今回は、日本時間で昨日から今朝方にかけて英国で急展開を見せた英保守党のボリス・ジョンソン党首(英国首相でもある)信任・不信任決議についての英語のツイートをここで取り上げようと思っていたのだが、「英語の実例」として扱おうとするとどうもうまくいかず、頭がバグるので、それはほぼ放置状態の本家ブログに回すとして、小ネタ。
日本語で、「廉価である」「安い」ということを言い表すのに「コスパがよい〔高い〕」という表現が使われるようになって何年くらい経つだろうか。変に文字数を食うばかりであまりよい表現ではないと個人的には思うのだが、「コスパがよい」の前は「リーズナブルな」が流行っていて、それよりは文字数は少ないからまあいいか、と受け流すようにしていたのだが、「コスパ」が「費用対効果(比)」を表す「コストパフォーマンス」の略で、「コスパがよい」とはつまり「払った金額のわりに、大きな利があった」の意味だが(例えば「たった100円なのに、換気扇の取り付けや棚の組み立てなど日常で使う場面では困らないドライバー」などは「コスパがよい」と言える)、その「コストパフォーマンス」は英語のcost performanceを短縮したものだというあたりで、「コスパ」という日本語は、ずいぶん長いこと、自分の中で、気にならないといえばうそになるという存在であり続けていた。英語のcost performanceはガチの専門用語で、日常会話で使うようなものではない(広く一般には知られていない)からである。例えば、下記の語学系掲示板では英国人相手に全然通じていないから見てみてほしい。(あえていえば、performanceではなくeffectivenessを使えば通じなくはないのかもしれない。)
Q: Cost performance とはどういう意味ですか?
A: もしかして演技の費用 Cost of the Performance
と、こういう具合だから、正確な意味では「和製英語」ではないにせよ「和製英語」という扱いにしておくべきで、少なくともそう気軽に使いまくれるような表現ではないと認識したうえで、それでも「お買い得」みたいな気軽な意味で「コスパがよい」って言いたい人は使えばいい表現なんじゃないの、カタカナになった時点で日本語だし、と思っていた。
だが先ほど、「それはそもそも単なる『安物買いの銭失い』であって、『コスパがよ』くはないのでは」という用例に遭遇した。下記である。ちなみに「リピ」も英語由来のカタカナ俗語で、「リピート」のこと。「もう一度買うこと」の意味である。
安いからと喜んで買っては見たものの、味が好みに合わなかったりして、二度と買わないな……というものを「コスパがよい」とは言わない。ただの「安物」で、それを言う表現は日本語にはかなり前からある――「安かろう、悪かろう」だ。
元号が平成になって以降の「失われたン十年」の中ではこの「安かろう、悪かろう」は死語になっているかもしれないが、バブル期にはよく言われていた言葉である(当時、これはこれで「金は出せば出すほど良質のものが手に入る」というねじれた意味で俗語となっていたのだが)。当時、TVの経済ニュースの中で経営者のような人が「これからの時代、薄利多売の『安かろう、悪かろう』では生き残っていけない」みたいな熱弁をふるっていたものだ。
とまあ、もやっとしながら、では日本語で気軽に「コスパがよい」というような場面で、英語では何というだろうか、と考えて真っ先に思いついたのが、value for moneyという表現だった。これは英国に滞在中に雑誌の広告や街中のポスターなどで見て覚えた表現である。
そして、自分のこの思いつきが的外れでないかどうかをささっと検索してみたとき、衝撃の事実が私を襲ったのである。UK語か……。
なお、今回調べた辞書・サイトでは説明が見られませんでしたが、この value for money というフレーズはイギリスでは固定フレーズとしてそのまま使うのが普通なのに対し、アメリカでは次のように不定冠詞の a と所有格または定冠詞の the を足さないと違和感を感じる人が多いという違いがあります。
そのホテルはコスパが高かった。
(英) The hotel was great value for money.
で、こちらのeevocablogさんでは、参照できるソースをつけてくれていないので、この点はまた自分で別途調べなければならないのだが、どう考えてもこれは楽しい冠詞沼です。本当にありがとうございます。
冠詞と言えばこんなのも見かけたばかり。
冠詞を落とすな、冠詞を。#文法警察 https://t.co/7hqy3oEMwR
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2022年6月6日
この、"I am + 無冠詞の名詞" という誤文・非文は、日本語母語話者の書く英文にものすごくありがちである。最初に "I am a student." っていうような英文を習ったはずなのに、みんな覚えてないんだよね。
冠詞についてのこういうセンスを培うには、英語を教える立場の人が俗に「写経」と呼んでいるお手本の文章丸写しや、「復文」の学習法が効果的である。なぜなら、冠詞については、元々冠詞というものを持たない日本語という言語を母語とする我々が理屈で納得できる部分はさして多くないからだ。
「写経」は、規範とする文をそのまま書き写す。一字一句間違えないように書き写す。それにより、語と語のつながりや単数形・複数形の使い分けなど、普通に読んでいたのではさらっと読み飛ばしてしまう細部にも注意が行き届いて、英語というものをしっかり見ることができる。私も、それこそ "I am a student." レベルの単純な文から始めて、高校までこれをよくやったものである。
「復文」は、与えられた英文をいったん日本語にして、それをまた英語に戻す(復する)という学習法。田中健一さんの参考書が今書店で目立っているが、この参考書を紹介する版元のALCさんのブログでも特徴が解説されているから、手元に何か規範となりそうな対訳の本がある人は、それを使ってすぐにでも練習が始められる。
ちなみに、value for moneyとはどういうことかについての説明は、例えばこちらがわかりやすい:
Value for money (VFM) is not about achieving the lowest price. It is about achieving the optimum combination of whole life costs and quality. Traditionally VfM was thought of as getting the right quality, in the right quantity, at the right time, from the right supplier at the right price. This concept has been updated to - obtaining better quality of goods and services in more suitable quantities, just in time when needed, from better suppliers at prices that continue to improve.
It is also often described in terms of the ‘three Es’ – economy, efficiency and effectiveness:
-economy – minimising the cost of resources for an activity (‘doing things at a low price’)
-efficiency – performing tasks with reasonable effort (‘doing things the right way’)
-effectiveness – the extent to which objectives are met (‘doing the right things’).
※3650字