’s Michelle O’Neill writes to the Queen praising her contribution to peace in Northern Ireland ahead of monarch’s Platinum Jubilee celebrations
これ、このまま丸暗記してもいいくらいに使いまわしがききそうな表現が並んでいる。
まず、下線部で示したのは熟語的なもの。"write to ~" は「~に手紙を書く、~に書簡を送る」の意味。現代社会ではもちろん電子メールを送るような場合にもこの表現が用いられるが、オニールから英女王へ送られたのは正式な書簡だろう。自治政府がまともに機能していれば、ヘッダーがthe First Minister of Northern Irelandとなっていたはずである。
次の下線部、 "contribution to ~" は「~への貢献」の意味だが、このcontributionという名詞のベースとなっているcontributeという動詞でも、前置詞のtoを用いるということをあわせて覚えておきたい。この熟語は、名詞のも動詞のも、大学入試頻出だ。
【例文入れる】
Researchers found that social media contributed greatly to the spread of false information.
(ソーシャル・メディアは誤情報の拡散に大きな役割を果たしたということを研究者らは断定した)
Researchers noted that social media's contribution to the spread of false information shouldn't be underestimated.
(誤情報の拡散においてソーシャルメディアの果たした影響は軽く扱うべきではないと研究者らは注意を喚起した)
そして3つ目の "ahead of ~" は「~に先立って」で、これはやや固い響きのする表現で、告知文、通知書類や正式な申請書などでもよく使う。
太字で示した "praising" はみんな大好き《分詞構文》である。"write to ...praising ~" で「~を讃えて、…に手紙を書いた」。
【書きかけ】
というわけで、文意は「エリザベス女王のプラチナ・ジュビリーのお祝いに先立って、シン・フェインのミシェル・オニールが、女王に書簡を送り、北アイルランドにおける平和への女王の貢献をたたえた」。
オニール自身のアカウントでは、Bel Telの記事が出て、私がチェックした時点では何も言及がなかったが、その数時間後に次のフィードがあった。
I have written to @RoyalFamily congratulating Queen Elizabeth on her Platinum Jubilee, an historic day for those of a Unionist & British tradition
— Michelle O’Neill (@moneillsf) 2022年6月2日
As a First Minister for all, I will build a better & inclusive future by strengthening friendships between all who share our island pic.twitter.com/tnBYtWKpzK
重要なのは "As a First Minister for all" というオニールの立場の表明だ。これを額面通りに受け取れるかどうかという点では議論はあるだろうが(正直言って、オニールはオニールの考えで動いているのではなく、シン・フェインの上層部の考えで動いているということは、昨年のボビー・ストーリーの葬儀の際に誰の目にも明白になっている)、「ナショナリストもユニオニストもなく、シン・フェインもDUPもなく、すべての人々のために」という名目を立てていることは、注目しておくべきである。
だからこそ、それを言葉だけでなく行いで示すために女王にお祝いの言葉を送ったのであろう。
マーティン・マクギネスが存命だったら、マクギネスがこれをしていたはずである。
※4000字