Hoarding Examples (英語例文等集積所)

いわゆる「学校英語」が、「生きた英語」の中に現れている実例を、淡々とクリップするよ

【再掲】 "You can't stop" のcanは、《許可》のcanか? (Daft Punkのダンスナンバー)

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このエントリは、2021年3月にアップしたものの再掲である。

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今回の実例は、見た瞬間に思わず「?」となった訳文から。

先週のニュースだが、世界的に大売れに売れて完全に定番化していた音楽の作り手、Daft Punkが解散した。Daft Punkはフランスのミュージシャン2人組*1。そういった背景についてはウィキペディアの例えば「フレンチ・ハウス」といった項目を参照していただくのがよいかもしれないが、彼らが売れたのは「フランス人だから」といったこと(一種の珍しさ)ゆえではなく、第一に、楽曲が多くの人の心をとらえるものだったからだ。そもそも、彼らの楽曲の曲名も、曲が「歌モノ」である場合の歌詞も、フランス語でなく英語だったから、クラブなどで彼らの曲を耳にして「いいな」と思ったとしても、それだけでは彼らがフランス人であることを知ることはできなかった。そもそもDaft Punkというユニット名も、人を食ったような英語である。Daftは「バカな、間抜けな」の意味の形容詞、Punkはまあpunkなのだが、語義としては「役立たず」みたいなけなし言葉だ。

当ブログは彼らの音楽については扱わない(音楽的なこと・文化的なこと・時代的なことについては、例えば、沢田太陽さんのこの文章などをご参照いただきたい)。当ブログで扱うのは、その彼らの解散を報じるニュースにあった訳文である。個人的に「?」となってしまい、その後しばし考えた。

 

それは、ある英語→日本語翻訳媒体のニュース記事で、彼らの代表的な曲の一節である "We don’t stop, you can’t stop"*2 で書き出している。そこではこの英文に、「我々は止まらない。あなたも止まってはいけない」という対訳が添えられている。

んー。

文法的に間違っているとかそういうことではない。でも、これは違和感の塊のような日本語文だ。担当した人は、クラブで遊ぶということや、特に「あの時代」のクラブカルチャーとあまり縁がないのかもしれない。つまり、フロアの客として、「止まれない」「どうにも止まらない」ということを経験していないのかもしれない。あるいは単にここではそれを前提とするという選択を、何らかの理由で、しなかったのかもしれない(その選択をしないという根拠は、Daft Punkのハッピーなダンスフロアという文脈からは、全然読み取れないのだが)。

この文面をそのまま読めば、"We don’t stop" は「われわれは(音楽をプレイすることを)止めない*3」の意味。"don't" は単に「~しない」で、特に解釈に難しいところはないし、解釈の余地もほとんどない。これはDJブースの中から、あるいはステージの上から、フロアへの言葉だ。

そして "You can't stop" は「あなたたちは止める*4ことはできない」の意味だ。この "can" は《許可》のcanではない。《可能・能力》のcanである。「止まってはいけない」ではない。「止まることはできない」なのだ。

つまり、説明的に日本語化すれば、「こちらは音楽を止めない。だから、そちらは踊ることを止められない」だ。音楽が続く限り、ノンストップでダンシング・オールナイト、みたいなパーティー・ソングの歌詞である。

これは、クラブのDJブースとフロアの関係を前提にすれば、何も難しいことではないのだが(DJブースはフロアの客に「許可」を与える立場にはない)、文法的に説明しようとするとあまり簡単ではない。

ジーニアス英和辞典』(第5版)では、このcanは《状況的能力》と定義されているので (p. 309) その項を一度、例文や語法解説も含めて、通読していただきたい。canの表す《能力》には、《内在的能力》と《状況的能力》の2通りがある。と、漢字でずらずらと説明すると小難しく感じられるかもしれないが、《内在的》はその個人が有する能力で、《状況的》はその個人の置かれた状況がその個人にそれをすることを許すかどうかということだ。

例えば、あるフットボーラーが「攻撃的ミッドフィールダーのポジションでプレイできる」と言う場合、そのフットボーラー個人にその技能・力量と身体能力があるという話ならば《内在的能力》で、そのフットボーラーが属するチームでそのポジションが空いているからそこでプレイできるという話ならば《状況的能力》だ。

「料理ができる」は、自分に切ったり煮たり焼いたりといったテクニックが備わっていることを言うならば《内在的能力》だし、アパートにキッチンなどの設備が備わっていることを言うならば《状況的能力》である。

このcanを使った "You can't stop" の代表例が、スナック菓子のプリングルズのキャッチコピーだ。

Once you pop, you can't stop!

Pringles - Wikipedia

この "pop" は動詞で「ポンと音を立てて何かをする」の意味。プリングルズのパッケージを「ポンと開ける」ということで、「一度封を開けたら、あなたは止めることができない」、つまり「延々と食べ続けてしまう(ほどおいしい)」。日本のカルビーかっぱえびせんのキャッチフレーズ「やめられない、とまらない」と言ってることは同じである。

これを知っていれば、 "You can't stop" のcanを《許可》のcanと受け取ることは、まずないだろう。

Daft Punkの記事に話を戻すと、 "We don’t stop, you can’t stop." という、英語を習い始めて数週間のうちに教わるような基本的な単語6語とコンマ、ピリオドだけで構成されているごくごく単純な構造の文*5であるにも関わらず、書いてあることを書いてある通りに読むというのが、いかに難しいことかを示す好例になっていると思う。そのためには文脈も必要だし、文脈を読み解くための知識も必要だ。

 

関連書籍など: 


Daft Punk - One More Time (Official Video)

「もう一度、もう一度パーティーだ、そのまま、踊り続けて」という内容の歌。歌詞が知りたい人はこちらなどを参照。ヴォーカルはアメリカ人シンガーのRomanthonyという人が担当している。

  

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*1:ロボットだから「2人」というのはおかしいかもしれないが、ここでは「人」扱いしておく。

*2:本当はこの歌詞は、ソウル・R&B・ディスコの曲の歌詞によくあるアメリカの黒人英語で "He don't stop" (He doesn’t stopと同じ意味) なのだが、ウェブ検索すると、HeではなくWeとして引用されていることも珍しくないようだ。

*3:「やめない」であり「とめない」でもある。

*4:「やめる」であり「とめる」でもある。

*5:ガチガチに文法的に「正しく」するならば、コンマではなくセミコロンを使って "We don't stop; you can't stop." とすべきだし、コンマを使うなら接続詞のandを入れるべきだが。

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