このエントリは、2021年2月にアップしたものの再掲である。
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今回の実例は、前回の続きで、Twitterの連ツイを読んでいこう。
10年前のちょうど今頃、エジプトのカイロでホスニ・ムバラク大統領(当時)の退陣を求める大規模抗議行動を中から取材していたアメリカ人ジャーナリストが、抗議デモを監視していた秘密警察によって一時拘束され、翌日、没収されたカメラを取り返すために、秘密警察が拘置施設として使っていた博物館を訪れた、といったことを回想して書いているツイートである。10年前のエジプトについての前置きは抜き(前回書いたので)。
驚くべきことに、ジャーナリストから没収したカメラを秘密警察は素直に返却したわけだが(例えば今抗議デモが起きているミャンマーなどではそういうことはまず考えられないだろう)、ジャーナリストが博物館を後にしようとしたところで司令官が出てきて、中の写真を全部見せろと要求した。そして、カイロで撮影された戦車の写真などは削除させたものの、ほかの写真(エジプト情勢とは関係のない、ジャーナリストのプライベートな家族写真)にはお世辞を言ったり、軽い世間話をしてきたりした。秘密警察が、である。そのことについてジャーナリストは次のように述懐する。
I got this kind of bemused, semi-friendly treatment 100% because I was a super pale, white foreigner with a US passport. Anyone who looked even vaguely Arab, or who was Israeli, would never have been released in the first place, even with a foreign passport.
— Liam Stack (@liamstack) 2021年2月7日
bemuseという語は、amuse(「~を楽しませる」)に似ているが、意味はかなり違っていて「~を混乱させる」。類義語はconfuse, puzzleなどだ。だから "bemused, semi-friendly treatment" は「混乱した、半分フレンドリーな扱い」ということになる。もう少しわかりやすく言うと、ジャーナリストは秘密警察から「完全に敵対的な扱いではない扱いを受けた」と述べているわけだ。
そしてその理由について、"100% because I was a super pale, white foreigner with a US passport." と分析している。この "100% because..." は口語的な表現で、新聞記事や論文などでは用いられない。「完全に…という理由によるものだ」という意味。
つまりここまでの文意は「私は生ぬるい扱いを受けたわけだが、その理由は、完全に、私が真っ白い肌をした白人の外国人でアメリカのパスポートを持っていたからだった」。
そして第二文で、それをより詳しく説明している。すなわち「たとえ何となくであってもアラブ人のように見える人や、イスラエル国籍の人ならば、どのような人であれ、たとえ外国のパスポートを持っていたとしても、そもそも身柄解放などされなかっただろう」。
この第二文に2つ、文法ポイントがある。
Anyone who looked even vaguely Arab, or who was Israeli, would never have been released in the first place, even with a foreign passport.
まず、主語の "Anyone" は「どのような~であれ」という意味の《肯定文でのany》だ。それにくっついているwhoの節は、文法ポイント扱いするまでもないくらい基本的なもので、《関係代名詞》の節。
そして、その "Anyone" という主語に対する述語である "would never have been released" は、《if節のない仮定法》で、《仮定法過去完了》(さらにここは《受動態》にもなっている)。「アラブ人っぽく見える人やイスラエル人であったならば」という仮定の意味合いが主語に含まれていて、それがif節の代わりをし、「絶対に解放されなかったであろう」という意味の文になっているわけだ。
実際に、エジプトと欧米の国の二重国籍の人が秘密警察に連行されていって投獄されたケースもあり、リーアム・スタック記者のこの述懐は決して大げさなものではない。
次のツイート:
I used to get by a lot back then because I was a giant, super pale foreigner who spoke Arabic pretty well but also with a noticeable working class accent. It was a good ice breaker because people — not just in Egypt but Algeria, Syria, Libya, etc — thought it was weird and funny.
— Liam Stack (@liamstack) 2021年2月7日
《used to do ~》は「(過去において)~したものだった」の意味。 "get by" は直訳不能なイディオムで「切り抜ける、うまくやりおおせる」の意味。
そのあとの関係代名詞の節を見ておこう:
... who spoke Arabic pretty well but also with a noticeable working class accent.
《not only A but also B》のalsoが省略されることは非常によくあるが、これはnot onlyが見当たらないというやや珍しい形である。意味を考えればこれが実は《not only A but also B》だということは明白で、ここは「アラビア語をかなりうまく話すだけでなく、聞けばはっきりわかるような労働者階級の話し方をする」という意味。
"accent" は日本語では「訛り」とされることが多いが、「訛り」に限らず、あるカテゴリーの人々の話し方のクセみたいなものを言う。
つまりここまでで、「私が、アラビア語をかなりうまく話すだけでなく、聞けば耳につくような労働者階級の話し方をする、とびぬけて体が大きく肌が真っ白い外国人であるがゆえに、何とか切り抜けたことが、当時はたくさんあった」という意味になる。
そしてその次の文:
It was a good ice breaker because people — not just in Egypt but Algeria, Syria, Libya, etc — thought it was weird and funny.
これらの "it" は、2つとも同じものを指しているのだが、ここでは先行する名詞の単数形を受けているのではなく、ここまで述べてきたこと(つまり「そのこと」)を指している。「それ(=私が労働者階級の話し方をすること)は、よいアイスブレイカーになった」。
"ice breaker" は、直訳すれば「氷を砕くもの」だが、コミュニケーションについて言うときは、「初対面の人同士の緊張を解きほぐすもの」といった意味になる。打ち解けない、会話の弾まない間柄を「氷」にたとえているわけだ。
大きな体をした白人のアメリカ人が、労働者階級(つまり庶民)のアラビア語をしゃべることが、人々の警戒心を緩めさせたということになる。それが、「エジプトに限らず、アルジェリアでもシリアでもリビアでも、その他の国でも」――と、ここで《not only A but (also) B》の形が出てきているのだが(このonlyはここでのようにjustと置き換えても意味は同じ)、「人々はそれを、風変りで笑えると思ったから」。
日本語でいえば、「外国人が流暢な関西弁をしゃべっている」ようなものだ。
次:
Actually, as I was negotiating the return of my camera from mukhabarat I remember one of the guy’s cell phones rang and the ring tone was from a popular comedy film a few years before, I think “Ayazono.” I remember calling it out and the agents laughing, like “wtf is this guy?”
— Liam Stack (@liamstack) 2021年2月7日
"mukhabarat" は「ムハバラト」で「秘密警察」のこと。アラビア語圏の多くの国で使われている表現である。この文はわりとだらだらと書き流されている感じだが、文意は「実際、ムハバラトからカメラを返還させる交渉をしていたときに、警察の1人の携帯電話の着信音が鳴ったのだが、その着メロがその何年か前の人気のコメディ映画、確かAyazonoという映画のものだった。それを言うと、秘密警察の人々は『何なのこの人、何で知ってんの』というように爆笑していた」ということになる。
文法ポイントとしては《remember doing ~》の形と、等位接続詞andによる接続(下記太字)、そして動名詞doingの《意味上の主語》(下記下線)がぎゅっと詰まっている。
I remember calling it out and the agents laughing
こうして、どっからどう見ても外国人であるジャーナリストは、現地の庶民のような話し方をし、現地で有名な映画のテーマソングを特定して、秘密警察の人たちの腰をくだけさせ、カメラを無事に取り戻して帰ってきたわけだ。
秘密警察の人の着メロがコメディ映画ってのもどうなのかなと思うが……日本で言えば、公安警察の人の着メロが『笑点』のテーマ、みたいなことだ。
ここでもう当ブログ既定の4000字を超えてしまった。前回書いたようにリーアム・スタックさんのこの連ツイは「起承転結」の構成になっているのだが、その「結」の部分はまた次回に。
※4300字
参考書: